第35話「オフコラボの終わり、そして提案」
『じゃあ今日の配信はこれで終わりだな』
と最後の枠主になった俺があいさつをする。
『みんなお疲れ様ー』
『お疲れ様です』
モルモとラビさんもそれぞれあいさつをした。
【コメント】
:3人こそお疲れ様!
:楽しかったよー
:見に来てよかった
:仕事をさぼった甲斐が()
:学校をずる休みした甲斐が()
『本当か冗談かわかりづらいコメントがあるねー』
『みなさん、ノリがよくて楽しいですね』
モルモとラビさんは笑って適当に流すことを選んだみたいだ。
ぎょっとして一瞬固まったのは俺だけか。
とっさの機転、勉強になる。
ふたりはこういうところがすごい。
『じゃあ最後はみんなであいさつを揃えようか』
とモルモが言って、こっちを見て目で合図を送ってくる。
『ばいばいー』
微妙に揃わなかった気がするけど、ご愛敬だろう。
配信が斬れたことをしっかり確認して、ほっと息を吐き出す。
「お疲れ様!」
モルモはテンション高く、
「お疲れ様です」
ラビさんはいつもどおりに微笑みながら、
「お疲れ」
俺もなるべく平常運転でお互いをねぎらう。
「三人いるとひとりずつ休憩できるから、ちょっとだけ楽だね」
とモルモが笑顔で言った。
「それはあるな。トイレ我慢しなくていいし、飲み物だって飲めるし」
と俺は共感する。
「え、バードくん、ふだん配信してるとき何も飲まないんですか?」
ラビさんに驚かれた。
「飲まないですね。1時間くらいなら平気だし」
それくらいなら何ともない。
つらくなったら遠慮なく飲むし、トイレにも行くつもりだが。
「そうなんですね」
「言われてみれば、離席したり何か飲んでる様子なかったわね」
ラビさんは感心し、モルモは俺の配信を脳内でふり返ったようだ。
「……このあとはどうする?」
と俺は聞く。
コラボは無事に終えたけど、オフについての質問はいくつか来ていたはずだ。
「用事がないならもうちょっと滞在してもいいんじゃない? ツブヤイターには解散したって言うけど」
とモルモは答える。
「わたしはあと1時間くらいは大丈夫ですよ。かけるくんはどうですか?」
「俺もやることはとくにないです」
配信が終わったからか、名前の呼び方を変えたラビさん──紗世さんに返事した。
「帰ってもゲームするか、それともみんなの配信を見るくらいしかやらないんですよね」
とつけ足す。
「かける、学校の宿題は?」
モルモ──桂花が呆れた顔で聞いてくる。
「基本やってなくて、当たらないことを祈る」
正直に答えた。
「それは……」
さすがの桂花もとっさに言葉が見つからなかったらしい。
紗世さんもあいまいな笑みを浮かべたままだ。
「将来の夢が決まってないなら、モチベーションはあがりづらいですよね」
と思いきや、紗世さんがフォローしてくれる。
「そうなんですよね」
俺は気持ちが通じたとコクコクうなずいた。
目的があるならできるかどうかはともかく、やる気は出るだろう。
現実逃避と言われるかもしれないが、進むべき現実が見えてこないというのがいまの状況だと思う。
「早い話、迷子なのよね。かけるは」
「迷子って……否定はできないか」
桂花の発言に一瞬とまどったものの、彼女の言うとおりだと感じる。
「進みたい道がわからないのも迷子って言うのかな?』
ただ、疑問に思ったことを口にしてみた。
「いいんじゃない? 正確を期す意味だってないだろうから」
桂花はうすく笑う。
たしかに正確さを追求する意味なんてないだろうな。
俺もつられて笑い、ウーロン茶を飲む。
「桂花みたいに勉強が得意だったら、とりあえず大学だけは決めようかなって思ったかもしれないけどな」
とつぶやく。
得意なものはゲームくらいで、ほかに何のとりえもない。
親はと言うと、俺の将来にそもそも興味がないのか、何も言ってこなかった。
まあおかげでVになるのも反対されなかったので、悪いことばかりじゃないんだが。
先生だって指導しようにも、俺みたいなやつは困るだろう。
「やりたいことがないなら、大学でいいんじゃない?」
と桂花は言った。
「大学って何かやりたい人が行くところなんじゃないのか?」
俺は首をひねる。
「それはある種の理想でしょ。現実はそんな人だけじゃないから」
桂花は皮肉っぽく言い、紗世さんは困った顔をしながらも否定はしなかった。
「そっかあ」
とため息をつく。
「かけるくんはゲームがそれだけ強いのですから、ゲーム関係に強い大学を探してみたらいかがですか?」
と紗世さんが提案してくる。
「ゲーム関係の大学? そんなのあるんですか?」
ぎょっとして彼女の天使のような美貌を見つめた。
「ええと、小耳にはさんだだけなので、断言はできないのですけれど」
紗世さんは俺に見つめられて恥ずかしかったのか、頬を赤らめてもじもじする。
おっと、と心の中で言いながらすぐに視線を外す。
「eスポーツに力を入れている大学ならあったはずよ。立都大とか」
と桂花がひとつの大学の名前を出す。
「そうなんだ?」
