第32話「同期たちとオフコラボ」
ついに土曜日がやってきた。
女の子ふたりと三人で遊びに行くようなものなので緊張する。
女子ふたりは仕事のつもりだろうということは理解しているんだが、感情のほうが上手く制御できていない感じ。
……俺も仕事モードに切り替えなきゃ。
土日ということでけっこう人は多い。
新宿や渋谷というデカい駅を避けるのはナイスアイデアだったと思う。
10分前に待ち合わせ場所に着いたら、ふたりはまだだった。
「あ、かけるくん早い」
と思ったらすこしあとで、モルモじゃなかった桂花がやってくる。
彼女はピンクの長袖ブラウスにストール、下はジーンズにスニーカーだった。
上は可愛くオシャレしてるけど、下は普段着って感じだろうか?
「いま来たところだよ。マジで」
と答える。
「そうなんだ」
桂花はちいさくうなずくと、じっとこっちを見てきた。
何だろう?
内心首をかしげると、彼女は自分の服をちょっと指さす。
「……似合っていて可愛いよ」
「ありがとう」
桂花は満面の笑顔を浮かべる。
本人が抜群に可愛いんだけど、それを言う勇気が俺にはなかった。
「かけるくんはファッションに気をつかわない感じだね」
と桂花に言われる。
一応清潔感だけは気をつけたけど、ファッションはな。
「全然わからないからな。センスだってないし。ボア先輩に見立ててもらった服を着てこようか迷ったんだけど」
何となくやめておいた。
「そっか。その判断、わたしは支持するよ」
と桂花はニコリと笑う。
よかったとホッとする。
「おふたりともすでに着いてたんですね。ごめんなさい」
ラビさん、じゃなくて紗世さんはすこしあわてた様子でやってきた。
彼女はクリーム色のブラウスにくるぶしまで隠れるロングスカートという、清楚なイメージにぴったりの格好だ。
清楚系ファッションモデルが目の前にいると言っても、みんな信じるだろう。
「大丈夫ですよ、まだ7分前ですから」
「俺たちだってさっき来たところですよ」
俺たちはそれぞれ彼女に答える。
「何だか、ふたりとも息がぴったりですね」
と紗世さんはちょっとうれしそうに言う。
「そうかしら?」
「そうですか?」
首をひねりながらの発言が見事に重なる。
たしかに息が合っていると言えるかもしれない。
俺たちは視線をぶつけ合い、同時に笑い出す。
「あれ? 何だかわたしが知らないところで仲良くなってません?」
と紗世さんは首をかしげる。
「それはないと思いますけど」
と桂花が言う。
「個別で話したことだって、ほとんどないしね」
と俺も答える。
女子と個別で話すのは何か恥ずかしいので、用事がないときは話しかけない。
向こうだって用がないときは話しかけてこないからお互い様だろう。
同世代だからまだ気安いというのはあるかもしれないが。
「そうなんですね」
紗世さんは納得したようだった。
「さ、移動しましょう。予約してるけど、だからこそ早めに行きたいの」
と桂花が言う。
「そうだな」
と同意する。
道中やはり女性同士の気安さか、紗世さんと桂花のふたりの話がはずみ、俺はあとからひとりついていく。
後ろから見ると紗世さんは桂花より背が高いのだといまさら気づいた。
たぶん紗世さんが160センチくらいで、桂花が150センチくらいだろう。
姉妹のようにも見えるが、そうなると俺は何だ?
普段あまり会えない従兄弟あたりだろうか?
益体もないこと考えてたら店について、すぐに入れた。
桂花らしいオシャレなところで、客の大半が女性だ。
「桂花はよく来るのか?」
「何回かよ」
俺の問いににっこりと笑って彼女は答える。
男女が1対2だからか、女性客からは珍しそうな視線が届く。
俺だって知らなきゃ意味がわからない組み合わせだもんな。
顔立ちが似ていれば三姉弟だったと思うけど。
「感じのいい素敵な店ですね」
「桂花の店ってセンスがいいところばかりだよな」
「ありがとー」
ふたりでかわるがわる褒めると、桂花はにっこり受け取る。
彼女と紗世さんはふたり仲良く座り、俺は桂花の前に腰を下ろす。
何となく同世代のほうがまだハードルが低いのだ。
「ここでは配信しないんだよな?」
と念のため彼女に聞く。
「もちろん。誰の音声が入るかわからないからね」
と彼女は即答する。
「だよなー」
店員さんの声はもちろん、ほかの客の声だって入るかもしれない。
「まずはご飯を食べましょ。配信のときにふり返る感じで」
と桂花は言う。
「いいですねー」
紗世さんは笑顔でうなずきながら、メニューを開く。
「パスタが中心のお店なんですよ。サラダとスイーツも美味しいですけど」
と桂花は簡単に説明する。
「へえ」
と言いながら写真を見ると、女性が喜びそうなビジュアルを意識してそうでしかも美味しそうだった。
「写真映えもしそうですねー」
似たようなことを考えたらしい紗世さんが感想を言う。
「しますよ。SNSにアップしたことはないですけど」
と桂花が言った。
「特定を避けるためには、俺もアカウントで掲載するのはやめたほうがいいよな」
