第14話「初めての同期」

「そう言えばボア先輩とどこ行ってたの?」


 とモルモがずばりと聞く。

 

「えー……」 

 

 なんて言えばいいのかわからず、視線でボア先輩に助けを求める。


「ああ、彼の服を買いに行ってきたのよー。もったいないなって思って」


 と彼女は笑顔で話す。


「もったいない?」


 何の話だろうと俺は首をかしげる。


「バードくん、素材は悪くないんだから気をつかえばいい感じになると思うよー」


 とボア先輩が言う。


「それはたしかに」


「ボアさんに同意見ですね」


 猫島さんと月音さんがすかさず彼女に同意する。

 

「えっ?」


 ボア先輩の発言もだけど、マネージャーふたりの反応が意外すぎてぎょっとした。


「素材は悪くないというのは何となくわかります」


 とモルモがこっちをじーっと見てから言う。


「同感です~」


 とラビさんまでもが肯定する。


「ええ!?」


 まさか五人もの女性にそんなことを言われるなんて、思ってなかった。


「バードくんさー、たぶん自分に自信がないってのが原因なんだと思うんだよね」


 とボア先輩が同期ふたりに話しかける。


「ああ、なるほどです~」


「たしかにわたしたちと話すときも自信がなさそうですもんね」


 ラビさんとモルモがうんうんとうなずく。


「ちょっと服を出してみるよ」


 とボア先輩が言って紙袋から服を取り出す。

 

「男子だし、上をはおるだけだから、更衣室なくてもいいよね?」


 と言われる。


 たしかに上にはおるだけだからな……と彼女の勢いに押されたこともあって首を縦にふった。


 彼女にすすめられるまま上着をはおってみる。


「あとはねー」


 ボア先輩は自分のバックから櫛を取り出して、俺の髪を整え出した。


「はい、こんな感じかなー?」


 そして彼女は俺を見せびらかすように、同期の前にちょっと背中を押す。


「あら、いい感じじゃない」


「バードくん、素敵ですよー?」


 モルモとラビさんはべた褒めしてくれる。


「え、そうなんですか?」


 何が変わったんだろうと俺としては疑問でいっぱいだ。


「だいぶ印象が違うわね」


「ええ」


 同期たちの反応を見て、ボア先輩は満足そうにうなずく。


「でしょう? バードくんはやっぱりやればできる子よね!」


 なんて彼女は笑っている。

 まるで魔法みたいな感覚だ。


「身だしなみに気をつかうのは基本ですよ。それは相手に不快にさせないためにはどうすればいいか? を考える第一歩だからです」


 と月音さんが言う。

 そういうものなのかな。


「いやー、センスに自信がなかったので。どうせ俺はダメな奴だろうと思って」


 口から出てきたのは自分なりの事実のつもりだったけど、我ながら言い訳くさい。

 そもそもモルモだって、俺レベルで服に気をつかってない感じなんだよな。


 でも、誰も指摘しないんだから彼女はいいんだろう。

 何が違うのか俺にはさっぱりわからない。


「センスなんて最初は誰でもゼロだよー? すこしずつ覚えていくんだよ。ゲームだって初めてプレイして、いきなり最強になれないでしょ?」


「それは当たり前です」


 ボア先輩の言葉を全力で肯定する。

 いきなり最強なんてどう考えてもまっとうじゃない。


 チーターなんて言われて嫌われる奴だろう。

 ……バグを上手くついて立ち回ってるケースだってあるかもだけど。


「ファッションも同じ! やってみればいいんだよ。自分のペースでね」


「はあ、なるほど」


 ボア先輩は白い歯を見せながら俺の肩を優しく叩く。


 とりあえず練習しなきゃ上達しないのは、ゲームもファッションも同じだということは理解できた。


「とりあえずわたしのおせっかいはここまでねー。あんまりお邪魔したら悪いし!」

 

 ボア先輩は言ってから、


「あっ、そうだ。連絡先交換しよー。ゲームの話とかできるしね!」


 と誘ってくれる。


「えっ? いいんですか?」


 俺は驚いてマネージャーふたりに聞く。


「どうぞ」


「同期のおふたりともしてるはずですしね」


 月音さんも猫島さんも反対しなかったので、スマホ画面を見せ合いながら連絡先を交換する。


 と言ってもリーンとリスコードのふたつなんだが、猫島さん、同期ふたりに続いて四人目になった。


 メチャクチャ増えたなぁ。


「じゃあ今度こそお疲れさまー! モルモちゃんとラビちゃんもまたの機会にお話ししようねー」


 ボア先輩は最後まで明るく元気に手を振って去っていく。

 月音さんも一礼して彼女を追いかけたのは、これからいっしょにご飯だろうか。


「ふー、イレギュラーの連続でしたね。まずは改めて四人で自己紹介をしましょう」


 ため息をついたあと猫島さんが仕切って、俺たちはもう一度名乗り合った。


「いやー、ボア先輩にはびっくりたなー。イメージ通りの人かと思ったら、想像以上に気さくで、誰とも友達になれるタイプだよね」


 とモルモが笑いながら言う。

 

「ああ、めっちゃわかる」


 俺は心の底から共感する。

 交流はあったとはいえ、初対面の相手にあそこまでフレンドリーなのはすごい。


 陽キャの極みとでも言うべきだろう。


 俺には一生縁がないはずだったが、思いがけないところで接点が生まれたもんだ。


「それじゃあすこし早いですけど、ご飯食べに行きましょうか」


 と猫島さんが腕時計を見て言う。


「はーい」


 モルモが元気よく返事する。


「これ、どうしよう?」


 俺はそこで自分の服に気づいた。


「ボア先輩からのプレゼントでしょう? もらっておいたら?」


「返さなくていいと思いますよー」


 モルモとラビさんはそれぞれ答え、猫島さんが苦笑気味にうなずく。

 え、それでいいの?


