第16話「みんなの本名」

「俺はヒマですよ。配信とゲーム以外予定ないですし」


 迷ったあげく、そう答える。

 ふたりが俺のために何かをしようと時間を使ってくれるんだ。


 逃げちゃだめだよな……逃げたいけど。


「気をつけて楽しんできてくださいね」


 猫島さんも止める気はないようだった。

 ぼっちの俺が女子ふたりとおでかけってハードル高いんだが。


 いや、猫島さんが来ても女性が増えるだけだから、ハードルがパワーアップするだけか?


 食事をしながら雑談をする。

 主にしゃべるのはモルモとラビさんで、猫島さんは聞き役に回っていた。


 打ち合わせらしきものもときどきはさまっていた。

 それでいいのかと思うけど、問題なくできるならかまわないのだろう。


 俺はうなずきながら食べるだけのはずだったが。


「そう言えばバードくんってスカウトされたんだよね?」


「配信で言ってましたよねー」


 モルモの一言をきっかけに三人の視線がこっちに向く。


「よく受けようと思ったよね? 何か理由があるの? いやなら言わなくていいんだけど」


 とモルモは言う。

 ぼっちのコミュ障が配信者をやりはじめたら、そりゃ不思議に思われるか。


「ゲームを買うお金がほしくて……あとゲーミングチェアとか、ゲーミングパソコンとか」


 どれもいいやつは相当高くて、高校生の俺じゃとても買えない。

 とくにパソコンは買い替えたいんだよな。

 

