第36話「GWに向けての打ち合わせ」

「じゃあ今日はお開きにしましょうか」


 と桂花の一言で俺たちはカラオケを出る。

 最後まで仕切ってもらってありがたいやら、申し訳ないやら。


「デキる女子ってカッコイイな~」


「やだ、何よそれ」


 うっかり声に出したら聞こえたようで、桂花本人に笑われてしまう。


「いや、桂花がな」


 ちょっと恥ずかしい思いをしながらも申告する。

 聞かれた以上、桂花相手にごまかすのは難しいと思うからだ。


「カッコイイってほめ言葉……よね。かけるだしね」


 釈然としない表情をしながら桂花は首をひねる。

 ほめたつもりだったけど、上手くいかなかったかな。


「かけるくんのことですし、ほめ言葉以外口にしないと思いますよー?」


 と紗世さんに言われる。

 たしかにそうだ。


 知り合ってまだ大して時間たってないけど、すでに把握されたらしい。


「そうですね」


 と桂花は照れながらも認める。


「ところでかける、自分のスマホは持ってる?」


 そして頬を赤くしたままこっちを向く。


「え、うん。一応は」


「じゃあリスコード、入れておいてよね。じゃないと連絡とれないでしょ」


 と頼まれる。


「あ、そうだな」


 べつに支給用端末でいいんじゃ……と思いながらも、それは言わなかった。

 リスコードはべつの端末でも同じアカウントを運用できるから問題はない。


「じゃあね」


 俺たちが別れたのは駅の改札口だった。


 ふたりといっしょだったのは4時間未満くらいなのに、久しぶりにひとりになった気がする。


 それだけふたりと過ごした時間が濃かったんだろう。


 家に帰ってからSNSアカウントをチェックすると、オフコラボについていろいろ意見が来ている。


「下手なりにがんばった」


「悪くはなかった」


「上手くはないけど、音痴じゃないと思う」


「楽しく聞いていた。またやってほしい」


 要約すると四つに分類できるだろう。

 成功したようで何よりだな。


 自分のスマホにリスコードをインストールする。


マネージャー[お疲れ様です。評判は上々ですね。この分なら次のコラボもやりやすいと思います]


 猫島さんが2期生グループに書き込んだメッセージを見た。

 大丈夫そうだと思っていたが、彼女にはっきり言われてホッとする。


[よかったです。モルモが上手く回してくれました]


 正直、今回オフコラボが成功したのは桂花──モルモの力が大きい。

 俺はおんぶ抱っこ状態だったと思う。


マネージャー[彼女は期待どおりでしたが、バードくんもよかったですよ]


 猫島さんのフォローが優しい。

 さてと彼女には自分から言わなきゃな。


 たぶん桂花や紗世さんからも連絡はしてると思うけど。


[今度定期テストの対策もあって、三人で勉強会しようかって意見が出たんですけど、どう思いますか?]


マネージャー[いいのでは? さすがに勉強コラボ配信はできないですが、後日ふり返っての雑談ならできるでしょう]


 意外とあっさり許可が出てびっくりする。


[いいんですか?]


マネージャー[今回のオフコラボが好評でしたからね。反響しだいでは許可出すのは難しかったかなと]


 なるほど。

 三人でオフで会うイベントはすでに受け入れてもらえたからか。


マネージャー[たぶんカラオケより勉強会のほうが真面目な印象を持ってもらえるでしょうし、反対する理由はないです。日程や場所については詰めましょう]


 猫島さんの返事を見て、具体的なことはまだだったなと思う。

 事務所の許可が出なかったら意味がなかったからな。


モルモ[事務所の許可が出たなら、場所と日時も決めていきたいですね]

ラビ[わたしはいまのところ5月ならあいていますね。5月にしませんか?]


 家についたのか、同期ふたりも会話に入ってくる。


[俺は5月で問題ないです]

モルモ[わたしも大丈夫です。どうせなら合宿やりませんか?]


ラビ[合宿、ですか?]

[それはさすがに無理があるんじゃないかな?]


 合宿の単語に思わずぎょっとなった。

 合宿と言うくらいだから、泊まりがあるのだろう。


 男女が泊まりって普通に燃えるんじゃないか?


マネージャー[……バードくんは信じて大丈夫だと思いますけど、同じ部屋はさすがに許容できません。対外的にバードくんは日帰りということでお願いします]


 いくら何でも許可は出ないだろうと思っていたので、猫島さんの発言に仰天する。

 思わず目を見開いて何度も画面を凝視して、皿を舐めるように見なおす。


 でも、前向きな返事に変わりはない。


[そりゃ俺が泊まるのはまずいですよ。まずいよね?]

 

 最後の一言はモルモに向けてのつもりだ。


ラビ[男の子に寝間着を見られるのは恥ずかしいですし……]

[ラビさん? そういう問題ですか?]

  

 俺は思わず突っ込んだ。

 ラビさんが天然だと思ったことはなかったけど、意外とズレているかもしれない。

 

モルモ[さすがに同じ部屋は無理だけど、それ以外はいいでしょ。ホテルなら部屋にカギかかるだろうし]


 モルモはあっけらかんと言う。


 俺のことをそれだけ信頼しているのか、男として見ていないのでまったく警戒していないのか。


 ……何となくだけど、後者の気がしてならない。

 そもそも異性として意識しあうような出来事なんて何も起こってないからな。


 心配しすぎたら自意識過剰だと笑われそうだ。


ラビ[そのことなんですが、うちに来ませんか? うちなら近いですし、お金もいらないですよ?]


