第38話「1期生たち」
ラミア先輩からはサポート火力の練習を頼むって言われたので、サポート火力の立ち回りをネットで調べて予習する。
ついでに先輩たちの配信も見てみよう。
三人チームでボア先輩が壁役をやっているのか。
なるほど、壁役は単に敵の攻撃を集めるだけじゃなくて、ほかのプレイヤーと連携が上手くないと難しいんだな。
三人の中で一番上手なボア先輩がやるのが安定するわけか。
ただ、ボア先輩が壁役をやっている影響で、火力が出せずじり貧になってしまうらしい。
「俺がサポート火力って言われた理由は理解できたな」
サポート火力はチームのフォローをしつつ、火力支援するのがメインだ。
ほかのポジションほど連携がシビアじゃないのは大きい。
ほかのポジションだったら配信外での合同練習しなきゃ無理だったな。
と思いきや、ボア先輩から個別チャットが届く。
ボア[ねえねえ、よかったらこっそり合同練習しない? 月音さんの許可ならすでにとってるよ~]
ラミア[いきなり本番は大変でしょうから、一回くらいはしておいたほうがいいと思うの]
ラミア先輩の言うことはもっともだった。
失敗をネタにするつもりならともかく、いい結果を出したいなら練習したほうが絶対いい。
ヘーファル[が、頑張ります]
ヘーファル先輩は一言だけだった。
日時を確認して打ち合わせは終わり、そして練習の日がやってくる。
俺の配信は19時台だし、先輩たちの配信は22時以降だからと20時半からのスタートとなった。
『こんばんは。聞こえてますか』
先輩たちの希望でリスコードで音声通話をしながらとなる。
これは本番を想定してのことだろう。
『聞こえてるよー。相変わらずイケボだね』
とボア先輩が明るく返事をしてくれる。
『たしかに耳が幸せだわ』
とラミア先輩が同意した。
『わ、わかります』
ヘーファル先輩はぎこちなく賛成している。
ラミア先輩は色っぽい感じ、ヘーファル先輩は内気な印象だ。
もしかしてキャラクターを作ったりしてるわけじゃないんだろうか?
俺たちだってモルモ以外は素のままだから、ペガサスオフィスの方針かな。
『先輩たちの声だって素敵ですよ』
と俺は言う。
タイミング的にお返しだと思われるかもしれないけど、ウソじゃないし社交辞令でもない。
ボア先輩は明るく活発で聞く人が元気をもらえる。
ラミア先輩は色っぽくて年ごろの男はドキドキするだろう。
ヘーファル先輩は守ってあげたくなる感じ。
それぞれ違ったニーズがあるだろうし、三人とも人気なのはわかる。
『あら、ありがとー』
『お口もお上手なのね』
ボア先輩は明るく、ラミア先輩は余裕たっぷりの受け答え。
『あぅ、は、恥ずかしいです』
それに対してヘーファル先輩は恥ずかしがってるのがはっきり伝わってくる。
『まあまあ。これからほかの人との交流は増やさなきゃいけないから。慣れておいたほうがいいよ』
とボア先輩が言うが、これはヘーファル先輩に向けてだろう。
『ボアの言うとおりよ。その点でバードさんは安心できる方だから、ヘーファルは慣れるといいわ』
『が、がんばるぅ……』
ラミア先輩も優しく言って、ヘーファル先輩は何とか返事をする。
これって単にゲームの連携だけじゃなくて、ヘーファル先輩に経験を積んで慣れてもらうって隠れた目的があるんじゃ?
むしろ後者のほうがメインなのかもって予感すらある。
『じゃあ画面を立ち上げて。ルームのIDはチャットで送るから入力してね』
とボア先輩の指示に従い、ゲームを起動させて彼女が立ち上げた部屋に行く。
『バードくん、サポートの練習してくれた?』
とボア先輩に聞かれる。
『はい。動き方は覚えられたと思います』
『おお、頼りになるー』
ボア先輩はキャッキャッと明るく言われる。
彼女にそう言われて悪い気はしない。
『足を引っ張らないように気をつけます』
と一言入れる。
三人の連携は見事なものだったから、俺が邪魔にならないようにしたい。
そんな意識からだった。
『とてもお上手なのは配信を見てるので、ワタシたちこそ足を引っ張らないように、だわよ』
ラミア先輩が「やあねー」と笑う。
『バードさん、メチャクチャ強いから……』
弱弱しい声でヘーファル先輩も言った。
『先輩たち、下手じゃないですよね』
俺は一応ツッコミを入れる。
もしかしたらボア先輩以外、上手くないのでは? と思ったこともあったけど、配信を見たかぎり違っていた。
『……バードくんは素で言ってると思うんだけど、君基準だと気後れしちゃう人多いからね?』
ボア先輩に笑われる。
『お約束ね』
ラミア先輩のコロコロ笑う声も響く。
『そろそろはじめるわよ』
と笑みを引っ込めたあと、ラミア先輩は言った。
たしかにいくらでもしゃべってはいられない。
ボア先輩が壁役、ラミア先輩が攻撃役、ヘーファル先輩は回復役だ。
俺が支援をしながら火力も担当するサポート火力。
『目標ってあるんですか?』
先に進みたいとしか聞いてない記憶だったので問いかける。
『目標はステージ3を突破することよ。できればステージ4に行きたいなと思っているの』
とラミア先輩が回答した。
たしか全部でステージ8なんだっけ?
