第42話「勉強会合宿」
ゴールデンウィーク、先輩たちのコラボが終わったのでいよいよ勉強会がやってくる。
それも四泊五日で。
さすがにラビさん──紗世さんのうちにお泊まりだと確実に炎上するだろうから、対外的には単に勉強を教えてもらうことになっていた。
桂花のほうは紗世さんとお泊まりしてもなんら問題はないので、ちょっとうらやましい気がする。
俺にも男性の後輩ができたりしないだろうか?
おそらく年上になるだろうけど、女性たちと比べればまだ交流しやすいと思う。
べつに桂花や紗世さんがダメなわけじゃないけど、対外的な面がね。
今日は桂花のアイデアで昼ご飯を三人で食べることになっている。
合宿をはじめる前に気分をあげていこうというのだ。
もちろん俺に反対意見はない。
今回の待ち合わせ場所は紗世さんの家の最寄り駅の神泉だった。
北口でクリーム色のストールを羽織り、下は紺色のパンツという紗世さんを見つけて声をかける。
「こんにちは」
「こんにちは。来てくれてありがとうございます」
ニコリと微笑む顔は天使さながらに綺麗で、偶然通りがかったスーツ姿のサラリーマンの視線が吸われていた。
気持ちはとてもよくわかる。
「桂花さんはすでに来ていて、車で待ってもらっています。坂が多いので、徒歩だとしんどいかなと」
桂花が俺より遅いってのはイメージしづらかったので、紗世さんの説明に納得した。
「俺が最後だったんですね。やっぱり」
もうちょっと早く出ればよかったかと軽く後悔する。
「まだ10分前なのだから、かけるくんは気にしないでください」
紗世さんはシンプルで可愛らしい腕時計を見せながら微笑む。
「今日はこのままおうちに来ていただくつもりです。そのほうがゆっくりと過ごせると思うので」
「それはそうですね」
歩き出しながら彼女の意見に賛成する。
店だと混んでいたら早めに出たほうがいいし、移動もしなきゃいけない。
のんびりできるならそっちのほうが好ましい。
「あ、これです」
と紗世さんが示したのはヨーロッパ高級自動車メーカーのSUVだった。
助手席に座っている桂花が俺を見て小さく手をふってきたのでふり返す。
「キャリーケースはラゲッジスペースに積んでくださいね。あと、申し訳ないですけど、後ろに乗っていただけますか?」
「いえいえ、もちろんですよ」
紗世さんは本当に申し訳なさそうだったが、俺としては後部座席のほうが気楽でいい。
後ろのラゲッジスペースにはすでに赤い色のキャリーケースが積まれていて、たぶん桂花の分だろうと見当をつける。
「こんにちは」
後部座席に乗り込んだところで桂花とあいさつをかわす。
今日の彼女は動きやすさを重視したっぽいファッションだ。
「うちは渋谷駅からでもあまり変わらない時間で来られる場所なんですけどね。神泉駅のほうが待ち合わせしやすかったでしょう?」
あいさつが終えた俺に運転席に座った紗世さんが話しかけてくる。
「たしかに渋谷駅は大変でしょうね。俺、あんまり慣れてないですし」
その点神泉駅は出口がふたつしかないので何とかなった。
「紗世さんの気づかいに感謝だよね」
と桂花が言ったので、何度もうなずく。
「やっぱり紗世さんは天使」
ついついコメントのノリで言ってしまった。
「そうね、天使ね」
と続いた桂花がニヤッと笑ったのが、ミラーで見える。
「もう……ふ、ふたりともからかわないでください」
紗世さんは真っ赤になって恥じらっていた。
あまり褒められ慣れていないのかな? とふしぎに思う瞬間だ。
女子たちの雑談がはじまっている。
入れなくても聞いているだけでけっこう楽しい。
「かけるが好きな食べ物は?」
だけど桂花は気遣ってふってくれる。
大丈夫だよとも言いづらかったので、乗っかってみた。
「ラーメン、から揚げ、ハンバーグ」
欲求のおもむくまま素直に答える。
「男の子ですね~」
と紗世さんが楽しそうに笑う。
「お手本のようなザ・男子じゃない」
桂花もいっしょになって吹き出す。
「そういうものかな」
と首をひねる。
なにしろ友達がいないので、同世代の男子が好きな食べ物なんてわかんない。
車に乗ってる時間はそんなに長くなく、軽く200坪くらいありそうな豪邸に着いた。
紗世さんがおりなくても自動的に門が開き、車は中に入っていく。
ぽかんと口を開けてしまったけど、無理もないと言いたい。
お嬢様だとは聞いてたけど、これガチなやつじゃないか?