と俺は言う。
住んでる地域がばれるのは好ましくない。
俺だけならまだしも、女子ふたりは怖いだろう。
「そうだね。写真は撮っても掲載はナシで」
と桂花の言葉に紗世さんとふたりでうなずく。
「ねえねえ、食べ物のシェアしませんか?」
と紗世さんが提案する。
「いいですね。いろんな味を一気に楽しめますし」
桂花は喜んで賛成した。
「俺もいいです」
ふたりがいいなら、俺が断る理由はない。
俺たち三人はそれぞれ別のパスタを注文して、待っている間雑談に入る。
「ふたりは高校生なんですよね。どうですか、学校は?」
「学校だとオタクトークしづらい空気なので、デビューできてよかったですね」
紗世さんの問いに桂花が答えた。
彼女は学校カーストトップなんだろうなと思っていたが、そんな彼女も出せない話題があるらしい。
カーストトップも案外楽じゃないのかもな。
「俺はそもそもぼっちだから、とくに何もないですね。休み時間は教室で、昼休みは図書館で本を読んでます」
と俺は答える。
学校じゃゲームはできないから、本だけが救いだ。
「ぼっちってファッションじゃないんだ?」
と桂花の遠慮のない反応。
悪気がゼロなのは伝わってきたから苦笑する。
「じゃないよ。学校の連中とは話が合わないって、桂花なら理解できるんだろ?」
俺の気持ちなんてふたりはわからないだろうと何となく思っていた。
けど、学校で出せない話題があるなら、桂花には通じるかもしれないと期待する。
「そうだね。ファッションやスイーツの話ならともかく、それ以外は合わなくてしんどいときあるんだよ」
と桂花も苦笑した。
合わない相手とも上手くつき合えるのが、彼女のすごいところなんだろう。
「そうなんですねー。おふたりともえらいですね」
紗世さんがほめてくれる。
とってつけたような言葉だけど、彼女が言うとふしぎな癒し力があった。
「ありがとうございます」
俺たちはふたりで彼女に礼を言う。
「それで、紗世さんはどんな感じなんですか?」
「わたしは気の合うお友達とのんびりしている感じですねー」
桂花の問いに紗世さんはほんわかした答えを返す。
彼女らしいと微笑ましく思う。
友達がいるってどんな感じなんだろう?
ふと考えたが、悲しくなりそうだったからやめる。
「かけるはパーティーゲームやったことないんだよね?」
と桂花に振られたのでこくりとうなずく。
「トランプなんかもほとんどやった記憶ないですよ」
子どもの頃、親や親せきのおじさんとやったくらいだろうか?
「へえ、じゃあカラオケに行った経験もないんですか?」
と紗世さんに聞かれたので、もう一度上下に頭をふった。
「ありません」
「じゃあわたしたちと行くのが初めてなんだ」
なぜか桂花がにやりと笑う。
「カラオケもね、気の合う人と行けば楽しいよ?」
「……そうかもしれないな」
すぐには想像しづらいんだが、ボア先輩やラチカさんといっしょにゲームしたのは楽しかったもんな。
あれと同じことなのか?
「でも俺たぶん音痴だよ?」
「楽しければいいでしょ。音楽のテストじゃないんだから」
不安を口にしたら桂花に思いっきり笑い飛ばされる。
「そうですよ? 気になれば点数なしでやりましょう」
と紗世さんが微笑みながら提案してきた。
「……そうですね」
点数が表記されないなら、気にならないんだろうか?
でもふたりとも上手そうなんだけど。
「わたしたちだってゲーム下手なんだから、おあいこでしょ?」
と桂花に言われてハッとする。
「そうですよ。得意不得意が違うだけです」
おかげで紗世さんの言葉には同意できる余裕が生まれた。
「みんな違うんだよな」
それでいいと言われる心地よさと安心感。
Vになってよかったと思うことだ。
三人で微笑みあったあと、
「ラチカさん、どんな人だった?」
と桂花に聞かれる。
「どんな人って言われても……あんまり話したことがないから。明るい感じで、配信のまんまな印象だよ」
明るくてフレンドリーで、桂花とは違った感じの可愛いタイプじゃないか。
可愛いと言葉に出すのは恥ずかしいから自制する。
「そうなんだ。ラチカさんとのコラボすごかったよね」
と桂花が言うと、
「おかげでバードくんが有名になったんじゃないでしょうか?」
と紗世さんも同意した。
たしかにいつの間にかチャンネル登録者数が60万を超えてるもんな。
だいたいがラチカさんのおかげだと言ってよさそうだ。
一瞬バード? と呼ばれたけど、流れ的には変じゃないのか?
「もっともバード自身がすごいからこそ、視聴者は定着してるんだけどね」
「それは間違いないですね」
桂花と紗世さんはそんなことを言う。
本当にそうなんだろうか?
俺は疑問なんだが、じゃあ何で登録者数が減らないんだ? と聞かれても答えられない。
自覚してないだけで、俺も捨てたものじゃないってことなんだろう、きっと。
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