「ああ、なるほどね」


「すごく納得できちゃいましたー」


 モルモもラビさんもメチャクチャ腑に落ちた顔をになっている。

 猫島さんはすでに知ってるから、涼しい顔だ。


「あと、Vだと顔を出さなくていいってのもよかった」


 これがもうひとつの理由だ。

 顔を出さなくてよく、リアルの人間関係をリセットできる。


 それが本当にいいと思う。

 リアルの状況をネットに持ち込まれるとか最悪だから。


「まあそんな理由がなかったら、配信者になろうとは思わなかったよ。向いてる気がしないから。いまでも半信半疑だよ。どっきりを疑ってるくらい」


 肩をすくめると三人は苦笑する。


「もうすこし自覚を持ってほしいのですが……正直わたしたちも対応していこうといっぱいいっぱいなので」


 と猫島さんは言う。


 この人は押しつけがましいというか、相手に強要するような言い方をしないところが理想的だ。


「自覚ってどうやったら持てるんでしょう?」


 と俺は聞いてみる。

 三人は互いの顔を見合わせ、あやふやな笑みを浮かべた。


 ごまかされたとは思わない。

 彼女たちだって未知のことにきっととまどっているのだろう。


「わたしたちが助言できたらいいのですけどねー」


 とラビさんが申し訳なさそうに言う。


「完全にバードくんに置いて行かれてる状態だもんね」


 とモルモがそっとため息をつく。


「おふたりの伸びは順調なんですよ。バードくんの勢いがすさまじすぎるだけなんです。うれしい誤算ですけど」


 と猫島さんは言うと、伝票を持って立ち上がる。


「わたしは仕事に戻りますね」


「今日はありがとうございました」


 とみんなで礼を言って彼女を見送った。

 三人だけになってさて困ったぞ。


 猫島さんはマネージャーだし、社会人なのでまだ心理的に話しやすかった。

 残ったのは同期の女子ふたりだけだ。


「このあとどうしましょうかー?」


 とラビさんが俺とモルモに聞く。

 わからないので黙っていると、


「ターミナル駅近くにあるスイーツ店に行ってみませんか? あそこは人が多いですし、バードくん効果もわかりやすいと思うんです」


 とモルモがアイデアを出す。

 ちゃんとアイデアを出せるなんてすごい。


「あ、いいですねー」


 ラビさんはニコッとして賛成し、ふたりの視線がこっちに向く。


「バードくんはスイーツ平気? 苦手ならほかのお店にするけど」


 とモルモが気をつかってくれる。

 ああ、俺がナンパよけとして役に立つのかって話だもんな。


「ああ、甘いものは好物だよ。アイスかパフェとか」


 男のくせにと言われそうだから黙っていたんだけど、このふたりならもしかしたら受け入れてくれるかもしれない。


 そんな期待があった。


「へえー、男子って好きな人と苦手な人がいるよねって思ってたけど、バードくんはいけるんだ」


 とモルモがうれしそうに言う。


「三人でスイーツめぐりもできそうですねー」


 ラビさんは楽しそうに企画を口にする。


「スイーツめぐりか……興味はありますね」


 甘いものは好きだし、女子ならいろいろと知ってるだろう。


「じゃあわたしたちも行きましょうか」


 というモルモに合わせて立ち上がる。

 会計は猫島さんがすでにすませてくれていた。


「ここから電車で移動ですね」


「さっそくバードくんの出番かな」


 ラビさんとモルモの発言が謎だった。

 この時間ならそこまで混んでないんじゃないかな。


 と思いながらも一応ふたりをガードできそうな位置を探す。


「あ、そうだ」


 モルモが歩きながら不意に声を出す。


「外だと誰に聞かれてるかわかんないし、本名で呼んでね。わたしは桂花(けいか)」


「わたしは紗世っていいます」


 モルモの本名が桂花、ラビさんの本名は紗世さんか。

 イメージにあったすごい名前だ。


 女子を名前で呼ぶなんて恥ずかしいけど、バレのリスクを考えると当然か。


「俺は空を飛ぶと書いて、かけるって言うんだ。初見だと読めないって言われる」


 難読なんだよな。


「かけるくんですか。素敵なお名前ですね」


 ラビさん、いや紗世さんに言われてどきっとする。

 名前を褒められるって何だか照れてしまう。


 スムーズに乗れたし、座れないまでにしろ荷物を床に置けそうなくらいに余裕があった。


「この時間はすいてますね」


 と話しかけてみる。


「声かけられないなんてびっくりです」


 とラビさんは答えた。


「わたしも。男の子といっしょってすごいね」


 とモルモも俺に言う。


「えっ? ふたりともこの距離歩いただけでナンパされるのか?」


 そのことに俺は驚きなんだが。

 いくらこのふたりがモデルみたいな美形だって言ってもなあ。


「毎日じゃないけど、されることは多いですねー」


「電車に乗るまでの間、ちらちら見られてたの気づかなかった?」


 ふたりは苦笑しながら答える。


「全然気づかなかった」


 ……女子って大変なんだなあ。


「この時点でかけるくん超頼りになるってわかったね」


 モルモがうれしそうに言う。


「本当ですー。かけるくん素敵ですね」


 なんてラビさんも言う。

 俺が誰かの役に立てる日が来るなんて。


 女の子に素敵だって、お世辞でも言われるとは。

 電車の中で会話はみんなひかえたのでぼーっと外をながめる。


 ちらりとほかのふたりを見るけど、ふたりともスマホを触っていた。


「あ」


 そこでモルモが声をあげて、スマホを俺に見せてくれる。

 

「かけるくん、登録者数50万超えたみたいだよ」


「マジか」


 本当に50万到達してしまっていた。

 

「すごい。おめでとうございます」


 ラビさんが小さく拍手して祝ってくれる。


「ありがとうございます」


 本当に信じられない。

 というか俺だけが伸びているのは何だか後ろめたい。


 ふたりだって頑張ってるのに。


「あまりうれしくないみたいね?」


 俺の顔を見たモルモが言う。


「桂花と紗世さんだって頑張ってるのにな、と思ってしまって」


 素直に喜んでいいんだろうか。

 そんな迷いはふたりに伝わったらしい。


「いいのよ。あなたが頑張って、あなたが報われたんだから」


 モルモ、桂花さんは優しく言った。


「かけるくんは本当に思慮深くて優しい人なんですね。そういう人柄が伝わって上手くいってるんじゃないでしょうか」


 紗世さんもはげましてくれる。

 思慮深くて優しい? 俺が?


 そんな風に考えたことはなかったし、誰かに言われたこともない。


「わたしたちのことをすぐに考えるのは、自分のことだけを考えてない素敵な人だって証拠よ」


 と桂花が微笑みながら説明する。

 素敵だと彼女くらい可愛い女子に言われると照れてしまう。


 頬がかぁっと熱くなるのを感じる。


「照れてる顔も可愛いわね」


 と桂花はさらに言う。


「本当ですね。かっこいいと言うよりは可愛い系男子ですね」


 なんて紗世さんまで便乗してくる。


「可愛いのか、俺……」

 

 褒めてもらってるのかもしれないけど、ちょっと落ち込む。


「あ、あらら?」


 紗世さんは俺の反応を不思議らしくておろおろする。


「男子って可愛いって言われるのはうれしくないのかも……うちの弟も、おじさんたちに言われていやそうにしてるので」


 桂花がしまったという顔で言った。


「そうだね。褒めてもらってるのはわかるけど、カッコイイって言われるほうがうれしいかな」


 と俺はおそるおそる答える。


「そうなんですね」


「カッコイイよ、かけるくん」


 感心する紗世さん、そして桂花は可愛い声で言ってくれた。


「お、おう」


 不意打ちだったので真っ赤になってしまう。

 

「あ、照れてるー」

 

 桂花はうれしそうに笑った。

 狙ってやったんじゃないか? と疑いたくなる。


「そりゃ照れるよ。桂花みたいに可愛い子に言われたらさ」


 ずっとからかわれるのもしゃくだったけど、反撃の仕方なんてわからない。

 だからむっとした気持ちを態度に出してみる。


 何となくだけどこのふたりなら、それでも関係が壊れたりしないと信頼してもよさそうだったからだ。


「あら、ありがとー」


 と桂花は余裕の笑みで応じる。

 俺と違って照れたりはしていない。

 

 これだけ可愛かったら日常的に言われてるんだろうな。

 ナンパされるのが面倒だから俺についてきて、なんて頼んできたくらいだし。


 頭ではわかるんだけど、何だかちょっと悔しい気もする。


「紗世さんもとってもきれいですよね」


「ふぇぇえ……わ、わたしですか!?」


 紗世さんのほうはなぜかすごく真っ赤になってわたわたしはじめた。

 桂花とは逆に動揺が激しいな。


 この人くらい美人だったらやっぱり日常的に口説かれてると思ったんだが……。


「ああ、紗世さんはピュアピュアだから言ったらだめよ」


 と桂花が横から口を出す。


「だから言いたくなったらわたしにして。受け止めてあげるから」


 まるで紗世さんのお姉さんみたいなことを彼女は言う。


「言いたくなるって何だよ」


 女の子に可愛いとかきれいとか恥ずかしいから、言う機会なんてないはずだ。

 俺だけ照れさせられるのが悔しかったから、いまは特別だっただけだ。


「ふふふ」


 桂花は意味ありげに笑い、電車の外に視線をずらす。


「着いたわ。降りましょ」


「あ、はい」


 彼女に言われて俺と紗世さんは若干あわててホームに降り立った。

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