第13話「初めてのオフ」

 都内某駅から徒歩五分という立地のビルに、ペガサスの事務所はある。

 支給端末のマップを確認しながらビルの前に立つ。


 ほどなくしてビルから三人の女性が出てくる。

 ひとりはスーツ姿の猫島さんだ。


 ふたりめは猫島さんよりすこし背が高くて160センチくらいだろうか。

 ニットのセーターにジーンズ姿という華やかな茶髪ギャルのお姉さんだ。


 猫島さんも美人だけど、この人もモデルと言われたら信じるくらいには美人だ。


 俺と目が合うとニコッと微笑んで手を振ってくれる。

 初対面のはずなのに人懐っこい反応にとまどいつつ、ぺこっと頭を下げた。


 最後のひとりは俺を見て何やらうなずいている。

 こっちも美人でスーツ姿だ。


 いきなり美人三人とかハードル高すぎだろう。

 緊張で唾をごくりと飲み込む。


「やっほー、君がバードくんかな~?」


 ギャルのお姉さんが華やかに笑いながら元気に話しかけてくる。


「え、あ、はい。初めまして」


「そっか! わたしボアだよ! ゲームじゃいつもお世話になってるね!」


 美人のアップが恥ずかしくて、つい目をそらした俺をのぞきこむように、ボア先輩はあいさつした。

 

 ……本人は気づいてないのかもだけど、立派なものを持った人がニットで前かがみになると、すごく目のやり場に困る。


「こっちこそ、いつもお世話になっています」


 目をそらしたままだと失礼だと自分に言い聞かせ、何とか彼女と目を合わせた。

 ダメだ、美人だし、前かがみになったままだった。


 すぐに目をそらすとボアさんはけらけら笑う。


「うーん、シャイなんだね、バードくん。初々しくて可愛いなぁ」


 どうやら気分を害したことはなさそうだ。

 可愛いってのはたぶんいい意味なんだろう。


 彼女は機嫌よさそうで、全然悪意を感じない。


「その辺にしてあげてください、ボアさん」


 猫島さんが彼女を止めてくれる。 

 よかった、すこしだけだが安心だ。


 猫島さんも美人だけどボア先輩と違ってぐいぐい来ず、距離をそれなりにたもってくれるので、緊張はほどほどですむ。


「ごめんなさい。ようやく彼と話せたうれしさで~」

 

 ボア先輩は素直に謝る。

 てへっと舌を出すしぐさは超可愛いんだが、あんまり反省してなさそう……。


「バードさん、初めまして。わたしはペガサスオフィス1期生マネージャー、月音(つきね)はるかと申します」


 最後のひとりは猫島さん以上に堅苦しい口調で、名刺を渡してくれる。

 ボア先輩とふたりかもと思っていたんだけど、こっちのほうがまだいいな。


「初めまして。あ、ごめんなさい、まだ名刺は作ってなくて」


 俺は名刺を受け取ってから、自分のものがないと気づいてわたわたと言い訳した。


「ああ、名刺ならこちらで用意しました。今日はそれを渡すのも用件のひとつですね」


 と猫島さんが横からさらっと言う。


「あ、そうなんですね」


「とりあえず移動しましょう。往来だと目立ちますし」


 と猫島さんに言われた。

 俺はともかく他三人は美女ばかりだから、確かに目立つだろうな。


 猫島さんのあとについてビルの中に入り、エレベーターに乗る。

 エレベーターの中がいい香りに包まれたのは気のせいだろうか?


「バードくん、バードくん」


 ボアさんはさっそくとばかりに話しかけてきた。

 気のせいでなかったら柑橘系っぽい匂いが彼女からする。


 香水つけてるのかな?


「はい?」


 事務所の先輩だし、おそらくリアルでも年上だろう。

 おまけにエレベーターの中となったら聞こえないふりもできない。


「やっと会えたねー」


 ボアさんはニコニコする。

 単にそれだけなので、どうやら用事があったわけじゃないらしい。


 何と言うかかなり人懐っこい人だな。


「ですね」


 とりあえずうなずいておく。

 

