第15話「ファミレス」
「俺はハンバーグがいい」
とぼそっと言う。
独り言のつもりだったんだが、すかさずモルモが拾って、
「ハンバーグも美味しいよね。コロッケは?」
と言ってくる。
「コロッケも好きかな」
俺は驚きながら答えた。
女子とこんな話をしたことがないのでまだドキドキしている。
「ここのコロッケ食べたことないんですけど、美味しいですか?」
とラビさんに聞かれた。
「どうだろう?」
俺は自信がなく困ってしまう。
相手が男子なら美味しいよと言えるんだけど、女子はどうなんだろうか。
そんなためらいがあるのだ。
「わたし、揚げ物好きですよ?」
ラビさんはにこりとする。
「え、そうなんですか?」
ぎょっとして聞き返してしまうと、彼女は笑い声を立ててうなずいた。
「女子だってお肉や揚げ物は好きだからね。スイーツやサラダってのは、男子の幻想」
とモルモが横から指摘する。
「うっ、ごめん。話を合わせてくれてるのかと思ってた」
波風立てないためにとりあえず肯定するというのはコミュニケーションの一環だろう。
俺だってそれくらい知ってるんだから、と思っていた。
「バードくんは考えすぎるタイプなのでしょうかー?」
ラビさんは間延びした口調で首をひねる。
「たぶんそうですね。女子は揚げ物好きなのか? と考えたり、単に合わせてるだけじゃないのか? と思ったりと思慮深い人です」
と猫島さんが肯定した。
「なるほどですね。考えなしの男よりよっぽど好ましいわよ」
モルモがうなずきながら、後半はこっちを見て言う。
思慮深い……俺が??
そんなこと思ってもみなかったし、誰かに言われた記憶もない。
「そうなんですか?」
「そうです」
半信半疑の俺に対して猫島さんは力強く言い切る。
この人がここまで言うならそうかも……なんて感覚になった。
そして猫島さんはメニューに視線を落とす。
「そろそろ注文は決まりましたか? 会社のおごりですけど、手加減してもらえたらうれしいです」
と彼女は冗談っぽく言った。
「まだまだこれからですよー」
「わたしたちも頑張ります」
ラビさんとモルモは彼女をはげますように声をかける。
「お、俺も頑張ります」
ふたりのまねをして言った。
「バードくんには期待してますね。昨日またバズってましたから」
「えっ!?」
猫島さんの答えにぎょっとする。
「気づいてなかったの? 雪眠ラチカさんがまたツイートして、それが共有30万超えてたのよ」
モルモがちょっとあきれたように教えてくれた。
「俺、ハンバーグセットでお願いします」
早口で注文を言って、端末を取り出してツブヤイターを見てみる。
雪眠ラチカさんはたしかに俺の配信を取り上げてくれていた。
「うわぁ、グッドのほうは50万を超えてる」
正直喜びや驚きを超えてちょっと引いている。
グッドが二けた万って何なんだろう?
俺なんてツブヤキをやったところで、1つくかどうかわからないのに。
「気づいてないようなら言いますが、チャンネル登録者数も45万超えたので、50万記念配信についても考えないとですよ」
という猫島さんの発言はほとんど追い打ちだった。
「うへええ……」
事態に俺の頭が全然ついてこないよ。
何がどうしたらこうなったんだ?
「マジか」
どうすればいいんだよ?
頭は真っ白になって何にも考えられない。
「わたしとしてはうらやましいんだけど、本気で悩んでるみたいね」
とモルモが横からのぞき込みながら、言う。
「ここまで急激に伸びたら、たしかに困るかもですねー」
ラビさんは俺に共感してくれる。
「せっかくだし、50万記念配信の相談もしてみます?」
とモルモが猫島さんに言った。
「おふたりがよければ」
と彼女は許可を出す。
「そう言えばボア先輩とどんな打ち合わせをしたの? 参考までに聞きたいんだけど」
とモルモが俺に聞いてくる。
「ええーっと」
はたしてあれは打ち合わせと言えるんだろうか。
ボア先輩にふり回されて終わっただけだった気がする。
「打ち合わせはすぐに終わったよ」
と前置きしてから、何があったのかをしゃべった。
「そうなんだ」
「ボア先輩らしいですねー」
モルモは目を丸くして、ラビさんは苦笑する。
ボア先輩とふれあった時間はすくないはずだが、どういう人なのか把握できたらしい。
「あんな感じでいいんでしょうか?」
と俺は猫島さんに聞く。
「ええ。お互い知り合いで、プレイするゲームも同じでしたしね。クリバスだと標的の確認は配信中でもできますよね」
彼女はクリバスに関する知識があるようだった。
「そうですね」
ボア先輩も上手いので事前に打ち合わせしておかないといけない、ということはほとんどないだろう。
「打ち合わせと言っても雑談メインになっちゃうのは普通ですね」
猫島さんは苦笑する。
「そんなものなんですね」
俺が言うと、
「わたしたちここまで雑談しかしてないよー」
モルモがからかうように応じた。
「あ、ほんとだ」
言われてみればそうだなと納得する。
そして四人で笑い声を立てた。
そうなのか、打ち合わせって雑談もするんだなぁ。
笑いがおさまると店員さんを呼んで注文する。
俺とモルモがハンバーグ、残りふたりがパスタと別れる。
ドリンクバーもつけて、四人で順番に飲み物をとり終えたところで猫島さんが提案した。
「じゃあ今日の出会いと今後の幸運を祈って、みんなで乾杯しましょう」
「かんぱーい」
軽くガラスのコップを合わせる。
俺はコーラを持ってきたんだが、ぐいっと飲むならほかの三人みたいにウーロン茶のほうがよかったかも。
「ふふ、炭酸はきつかったですか?」
なんてラビさんに微笑まられてしまう。
「ええ、失敗しました」
素直に認めると、
「バードくんって可愛い点が多いですよねー」
彼女はそう言う。
好意しか感じないけど、俺としては困る。
「可愛いってあんまり褒められてる気は……ポジティブな意味で使われてるのはわかるんですけど」
いつもなら黙ってることを言ってしまったのは、場の空気とラビさんの雰囲気のおかげだ。
「男と女じゃ感覚が違うってのはわかるかなぁ。弟の思考回路とかマジで不明だし」
とモルモが言う。
彼女には弟がひとりいるので、男女の違いについて理解があるみたいだ。
「わたしは逆にわからないですねー。お父さんとか親戚とか近所のおじさんおじいちゃんくらいしか、男性とは接点がないので」
ラビさんはちょっと困った顔をする。
「んん???」
彼女はさりげなく不思議なことを言ったと感じ、俺は首をかしげた。
「ああ、ラビさんは女子高出身なのよ。先生も接点がある人はみんな女性」
「へえ」
そうなんだ、そういう人もいるんだと思わずラビさんを見る。
「……他意はないと思うのですけど、見つめられると恥ずかしいです」
彼女は頬を赤く染めてうつむいてしまう。
か、可愛い、じゃなかった。
「ご、ごめんなさい!」
どっひゃーーー!!!