『配信見てくれたならわかると思うけど、三人だけじゃステージ3の中盤がしんどくてね』
とボア先輩が話す。
『了解です。頑張ります』
四人ならどこまで行けるのか、今回は実験のつもりだろうから気楽なものだ。
まずは雑魚ラッシュからで、これは三人でもさばけるらしい。
俺は三人の動き方を見ながら、うち漏らしを弓で削っていく。
『バードさん、上手いわねー』
とラミア先輩が感心する。
『安定して削ってくれるから、アタシの負担も減るわ』
『忙しくないです』
ボア先輩とヘーファル先輩の反応も上々だった。
まだ序盤だからな。
三人だとこの物量じゃ序盤から大変だったのだろう。
順調に俺たちは進んでいき、先輩が言っていた中盤に差しかかる。
『ここから大変なんだよねー。中ボスと雑魚ラッシュが同時に来てさー』
とボア先輩が言う。
BGMが変わって水色のサイっぽいクリーチャーが出てくる。
『中ボスの攻撃だけなら耐えられるけど、同時に来るラッシュがね』
とラミア先輩が悔しそうに言う。
なるほど、とうなずく。
ある程度の火力がないと物量をさばき切れなくなるやつだ。
俺が誘われた理由は理解する。
とりあえずラッシュに火力を集中させて、ボア先輩とヘーファル先輩の負担を減らそう。
壁役と回復役が持ちこたえられるなら、簡単に戦線は崩されないはずだ。
『バードくん、ありがとー』
とボア先輩から礼を言われる。
『助かるわ』
『負担が全然違います』
ラミア先輩とヘーファル先輩も喜ぶ。
余裕ができたところで中ボスも無事に倒せた。
『倒せましたね』
と俺が最初に言う。
このあとどうするんだろうと聞いたつもりだった。
『まさか一回目でいきなり勝てちゃうなんて』
ラミア先輩が驚きを隠せない声を出す。
『思ってた以上に楽でヤバいわね。計算がズレたわ』
とボア先輩はしみじみ言う。
『ど、どうします?』
ヘーファル先輩はちょっと困った声で相談する。
中ボスを倒したせいかザコ敵たちが出現しなくなったので、雑談する余裕が生まれていた。
『ボス戦を練習しておくか、それともここで引き上げるかよね。ラミアはどうしたいの?』
とボア先輩がラミア先輩に聞く。
みんなでラミア先輩を助けてるからだろう。
『ボス戦は初見のほうが配信的においしくなりそうだから、やめておきましょうか』
すこし考えてラミア先輩は結論を下す。
『それは言えてるわね』
とボア先輩は賛成する。
『そ、そうですね』
ヘーファル先輩も同調した。
『そういうものなんですか?』
俺はイマイチぴんと来なかったので首をひねる。
『そうよ。バードくんみたいにゲームなら何をやってもバズるって、普通はないんだからね?』
ボア先輩が笑いながら、からかうような口調で言う。
『ごめんなさい』
反射的に謝ってしまった。
『謝ることじゃないわよ。バードさん、これからも配信をやっていくなら、戦略を考えてみるのもいいと思うの』
ラミア先輩はやわらかく俺に助言をくれる。
『たしかに』
何も考えず、勢いだけでずっと続けていくのは厳しいだろう。
そんな簡単な世界じゃないと思う。
猫島さんから聞いた話だとほかにも事務所が設立され、どんどん配信者がデビューしているらしいし。
『戦略か。考えたことないんですけどね、正直』
と正直にこぼす。
同じ事務所の先輩相手だから言えることだ。
『それであんなにすごいんだ……すごいね』
ヘーファル先輩に感嘆される。
『考えなくても上手くやっちゃうタイプがいるとは聞いていたけど、バードさんがそうなのね』
とラミア先輩が言う。
『すごすぎてまねできないからね。後輩になってくれてよかった!』
ボア先輩は軽やかな笑い声を立てる。
『そう言えばボアちゃんがスカウトしたのよね。お手柄じゃない?』
ラミア先輩がボア先輩も褒めた。
『さ、賛成かな。バードさん、同箱になってくれてよかった』
とヘーファル先輩もラミア先輩に言われる。
『俺のほうこそ、みなさんの後輩になれてよかったですよ』
と答えた。
お世辞じゃなくて本心だ。
みんな優しくて素敵な先輩と同期だと思う。
『だからボア先輩には感謝です』
『あれっ? バードくんまで!?』
感謝の気持ちを告げると、なぜかボア先輩があわてる。
『バードくんにまで言われると、何だか照れちゃうなー』
ボア先輩は本気で照れているようだ。
反応に困って俺は沈黙する。
『今日のところは解散しましょうか』
とラミア先輩が言ってくれた。
彼女なりの機転だろう。
『今日はありがとうございました』
『こっちこそありがとうね。当日もよろしく』
俺が礼を言うとラミア先輩がすかさずあいさつを返してくれる。
『あ、ありがとうです。またね』
ヘーファル先輩のあいさつが聞こえたところで、ラミア先輩が通話を終了させた。
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