 と聞いてもみんないいんだと返してきそうだったので、聞かなかった。

 すこし暑いけど着替えるのは面倒だったのでそのまま三人の後ろを歩く。


 猫島さんに案内されたのは徒歩数分の距離にあるファミレスだった。

 値段の割に美味しいことで評判のチェーン店である。


「みんなが売れたら、使える経費が増えるので、もっと高いお店に行けると思います。頑張りましょうね」


 と猫島さんが言う。


「このお店好きですよー」


 ラビさんはニコニコして答える。


「高いお店だと味がわかるか心配ですね」


 とモルモは微笑で返す。

 ふたりとも庶民的と言うか、財布に優しいタイプの女子か。


 行けるなら高い店に行けたらいいなと思ったのが、まさか俺だけだとは。


「ですね。高い店もいいなとちょっと思ったけど、貧乏舌の俺はここでも充分すぎます」


 とふたりに乗っかっておく。

 

「ありがとう」


 猫島さんは短く言った。

 美女三人に男ひとりという組み合わせだからか、ちらちら視線が集まっている。


 ほか三人はとくに気にしていないようだった。


 すこし早い時間だったからか、四人掛けの座席がひとつあいていてすぐに通される。


 俺はどこに座ればいいのかわからなかったので、最後の一席に座ろうと待っていたら前がラビさん、右隣がモルモという位置になった。


 ……どうせなら前か隣は猫島さんのほうが、まだ緊張しなかったな。

 そう後悔したけどもう遅い。


 そっと腰を下ろすとラビさんと目が合い、にこっと微笑まれる。

 応えないのは失礼な気がして愛想笑いをしてみたが、上手くできた気がしない。


「やっぱりこの組み合わせだと視線を感じますね」


 とモルモがクールに言う。


「ほかの人には謎の組み合わせでしょうからね」


 と猫島さんが応じる。

 

「バードくんは学生なんですか?」


 ラビさんに聞かれたので、


「はい。高校二年です」


 と答えた。


「やっぱり同い年じゃん」


 とモルモが横から食いつく。


「そうなんだ。しっかり者だからちょっと上かなと思ってた」


 びっくりしたので彼女の頬あたりを見ながら返事をする。


「ええー、そうかな?」


 モルモは不思議そうに首をかしげた。


「高校生がふたりなんですねー。たしかにバラバラです。わたしは大学生ですから」


 とラビさんは言った。


「高校生ふたり、大学生ひとり、社会人がひとり。何の集まりだってたしかに周囲は思うのでしょうね」

 

 と猫島さんが笑う。

 たしかに水を持ってきた店員さんはそんな顔をしていた。

 

 たしかに俺も当事者じゃなかったら、不思議な組み合わせだと思っただろう。


「みなさんはお腹へっていますか?」


 と猫島さんはメニューを取りながら聞く。

 もうひとつはモルモがとってくれて、俺とふたりでながめる形になる。


 席が広くないこともあって、肩が触れ合いそうな距離だ。

 女子とそんな距離になるのはくすぐったいやら、恥ずかしいやらで困ってしまう。


 もちろんモルモのほうは意識してないようだ。

 腹はへっているんだけど、緊張で食べられるかどうかが心配だな。


「バードくんは何が好きなの?」


 モルモに聞かれて困ってしまう。


 単なるコミュニケーションだし、それに好きなものを言えばいいだけか、と自分に言い聞かせる。


「ハンバーグかステーキ、コロッケ、から揚げ」


 欲求に従って答えると、


「ザ・男の子って感じだね」


 と彼女は微笑む。

 幼少期、からかってきた女子のものとは種類が違う。


「男の子はお肉か揚げ物が好きと聞いていましたが……バードくんに関しては事実なんですねー」


 ラビさんが感心したような声で言った。


「わたしには弟がいるのでちょっとわかりますが、たしかにお肉は好きですね」


 とモルモが言う。


「言ってましたねー。わたしは姉と妹がいるんですけど、男兄弟はいないので」


 ラビさんがニコニコして答える。


 女の子同士がわちゃわちゃしてるってこういうことなのかな? と思いながら、俺は店員さんが運んできた水を飲む。


「バードくんはどうなんですかー? ご家族は?」


 とラビさんが質問を振ってきたのですこしドキッとする。


「俺はひとりっ子ですね。同居家族は両親だけです」


 どっちも仕事が忙しいらしくあまりいないので、半分ひとり暮らしみたいなものだが。


 まあ家事はいつのまにかやってもらってるし、ゲームをやり込んでても何も言われないので、不満もないんだが。


「ああ、何かわかる」


「そうですねー」


 モルモとラビさんはそれぞれ納得したようだった。


「わかるものなのか?」


 何でふたりはそう言うのだろう。

 俺には理解できず首をひねる。


「何となくで、根拠はないけどね」


 とモルモが言う。


「言葉にするとなると、ちょっと難しいかもですー」


 とラビさんがちょっと困った顔になる。


「そういうものなんですね」


 いつだったか、母さんが女の勘はおそろしいよと言って笑ったことがあったなと、ふと思い出した。

 

 だからどうしたという話でもないのだが。


「ラビさんは食べたいものってあります?」


 とモルモが聞いた。


「パスタが食べたい気分ですね。ここのチェーン店は、パスタもあるから素敵ですよね」


「わかります! ピザもパスタもお肉もあるのがいいんですよね」


 ラビさんとモルモは何やらうなずきあっている。

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