はずかしい!!
「パンダを見るような目だったね」
とモルモが揶揄する。
「ううう……、こんな美人が男との接点がないってマジかよと思いました」
罪を告白するように俺はカミングアウトした。
町を歩けば声かけられそうなんだけどな。
と思ったけど言わなかった。
失礼のうわぬりになっちゃう気がして。
「ラビさんはナンパされないんですか? たしかに男がほっておかないだろうなってのはわかりますよ」
とモルモが俺の味方をするような質問をする。
「されますけど、困るんですよね。ナンパって見た目だけで判断されてる感じがして」
「わかりますわかります」
困った顔で答えたラビさんに、モルモは全力で共感していた。
「断ったら怒る男って最低ですよね。顔だけ見てナンパしてくるんだったら、こっちも顔だけ見て断るに決まってるっていうの」
何やら怒っている。
やっぱりと言うかふたりともナンパされるんだ。
苦労してそうだなぁと思ってると、ふたりは同時に俺を見る。
「これからバードくんがいっしょなら、ちょっとはへるかもしれませんね」
えっ? 何の話?
ラビさんが何を言い出したのか理解できずきょとんとすると、
「いいですね。ねえ、わたしたちの男よけになってくれない?」
とモルモがぐいっと距離を詰めてきて質問してくる。
「え、ちょっと」
顔が抜群にいい女子のドアップなんて、俺に耐えられるわけがない。
あわてて横を向いてしまう。
彼女に対して失礼かも、なんて考えてる余裕なんてあるはずもない。
「モルモさん、バードくんかなりシャイなので手加減してあげてください」
すかさず猫島さんからフォローが飛ぶ。
「あ、ごめん」
モルモが謝ってもとの位置に戻ったので俺はほっとする。
息を整えてから、彼女の意図を聞く。
「男よけって何だよ?」
ニュアンスから何となくわかる気はしたけど、あってるかどうか気になる。
「男子がいっしょだったら、ナンパしてくる男はへるだろうなと思ったの」
モルモの説明はまんまだった。
「そうなのか? 俺って頼りにならないと思うんだが」
俺は首をかしげる。
情けないことを言ってるようだが、実際大したことないと思うんだ。
「そんなことないと思うわよ? あなたは磨けば光るタイプでしょ。自分で気づいてないだけ」
とモルモに言われる。
「わたしもそう思いますし、たぶんボア先輩も同じ意見だと思いますよー」
ラビさんがすかさず賛成してきた。
ボア先輩もそうだったけど、何か女子の評価が高くて困惑する。
いままでそういう風に言われた経験がないので、うれしいよりもとまどいのほうが大きい。
俺の心情を簡潔に言語化するなら「え、俺に何が起こってるの?」となる。
「……時間はかかると思いますが、おふたりの安全についてはわたしも無関心ではいられません。バードくんには検討してもらえるとうれしいですね」
と猫島さんが言う。
「……役に立てるならべつにいいんですが」
ラビさんとモルモの役に立てるなら、べつにいいとは思う。
ただ、俺が役に立つのか? という点が肝心な問題なんだ。
「大丈夫ですよ」
ラビさんは天使のように優しく微笑む。
「自信を持って、と言うのは簡単だけど」
モルモは言いかけて中断し考え込み、そして指を鳴らす。
「そうだ。このあとちょっと出かけてみない?」
「えっ?」
彼女の発言に俺だけじゃなく、ほかの女性陣も驚く。
「実践してみたほうがいいと思いません? このあと、みなさん時間があればですけど」
「わたしは仕事の関係上、戻らないといけないので」
猫島さんが苦悶の表情で断る。
「わたしは16時くらいまでなら平気ですよー。バードくんがいいなら、三人でおでかけしましょうか?」
ラビさんは笑顔で乗り気なところを見せた。
……正直断りたい。
だけど、ふたりとも俺のためを思って提案してくれてるんだというのはわかる。
なのに断ってもいいのかな?
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