第3話 警察と泥棒

燦々サンサンと降り注ぐ日光―――自宅に備え付けのプールにあるデッキで、日課としている軽めのストレッチを終えた男は、休憩の為デッキチェアに身を預け、昨夜の事に思いを馳せる。


男の名は『カイン』……今でこそ豪邸並みの自宅を構える彼も、産まれはスラム下町と言う稀な経歴を持っていました。

それにセレブにまで成り上がりながら、人知れず泥棒稼業に手を染めるのは、なぜ? やはり元来の手癖の悪さの所為せいか。

いや実はそうではなく―――彼はIT業界ではその名を知らぬ者がいない程の“成功者”だったのです。


……と、言う事は―――


そう、「泥棒稼業そちら」は完全な趣味―――昨夜の件に関しても、『ほんの軽い運動がてら』と、言う感覚だったのです。


―――……



あの女警官……昔のオイラと同じ眼をしてたな。

それに、言っててたことも気になる―――。



“あの時”の女警官の、“あの表情”に、“言っていた事”。

それが彼の心にひどく残った―――きっかけとしてはそんなモノでしたが、が彼のなかで引っ掛かっていた……。

そして、現実内・仮想内を調べて行くと―――


「(おほ~♪ 出るわ出るわ―――州議会の黒い癒着やら、銀行の不正融資……)そ~れに、あったぜえ―――ふぅ~ん……今日はにすっかあw」


いわゆる、現代社会の黒い吹き溜まりの

今、彼が口にした例にしても“氷山の一角”……それに、カインが目当てとしていたのは、ではなく―――


        * * * * * * * * * * *


現在時刻22:50――――

けたたましく鳴り響く警報装置に、銀行の頭取は蒼くなりながら、その警報装置が鳴動している場所まで急行する……。

この銀行の頭取が蒼くなる理由―――それは、その場所が金塊や宝石、札束が保管されているから……ではない―――。

警報装置が鳴動している場所、問題だったのです。


その装置が設置されている場所、それはいわゆる『大金庫』ではない。  その大金庫ですら単なる“カムフラージュ”。

それと言うのも、その銀行の“真の価値”と言えるモノが、この大金庫の更に奥にあると言う、『秘匿の空間シークレット・ルーム』にあるのだとしたら……?


