第17話「初めてのオフ会」

「ここはパンケーキとジェラートが有名なのよ」


 と桂花が紹介した店は行列ができている。


「俺以外みんな女子だね」


 と思わず言ったように、並んでいるのは全員女性だ。


「カップルもいるはずですよ」


 と紗世さんが微笑む。

 店内にはカップルがいるんだろうか。


「ふたりはよく来るの?」


 待っている間はヒマなので、ふたりに問いかけてみる。


「わたしは何回かあるわ」


「わたしは今日で三回目くらいですねー」


 ふたりとも複数回来ている点は一致していた。

 どうやら桂花のほうが来た回数は多いようだが。


「かけるくんは来たのは初めて?」


 と桂花に聞かれる。


「うん。スイーツを店で食べるってこと自体が初めてだよ」


 と答えた。

 だってスイーツ店ってやっぱり女性客のほうが多いもんな。


 ひとりで入る勇気なんて俺にあるはずもない。

 いまだってちらりと向けられる視線が恥ずかしかった。


 もっとも、いまの場合は女子ふたりがいっしょにいるという状況が原因だと思うんだが。


「そうなんですねー。たしかに男性ひとりだと入りづらいかもしれませんね」


 と紗世さんがうなずく。


「スイーツ好きなら、これからはわたしたちといっしょに来ればいいのよ。そうすれば入りやすいでしょ」


 と桂花が言うと、


「桂花ちゃん、それは名案ですね!」


 すかさず紗世さんが賛成する。


「でしょう?」


 と桂花は得意そうに胸を張った。


「え、いいの?」


 いっしょに出かける相手なんていなかった俺にはびっくりだ。


「もちろんよ!」


「三人ならきっと楽しいですよ」


 桂花は元気よく、紗世さんは優しく微笑む。

 うれしい。


 思わず泣きそうになったが、さすがに恥ずかしいので何とか我慢する。

 俺はひとりじゃないのかもしれない、なんて思えた。


「うん。はい?」


 なんて答えればいいのかわからなくなって混乱する。


「どちらでもいいですよ」


「同期だし、もう友達でしょ? どちらでもいいんじゃない?」


 ふたりともすごく優しかった。


「実は敬語、苦手なんだよね……」


 何とかですますくらいは言わなきゃって思ってたので頑張ったけど。


「わたしも得意じゃないから同じよ」


 桂花が共感してくれる。


「わたしはくせになっちゃってるので、このしゃべり方で許してくださいね」


 と紗世さんが言った。


「それは大丈夫」


 と答える。

 紗世さん、何と言うかどこかいいところのお嬢様って雰囲気があるんだよな。


 さすがにリアルお嬢様がVチューバーやってるとは思わないけど。

 

 三人でしゃべっているうちに列が消化されて俺たちも席に案内された。

 内装は明るくてオシャレで、SNSで映えそうだった。



「オシャレなところですよねー」


 と紗世さんが俺の視線を見て言う。


「女子はこういう雰囲気が好きなのよ」


 と桂花が言ったのは俺に対する解説だろうか。


 俺がいっしょに来れる女子なんてこのふたり、あとは猫島さんくらいしかいないんだが。


「そうなんだね」


 とりあえず相槌を打っておく。

 

「何にしますかー?」


 と俺の正面に座った紗世さんがメニューを三人で見られるように、横向きにして開いた。


「おススメはパンケーキとジェラートなんだっけ?」


 俺はさっきのやりとりを思い出しながら聞く。


「そうよ。この三つがそうね」


 と桂花が指さした部分には、パンケーキの種類が書かれている。


「三人でそれぞれハーフ&ハーフを頼んでシェアすれば、六種類のメニューが楽しめるのよ」


 と彼女は言う。

 通な頼み方だなと感心する。


「それじゃ三人でバラバラ頼めばいいのか」

 

 せっかくなら六種類楽しめるほうが得だよな、と賛成した。


「いいですねえ」


 紗世さんも楽しそうにニコニコしている。

 

「飲み物はどうしましょうか?」


 とそこで桂花は俺たちに聞く。


「正直、いまはジェラートの気分じゃないな」


「お昼を食べたあとですもんねー」


 俺の返事を来た紗世さんがうなずいてくれる。

 女子は甘いものは別腹らしいけど、俺はそこまでじゃないんだよな。


「紅茶にしようかな」


 おそるおそる言ってみる。

 ふたりの意見を聞いてみて、場合によっては変更しようと思っていた。


「あ、わたしも紅茶好き!」


 と桂花は食いつく。


「紅茶はいろんな種類が楽しめるし、体をあっためてくれる効果もあるらしくて、わたしもお気に入りです」


 と紗世さんは言った。

 ふたりとも紅茶がすきなんだ。


「紅茶仲間がいるとは思わなかったな」


「本当ね。わたしたちで紅茶同盟を作っちゃう?」


 と桂花が言う。


「いいですねえ! 紅茶について語り合えるお友達、ほしかったところです」


 と紗世さんが喜ぶ。

 

「俺、語れるほど詳しくないよ。単に好きってだけで」


 ちょっと不安になったので、先に打ち明けておく。

 あとでがっかりされるよりはましだと思ったからだ。


「大事なのは好きって気持ちだから平気よ」


 と桂花は答える。


「そうですよ。すこしずつ覚えていけばいいのです。誰でも最初は知らないのですから」


 紗世さんは包容力を感じさせる慈愛の笑みで言った。

 ふたりとも優しいなあ。


 うれしくてこれは本当に現実なのか、なんてふたりに失礼なことを考えてしまう。


「ふたりがいいなら、入れてほしいな」


 とお願いする。


「入るというか、私たち三人が共同設立者よね」


 桂花が紗世さんに話しかけた。


「もちろんですよ。三人で手を取り合ってはじめましょうということです」


 と紗世さんが俺に微笑みかける。


「うん、俺も設立者になるんだね」


 と俺は言った。


 紅茶同盟って具体的に何をするのかよくわからないけど、このふたりといっしょにやれるならきっと楽しくなるだろう。


 そんな予感に心が満たされる。

 