「いきなりグイグイ行くと、バードくんが困惑しますよ?」


 猫島さんが助け舟を出してくれたところで二階についた。


「ええ~」


 ボアさんは不本意そうだった。


「はい、降りましょう」


 月音さんが涼やかな声で言い、彼女の肩を優しくたたく。


 「株式会社ペガサスオフィス」のプレートが掲げられた下のロックに、月音さんは社員証をかざす。


「どうぞ」


 開いたドアを持って彼女がすすめたので、ボア先輩と俺が先に入る。


「バードくんは来たことあるー?」


「ええ、面接のときに一回だけ」


 スカウトされたからか、面接は一回だけでいきなり社長がいた。

 そこまでふり返って彼女にまだきちんと礼を言ってなかったことに気づく。


「紹介していただき、どうもありがとうございます」


「堅苦しいなぁ~。そんな気張らなくていいのにー」


 頭を下げた俺に対してボア先輩は苦笑する。


「まじめないい子ですよ。本当に掘り出し物でした」


 と猫島さんがうれしそうに言う。


「ボアさんはもうちょっと……そうね、バードさんと足して二で割ったらちょうどいいかもしれないわね」


 と月音さんが言った。


「ええ~」


 ボア先輩は普通に驚いている。


 俺たちは四人掛けの白テーブルと椅子が置かれてるだけの殺風景な応接室にたどり着いた。


「まだ小さな会社だからごめんね。飲み物何がいい? 自動販売機だけど」


「お茶で」


「私もー」


 俺とボア先輩が答えると、聞いた猫島さんが買いに行く。


「バードくん、バードくん」


 さっそくと言うか、さっきぶりにボア先輩が話しかけてくる。


「はい」


「コラボの内容、何がいい? クリバスか頂上戦争でわたし迷ってるんだよねー」


 と彼女は言う。

 ああ、そう言えば彼女もクリバスもやってるんだっけ。


「そのふたつならどっちでもいいですけど」


 彼女のプレイヤースキルを想像するかぎり、いなくても同じとはならないだろう。


「配信時間は一時間を予定しているので、どちらも30分ずつというのはどうでしょうか?」


 と月音さんが提案してくる。


「いいですね~。バードくんはどう思う?」


「俺は平気です」


 一時間くらいなら平気だろう。


「戻りました」


 猫島さんは持ってきたペットボトルを順番に並べ、月音さんが紙コップを並べる。


「クリバス30分、頂上戦争30分のコラボどう思う?」


 と月音さんが猫島さんに聞く。


「いいのでは。おふたりのプレイで盛り上がりも期待できます」


 猫島さんはあっさり承知する。

 打ち合わせ短いな? まさかこれで終わりだろうか?


 だとしたらわざわざ意味がないと言うか。

 いや、同期たちとのご飯もあるんだっけ。


「じゃあ決まりですね。告知はぎりぎりまで、開始5分前まで待つというのはどうでしょう?」


 と猫島さんの提案に月音さんとボア先輩はうなずいた。

 スムーズに決まっていくので、俺は聞いているだけでいいから楽だな。


「打ち合わせ終わったなら、バードくん借りていいー? ちょっと買い物に行ってみたい!」


 ボア先輩が突然そんなことを言い出して俺はぽかんとする。

 いったい何がどうなったらそんな発想になるんだろう??


 見るからに陽キャだけど、だからなんだろうか?


「だからいきなりはちょっと」


 猫島さんが苦笑しながら俺をちらっと見る。


「無理なら無理って言っていいですよ。これは仕事じゃないですから」


 断りたくても断れなくて困ってると思われたんだろう。

 間違ってないのでちいさく首を縦にふる。


「ええー!? ショックー!?」


 ボア先輩は本当に驚いたようで、目と口を大きく開けた。

 そしてあわてて手で口を隠す。


 好意を向けられるのは何となく伝わってるけど、何で俺に好意的なのかがわからない。


「……何で俺で、どこに行きたいんですか? 12時からも打ち合わせあるんですけど」

 

 理由も知りたいけど、時間のことをわかってるのかという疑問もあった。


「だいじょーぶ。そんな時間かからないよ。たぶん20分くらい?」


 ボア先輩はニコニコしながら言う。


 彼女に連れてこられたのは、会社から徒歩5分ほどの距離にあるアパレルショップだった。


「??」


 彼女の意図が全然わからない。


「身長はいくつ?」


「172ですけど」


「体型はやせてるよね~」

 

 ボア先輩が何をしたいのか不明のまま会話し、彼女のあとについてく。

 彼女は服を手に取ってサイズが合うことを確認すると、レジに持って行った。


 ???????

 彼女は何をしたいのかさっぱりわからない。


「さー、戻ろうか」


 と彼女は笑う。

 

「は、はい」


 え、これで戻るの?


 首をかしげながら事務所に帰還すると、彼女はエレベーターの中で紙袋を俺に手渡す。


「これ、プレゼントあげる」


「え!?」


 そういう意味だったのか?

 俺のサイズを測ってたのはそういうことか。


 女の子にプレゼントをもらったことなんてなかったから、結びつけて考えることができてなかった。


「何で驚くの? わたしが男物買うわけじゃん。やだー!!」


 ボア先輩は笑って俺の肩をたたく。

 気安い距離感にドキドキする。


「いや、何で買ってもらったのか、全然わからなかったから」


 受け取らない勇気なんてないのでもらうけど、どうしてそんなことしてくれるんだろうか。


 エレベーターがついたのでボア先輩がスイッチを押し、先に出るようにうながす。


「んん~? もったいないと思ってねー」


 と彼女は言ったが、どういう意味かさっぱりだ。

 

「戻りましたー」


 ボア先輩が応接室を開けて、明るく声を出すと知らない女子がふたりほど増えていた。


「おかえりなさい」


 月音さんと猫島さんはすこし安堵したように立ち上がる。

 月音さんはボア先輩に近寄り、猫島さんは俺に寄ってきた。


「モルモさんとラビさんのふたりが到着したんですよ」


「え、まだ時間ありますよね?」


 あせって支給端末の時計を確認したら、まだ30分近くあった。


「わたしたちが早く着きすぎただけですから、お気になさらず~」


 とベージュのブラウスに紺のロングスカートという、お嬢様っぽいファッションの女性が言う。


 この声と話し方はラビさんだな。


「早めに家を出たはずなのに、まさかラビさんのほうが早いなんてね」


 と言ったのは俺と年が変わらない感じの、ボブヘアの少女だ。


 クリーム色の上着にジーンズという服装なのに、まるでファッションモデルみたい

だ。


 声としゃべり方からしてモルモで間違いないだろう。


「ほら、あいさつ」


 小声で猫島さんが言うと同時にふたりの女性が立ち上がる。


「は、初めまして、バードです」


 緊張していたので若干声が震える。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ~? わたしがラビです」


「わたしがモルモよ、よろしく」


 ふたりは優しく微笑む。


 ライバーは可愛い女性が多いらしいって小耳にはさんだことはあったけど、あれって都市伝説じゃなかったのか。


 ふたりとも、いやボア先輩を入れて三人全員が芸能人って言われても、疑う余地がない美形だ。


 ……もしかしなくても俺だけ場違いなんじゃ?

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