 ラビさんの提案に驚く。


モルモ[いいんですか?]

ラビ[ええ。問題はないですよ。バードくんのことも上手く言っておきます]


 なんてラビさんは言う。

 ラビさんと家族がいいなら、俺はかまわない。


 実際、遠くに行ってホテルに泊まるだけの金なんてないもんな。

 Vとしての給料もスパチャも受け取れるのはまだ先の話だ。


 いまの俺はバイトしてない高校生に過ぎない。


 打ち合わせで事務所に行ったり、カラオケでコラボする分の交通費は事務所から支給されたおかげで参加できた。


マネージャー[そうですね。三人分のホテル代を出す余裕は正直ないので、お金のかからない手段を模索してもらえると、事務所としては助かります]


 猫島さんが正直な答えを書き込む。

 ペガサスオフィスはまだ設立して時間がたってない、小さな会社だもんな。


 1期生が成功したおかげで業界内の知名度はあがってきてるらしいけど。


ラビ[では決まりですねー]

[いや、俺が泊まっても大丈夫なんですか?]


 うっかりスルーしそうになるが、俺が泊まれる部屋とかあるんだろうか。


モルモ[あれ? ラビさんがお嬢様だってバードは知らないんだっけ?]

[あ、そうなんだっけ?]


 モルモの問いに首をひねる。


ラビ[部屋の数だけは安心できますよー]


 ラビさんにしては珍しくちょっとトゲがあると言うか、自虐的な言い方だ。


モルモ[わたしも遊びに行ったことがないから楽しみ]

[まあみんながいいなら……]


 俺は消極的に賛成する。

 だってラビさんがいいって言ってて、みんな賛成なら反対する理由がない。


 お泊まり会と言っても部屋が違うんだったら、そこまで意識しなくてもいいのかな? という気持ちが沸き起こってきている。

 

マネージャー[上に一度報告し、それからまたみなさんに指示を出すことになるかと思います。万が一、ダメだとなった場合は日帰りでお願いしますね]


[あ、勉強会自体は決定なんですね]


 俺が反射的にチャットに書き込むと、


マネージャー[ええ。Vをはじめたせいで学業がおろそかになり、留年してしまったということがないようにお願いします]


 猫島さんから耳が痛い返事が来る。

 

[……はい。気をつけます]


 と答えるしかなかった。

 Vをはじめなかったとしても、学校の成績はヤバかったと思う。


 1年の成績は下から数えたほうが早いんだから。


モルモ[バードの成績は気になるわね。どんな感じなの?]


 モルモに聞かれてしまう。

 遅かれ早かれわかることなので、正直に打ち明ける。


[全部下から数えたほうが早い。赤点ギリギリ回避できたレベル]

モルモ[マジで]

ラビ[これは教え甲斐がありそうですね]


 モルモは短く言ったあと黙り、ラビさんは優しいフォローがきた。


 ……スパルタの可能性がちょっと浮かんだけど、ラビさんがスパルタってのはちょっと思いつかない。


マネージャー[何とか平均点を目指していただければ。親御さんに顔向けできなくなるので]


 猫島さんの言葉が心にしみる。

 うちの親は気にしないんじゃないかな?


 まあ留年していいとも思わないから頑張ろう。


[何とかします。ラビさん頼りになると思いますけど]

ラビ[お任せください]

モルモ[わたしも頑張るわよ]


 ふたりの返事が頼もしい。


[お世話になります]


 ふたりにあいさつをしておこう。


ラビ[テスト範囲じゃなくて、1年のときの教科書も持ってきてもらったほうがいいかもしれませんね]

モルモ[基礎からやったほうがよさそうですしね]


 たしかに基礎から自信はない。

 優しいみんなに守られてる、助けられるよなあ。


[……とりあえず自分でもちょっとやってみます]


 何もわからないよりはましだろう。

 こうして打ち合わせはすむ。


マネージャー[あ、そうそう。1期生とのコラボがそろそろ解禁になると思います]


 猫島さんはさりげなく爆弾を投下してくる。


モルモ[え、もうですか!? てバードはすでにやってましたね]

ラビ[つまりわたしたちもということでしょうか?]


 と思ったけど、俺以外はそんなに驚いていない。


マネージャー[そうなりますね。バードくんが1期生3人とコラボ、モルモさんがボアさん、ラビさんはヘーファルさんとコラボになります]


 ヘーファル先輩ってたしか牛をモチーフにした人だっけ?

 1期生の最後の人は蛇をモチーフにしたラミア先輩だったな。


 デビューしたことで一応1期生の名前くらいは調べたのだ。


マネージャー[時期的にはゴールデンウィークに入るころになります。昼は勉強合宿、夜は1期生とコラボだと理想でしょうか]


 ああ、そういうことなんだ。


モルモ[1期生三人とコラボってすごいわね、バード。がんばってね]

ラビさん[応援してます!]


 ふたりからのエールがとてもあたたかくてうれしい。


マネージャー[1期生とのコラボについては個別で話を進めたいと思います]


 当然の判断だった。

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