「お待たせしました。リンゴとブルーベリーのお客様」


「はい」


 とまず俺が手を挙げる。


「イチゴとメロンのお客様」

 

「はい」


 と桂花が手を挙げた。

 最後のキウイとバナナが紗世さんの分だ。


「じゃあまずは写真撮りましょう」


 と桂花が言って、店員から許可をとってスマホのカメラで撮影する。

 俺と紗世さんもそれぞれ撮った。


「これってSNSにはアップできないんじゃないかな?」


 とポツリと言う。

 リスク回避のためには俺はしないほうがいいよな。


「マネージャーさんと行ったことにすればいいじゃない?」


 と桂花が提案する。


「かけるくんはマネージャーさんからスクショをもらったと口裏を合わせれば、きっと平気だと思いますよ」


 と紗世さんも言った。


「そうしようかな」


 迷惑にならないならべつにいいやと思う。

 桂花と紗世さんはさっそくスマホを触って、SNSにアップする。


 俺はそれを黙って見守り、終わるとパンケーキをそれぞれ三等分にして、ほかの皿に乗せ合う。


「……俺が一番下手だな」


 ほかのふたりは切るのが上手で、おそらくほぼ三等分だろう。


 対する俺のは面積的には三等分かもしれない、とフォローする必要があるほど不格好だった。

 

「大事なのは気持ちですよ。みんなでシェアしたいっていう」


 と紗世さんがなぐさめてくれる。


「食べたら同じなんだから気にしないの」


 と豪快なことを言ったのは桂花だ。


「うん、気にしないことにするよ」


 ふたりの気づかいがうれしかったのでそう答える。


「んー、美味しい」


「美味しいですよね」


「本当に」


 どのパンケーキも絶品だ。

 ソースも果物も美味しく、人気があるのがよくわかる。


「紅茶はさすがにシェアするのは無理だったな」


 好みはバラバラだったし、大きめのカップに入ってる分だけだもんな。

 男女でシェアするなら間接キスっぽくなってしまう。


 俺はべつにかまわないのだけど、女子ふたりに提案する勇気はなかった。


「また来ればいいのよ」


「そうですよー。スケジュールがあえばですけど、定期的にこうしてお会いしたいですから」


 桂花と紗世さんはそれぞれ笑顔で言う。

 次の約束があるってすごいことだよな。


 俺にとっては本当に夢のような時間だった。


 パンケーキを最初に食べ終わったので、端末からツブヤイターを見てみる。


 モルモとラビさんのアカウントには美味しそうなパンケーキの写真が掲載されていて、グッドと共有がいくつもされていた。


 同時に


『あれ、バードさんは?』


『鳥氏だけ仲間はずれになってる』


『女子会だからね。オスが参加できないのは仕方ないね』


『正直オフで会ってるんじゃないかと心配してた』


 なんてコメントが並んでいる。

 俺が不在なのをいじる声が多いけど、中には安心する声もあった。


 まあ見せなくていいものは見せないのがVチューバーだよな。


「俺、反応したほうがいいかな?」


 とふたりに相談してみる。


「どうでしょうねー。かけるくん、あんまりわたしたちとツブヤイターではからんでないですよね?」


 と紗世さんが判断に迷った様子で、桂花さんに聞いた。


「そうね。ただ、今日記念コラボをやるわけだし、全然知らなかったというのも変じゃないかしら」


 と彼女は答える。


「それもそうだな。猫島さんから予定を聞かされるってことは、充分にありえるだろうし」


 と俺はうなずく。


 ふたりが記念コラボするとか、俺とボア先輩のあとで打ち合わせするって話は、実際に聞いてたし。


「じゃあ知ってたけど行けなかったという方向にしたらどうかしら」


 と桂花が提案する。


「なるほど、名案ですね。猫島さんがいっしょなら参加できてた、という方向ならリスクはないかもしれません」


 と紗世さんは話す。


「念のため、猫島さんに聞いてみようか」


 と俺は言う。

 仕事中だけど、だからこそ相談に対する返事は期待できるはずだった。


「そうよね。事務所がだめって言ったことはできないから」


 と桂花は賛成する。

 相談メッセージをリスコードで送ってみたら、猫島さんの返事は早かった。


マネージャー[そうですね。わたしを入れて2期生全員で会う、打ち合わせならバードくんが参加するほうが自然です。そういうメッセージならOKですよ]


 返事をふたりにも見せる。


「猫島さんもいる場合なら、俺は参加できるってことでいいみたいだよ」

 

 と言う。


「よかったですね」


「そうよね」


 紗世さんは喜び、桂花は納得していた。

 まあじゃないと打ち合わせも難しくなるもんな。


「それじゃツブヤイターでふたりにコメントを送るよ」


 と言ってから「行きたかったなー」といった主旨のものを送る。


 ふたりとも「猫島さんもいたんだから、タイミングが合えばね」といったコメントを返す。


 それを見た人たちの中には「え!?」と声をあげる人もいたが、ほとんどの人は「そりゃマネージャーが立ち会うならいいだろ」という反応だった。


 いないんだけどね、猫島さん。

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