立都大は桂花が狙ってるCHARM並みにレベルが高い大学だったはずだ。
「かけるくんなら、ゲーム実技だけで特待生になれるんじゃないですか?」
と紗世さんが言う。
「あ、それ、わたしも思います。かけるが無理なら誰が行けるのよって感じ?」
桂花もうんうんと大きくうなずいて同意している。
「そうかなぁ?」
と俺は首をひねった。
実のところeスポーツについてそこまで詳しいわけじゃない。
「一回くらい大会出てみたら?」
そんな俺に桂花が提案してくる。
「それはいい考えだと思いますね! ほかの人と比べてどれくらい強いのか、わかりやすいです。プロゲーマーと言っても、相手があるものですからね」
と紗世さんは手を叩いて彼女に賛成した。
「そりゃそうですね」
桂花と紗世さんにプロになれるかも? なんて言われても、ピンとこないのもそれが理由だ。
俺がけっこう強くても、もっと強い人たちがいっぱいいればプロになれない。
なれたところで勝てなきゃ生活できるだけの収入は得られないんだ。
「Vをやりつつ、プロを目指すというのが現実的ではないでしょうか?」
と紗世さんが言う。
「いや、それってペガサスオフィスの許可が必要でしょう」
俺はふふっと笑った。
「プロゲーマーが誕生したら話題になるだろうし、うちの事務所あっさり許しそうな気がするけどね」
なんて桂花は話す。
「その可能性はありますね」
と紗世さんも言うので、ちょっと気になってくる。
「うーん」
ちょっと前向きに考えたくなってきたものの、具体的にどうすればいいのかわからない。
「まずは猫島さんに言わなきゃ、だよね」
あの人や事務所に黙って勝手はできないのだ。
「ですね。わたしたちだけ言ってても意味ないですから」
と紗世さんは微笑む。
「応援してるからね。応援しかできないけどさ」
桂花はエールを送ったあと、自虐めいた笑みを浮かべる。
「いや、うれしいよ」
と言った。
誰かに応援してもらった経験なんて、記憶してるかぎりじゃない。
桂花のような女子に応援してもらえるなら、とくにうれしい。
俺だって一応男だから。
「わたしもです。できる範囲になってしまいますけど、力になりたいので相談してください」
と紗世さんも言う。
何でも頼ってくれ、とは言わないのが誠実さを感じる。
「頼りになるお姉さん、アテにします」
と冗談っぽく言うと、紗世さんはくすくす笑う。
「わたしはー?」
桂花がからかうような表情で聞いてくる。
「もちろん頼りにするよ。何を頼ればいいのかわからんけど」
と言っておどけてみた。
「そうだよねー」
桂花は一回うなずいて、
「いっしょにオープンキャンパスに参加したり、説明会に出たりするくらいじゃないかな?」
と可愛らしく小首をかしげる。
そっか、そういうパターンもあるのか。
「おふたりとも同学年だから、そこは強みですよね。情報交換もできますし」
と紗世さんに言われる。
「まあ俺が留年しなかったら、ですね」
と言っておいたほうがよさそうだった。
「ちょっと、そこは頑張ろうよ」
と桂花が呆れて嘆息する。
「頑張ります」
と俺は答えた。
そこまで必死だったわけじゃないから、けっこうやばいかもしれないんだが。
「わたしと桂花ちゃんがふたりで勉強を教えれば、いいんじゃないですか?」
と紗世さんが提案する。
「え、いいのか?」
思わず目を丸くして聞き返す。
そんなこと思いつきさえしなかった。
「わたしはいいわよ? 自分の復習もできるし、わからないところは紗世さんに聞けるんだから」
と桂花は微笑む。
「人に教えると、自分がわかってない部分を自覚しやすいですしね」
と紗世さんは言う。
「いいですね、勉強会やってみたいです」
桂花はすっかり乗り気になっている。
俺のほうを見ながら、
「早いほうがいいでしょ? 中間テストいつから?」
と聞いてきた。
「来月の20日くらいだったと思う」
俺は脳を必死に動かしながら、かろうじて思い出す。
「あら、同じくらいじゃない」
と言った桂花は驚いていなかった。
「そんなに地区が離れてない高校なら、テスト期間が近くてもふしぎじゃありませんね」
と紗世さんが言う。
そういうものなんだろうか。
「早いほうがいいとは言ったけど、さすがに今日明日は難しいし……予定を入れられるとしたら、ゴールデンウィークでしょうか?」
と桂花が紗世さんに相談する。
「ええ。それだとまとめて時間がとれますし、あとで復習する期間もありますね」
紗世さんはうなずいた。
そうか、復習だってやらなきゃいけないのか。
勉強ってめんどうだな。
勉強しなくても生きていけたらいいのに。
ふたりには申し訳ないけど、ちょっとそんな願いが浮かぶ。
……たぶんこういう考えがよくないんだろう。
一応自覚はある。
「とりあえずかける、どの教科が苦手なの?」
「全部かな」
正直に答えると、初めて桂花と紗世さんの表情がちょっと引きつった。
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