そう……その警報装置が鳴動している場所こそが、だったのです。


しかし不思議なのは、“前室”とも呼べる大金庫を経由して―――ではなく、の警報装置が鳴っているのか。


だからこそ、焦る―――焦る―――の、ですが……


それも、もう、後の祭り……


頭取がその場所に辿り着いた時には、もう既に―――……。


         * * * * * * * * * * *


それから3日後―――“何者”かに呼び出されたバルディアは、指定された場所である、カフェのオープンテラスで待っていると……。


「あんたかい? あの美人警官の“先輩”―――ッて人は。」


自分が掛けている椅子の背もたれ越しに話しかけられたバルディアは、今自分に話しかけている“何者”かこそが、自分を呼び出した人物だと確信しました。



それにしても妙な―――私とマリアとの関係は、警察内部くらいしか知らないのに……

「そうだが―――あんたは何者だ?」


「フッ、嘘を吐いても始まらねえから、単刀直入に言うわ―――泥棒……だよ、あのマリアって言う美人警官に―――な……。」

「(!)お前が―――……」


「おおっと―――落ち着いてくれ。  こっちだって結構なリスク冒してるんだ、だから何もしやしねえよ。  何もしねえ……が―――黙って“コイツ”を受け取りな。」

「これは……『USB』? どうしたんだ、これは―――」


「ヘッ―――言ったろう? “ソイツ”は、オイラを逃がしてくれた、そのほんの“お礼”……ってヤツさ。  ま、ちょいとばかし手間はかかったけどなw」

「“手間”……だと?」


「ああ―――3日前にあった、州立銀行の『警報装置誤作動』の騒ぎあったろ? あれ、オイラなんだわwww」

「(!!??)だが“アレ”は―――??」


「言えるはずねえよなあ~~?w あの銀行の真の価値は、この州の『ブラック・ボックス』―――ってヤツだからな。」

「なんっ……だ、と! では“コレ”は―――!!」


「(……)“ソイツ”には、あのバカを絵で描いたような真面目な女警官が、殴り倒してしまった上司ヤツの、『その後』だけを抜き取ってある。」

「お前―――……」


「フッ……洒落なんねえよなあ~~? 泥棒が、追いかけまわす警官に恋しちまった……なんてよ。  ま、“ソイツ”はあんたに預けたんだ、あとは好きにしな。」


その後―――州警察の大幹部であり、行く行くは州知事―――大統領の椅子まで狙っていた男は、以前からの“黒い噂”が明るみにされ、野望は完全に潰えたのです。


そして―――……


         * * * * * * * * * * *


「えっ―――州警察に転任?」

「ああ―――既に『本部長』のポストが約束されていてな。」


「そうですか……おめでとうございます。」

「ありがとう―――ああ、それからな、お前を地方とは言え分署の署長に推しておいた。」


「先輩―――……」


この時を境にして、彼女達は現在のそれぞれの地位に収まったのです。

バルディアは、“転任”と言う形で州警察の本部長に―――マリアも、バルディアからの推奨で、地方とは言え連邦警察の分署を任せられることになったのです。


ただ―――今回はそれだけでは収まらず……


「あと―――“コレ”はからの『挑戦状』だ。」

「彼?(……―――あっ…)」


「フ・フ―――同情するよ。  どうやらお前は、名うての泥棒から『ご指名』を受けたらしい。  せいぜい、逃げられんようにすることだな。」


バルディアから手渡された『挑戦状』―――それは、あの泥棒からのモノだった……。

そしてそこには……


『貴女様のココロ―――奪う為、近日中に参上仕りつかまつります。      “K”』



なんて気障キザで……歯の浮くようなことを……。

けれどありがとう―――

今度こそあなたを、絶対に逃がしはしないからね……。


              ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そしてこのお話しの、冒頭の部分第一話に続いていく―――


「待ぁちなさい―――『KAIN』! 今日こそは逮捕よッ!!」

「へへ~~美人の警官さんに追い回されるのなんて、泥棒冥利に尽きる……ってモンだぜw」


「この私の前でそう言っていられるのも、今の内よッ―――!!」


あの、お互いのセリフ……これまでのお話しを通じてみれば、また違った解釈が出来ようと言うモノ。


そしてそれは、この後のやり取りも同様にして―――


「逃げられたぁ?」

「はいっ! ですが……一時は逮捕にまで至ったんですよ? けれど……」


       ―――――――――――――――――――――


「(……フッ―――)それで?今回の“収穫エモノ”は。」

「“コチラ”になります―――」


「……ふむ、メキシコ経由のコロンビアもの―――その密輸ルートのデータが収められたUSBか……お手柄だな。  よくやってくれた、この“情報ブツ”は然るしかるべき経由でDIA麻薬捜査局に引き渡そう。  それに、彼とは上手くやっているようで、なによりだ。」


既に――― 彼 と 彼女 との間柄は、『追う者、追われる者』の関係にはない。


かの『挑戦状』を受けたくだりで、マリアはまたカインと出会った―――

それも、彼らしくもない、普通の銀行の金庫破りに失敗をして……。

しかしそれは、“フェイク”でしか、ない―――


彼は「彼」なりの流儀で、「彼女」に自分の想いを……


        * * * * * * * * * * *


護送中の車中にて―――


「どうして……なの―――あなたらしくもない……。」

「(……)ま、一言で言やあ、この“泥棒オイラ”が、まんまとココロを盗られたからさ。」


「えっ……?」

「この“泥棒オイラ”より、盗むのが上手い―――美人警官サンに……な。」


「KAIN―――……」


その瞬間、運転席と後部座席越しに交わされた、熱くとろけるような口づけ。

それは見事に、逮捕不可能とまで言われた一人の泥棒を、永遠に逃げられない……自分のモノだけにした瞬間だったのです。



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