食パンを咥えて走るガールに、水を差し出したいボーイ

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

駆け抜ける青春、通り抜けていくフラグ

「うー、ちこくちこく~」


 今日も、あの娘は食パンを咥えながら走っている。

 通学ルートである、国立公園に入っていった。


 僕は、水の入ったペットボトルを持って、彼女を待つ。なんとかして、彼女に水を差しだしてやりたい!


「斉藤さん、これ!」

「え、なに内山くん?」


 口にしていた食パンを放して、斉藤さんが僕に話しかけてくる。最初は、何事かと首をかしげていた。けれど、僕が水を差しだしているのを見ると、彼女は即座に意図を理解したみたい。


「え、くれるの? ありがとう!」

「どういたしまして!」


 食パンをかじる斉藤さんに併走しながら、僕も学校を目指す。


 本当は、僕はとっくに学校に着ける。でも、斉藤さんを待って、水を渡していた。理由なんて、ただ渡したいからである。


 最初僕は、斉藤さんにぶつかりたいと思っていた。


 だって、レアケースじゃないか! そんなマンガみたいな出会いって!

 マンガやアニメのようなお約束のシチュエーションが大好きで、僕はずっと憧れていた。


 即座に計画を実行しようとしたが、よく考えると迷惑だなって思ってやめたんだ。


 僕は斉藤さんと恋に落ちたいんじゃない。レアケースを見たいだけなんだ。決して、斉藤さんのハートを射止めたいわけじゃない。仲良くはしたいが、恋とは違う。


 それに、第一印象が悪い同士でくっつけるケースなんて、イケメンと美少女くらいだ。斉藤さんは美少女だけれど、僕は……。


 とはいえ、こんなレアケースにお目にかかれるチャンスはない。彼女は希少種だ。僕が保護しないと。


 なら何がいいかなって思っていた結果、「水を差し出せばいいじゃん」と思いつく。


 それでも、相手からは気味悪がられるかもしれない。でも、水を差し出すなんてランナーに給水するトレーナーみたいでいいと思ったのである。

 



 次の日も、斉藤さんは食パンをかじっていた。しかし、香りが違う。


「あれ、今日はジャムトーストなんだね?」

「そうそう。ルーティンなんだよ」


 その後も、彼女の行動パターンが読めてきた。


 月曜日がマーガリン、火曜日がジャム、水曜日はバターロールとサラダ、木曜日あんパン、金曜日はまた食パンに戻ってピーナツバターだ。学校のない土日は、食パンをコーンスープに浸して食べるんだって。


 食パンを食べながら走るのも、実はネタでやっているに過ぎないとわかった。やってみたかったんだって。


 僕と同じだった。斉藤さんも、コミックなどのテンプレに憧れていたのである。「ぶつかった相手を、運命の人にしよう」と。リアルで誰もやらないなら、自分で憧れのシチュを作り出したのだという。


 変わった子だなぁ。でも、まさか同じ気持ちだったなんて。


「毎回水をくれるけれど、ありがとうね」

「いつも、咳き込んでいたでしょ? 水分が足りないのかなって」

「ひょっとして、内山くん私のこと……」

「違うよ!」


 僕は、調子に乗ったりなんかしない。自分の身はわきまえているつもりだ。


「実は、ずっとキミのことを観察していたのは事実だ。お近づきになりたいって。でもそれは、食パンを咥えながら走るというテンプレ、おいそれとやめて欲しくないからなんだ。そのためなら、僕はなんでもするよ」

「内山くん」

「でも……気持ち悪いならやめるよ。キミにはもう近づかない」


 僕はわきまえている。引き際も……。


「ありがと! これからもお水ちょうだいね!」

「え、いいの?」

「だ、だって、う、内山くんの持ってくるお水が、めめ、目当てになってたんだもん!」

「ああ、そうなん。だ……」



 変わった子だなぁ。

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