ガレージ付近に着くと燕尾服を着た白髪頭の男性が姿を見せる。
彼のうしろには何人かメイド服を着た若い女性たちもいた。
いっせいに頭を下げられるが、もちろん紗世に対してだろう。
「安藤さんは車をお願いね。ほかのみなさんはお客様の荷物をお願いします」
と紗世さんが指示を出す。
いつものほんわかした口調より、若干凛とした感じだった。
驚いて彼女を見ると、
「彼らに対してはどうしても……こういう口調のほうが話しやすいのですけど」
と照れ笑いを浮かべる。
「伝えていたようにお客様ふたりといますので、何かあれば連絡をくださいね」
紗世さんはお嬢様の顔に戻ってメイドさんたちに告げると、こっちを見た。
「じゃあわたしの部屋に案内しますね。こちらです」
キャリーケースはメイドさんたちが運んでくれるので、俺たちは手ぶらで彼女のあとに続く。
桂花はともかく俺は男なのに、使用人のみなさんは誰ひとりとしてポーカーフェイスを崩さない。
その辺は理解あるのか、それともこれがプロフェッショナルってやつなんだろうか。
「たぶん、これ土地価格だけで5億とか6億とかするやつ」
桂花が俺の左隣に立ってほかの人には聞こえない声量でボソッと言う。
土地だけで普通の家が何軒も建つレベルなんだということは理解してしまった。
同時にわかる桂花もすごいなとちょっと思う。
紗世さんに案内されたのは俺の家と同じくらいのサイズの三階建ての建物だった。
俺の気のせいじゃなきゃ本館から独立した別館に見える。
「もしかして、この建物丸ごとが紗世さんの部屋なの?」
と桂花がずばり聞く。
「ええ。ひとり暮らししてみたいなと思って父に相談したら、これで練習すればいいって言われちゃいまして」
紗世さんは苦笑気味に話してくれる。
「簡単にですけど、中を案内しますね」
と彼女は言って、順番に教えてくれた。
「一階がリビング、二階がお風呂とお部屋、三階もお部屋になっています。トイレはどの階にもついてるので過ごしやすいと思いますよ」
リビングは普通に12畳くらいの広さがあったし、3つの部屋もどれも6畳間くらいだったと思う。
「これって敷地内に3LDKの家をべつに建てたってことなんじゃ?」
桂花の言葉にまったく同じ意見だった。
おまけにトイレと洗面台がどの階にもついてるのがすごい。
「かけるくんの部屋は二階、わたしたちの部屋は三階で、かけるくんは三階への立ち入りを遠慮していただければ問題ないと思います」
と紗世さんが説明する。
階は違っていて部屋にカギもかかると言ったところで、ひとつ屋根の下には違いないんだけど。
紗世さんも桂花も間違いなく男子からの人気を集めるだろう、とても魅力的な女の子だ。
「そうね」
本当にいいのかなぁと思うんだが、桂花までが賛成するので言いづらい。
と思ったらその桂花がこっちを見る。
「わたしたちの信頼を裏切るかけるじゃないって信じてるから。ね?」
優しい口調と真剣な瞳。
俺はもう何も言えず、黙ってうなずいた。
たしかにこんなにどでかい信頼を裏切るなんてできるはずがない。
むしろ何かトラブルがあったときは俺がしっかりして、ふたりの女子を守らなきゃ。
そんな事態が起こらないのが一番に決まってるんだが。
「じゃあお昼ご飯にしましょうか」
と紗世さんが軽く手を叩いて言う。
「昼はどうするんですか?」
桂花が彼女に聞く。
「実はおふたりを迎えに行く前に、わたしが準備してました。あとはレンジでチンするだけですね」
「へえ、楽しみ」
紗世さんの答えに桂花は目を輝かせる。
俺は紗世さんが料理できることにまず驚かされた。
「あら、かけるは意外そうね?」
と桂花が表情に気づいたのか、からかってくる。
「あ、いや、その……」
とっさに上手い言い訳を考えようとしたが、何も思いつかなかった。
「ふふ、よく言われますよ。お嬢様なのにって言われたこともありますし」
紗世さんは気にしていないと笑う。
「ごめんなさい。誤解してました」
素直に謝る。
「いいんですよ」
と紗世さんは許してくれた。
「素直に謝るのはほんとえらいわよね」
桂花も感心する。
俺は気まずさを払しょくするべく、紗世さんに問いかけた。
「お昼は何なのですか?」
「スパゲティと野菜サラダ、コーンスープですよ」
と紗世さんは答えてくれる。
「並べるのを手伝いましょ」
と桂花に言われてあわてて紗世さんのそばに寄った。
「ありがとうございます」
紗世さんの笑顔に迎えられながら俺は自分の分を運ぶ。
テーブルは四人掛けもので、椅子も高級品かな? と言いたくなる趣味がいいやつだ。
あんまりじろじろ見るのは失礼だと思うので、チラ見しかしてないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます