第2話 掛けられた疑惑

初めての 彼 と 彼女 との出会いは、衝撃的―――と言って差し支えありませんでした。


一仕事終え、悠々と去ろうとしている泥棒を、その逃走ルートを詠み、逮捕まで至れた『猟犬』。

しかしながら、『猟犬』が署に戻った時には―――……



「逃げられたぁ?」

「はいっ! 申し訳ございません、バルディア警視殿。」



当時、まだバルディアは「州警察」ではなく、「連邦警察」の“警視”でした。

そのバルディアが、自分の部下が『心当たりがある』からと、単独行動させたのでしたが―――



いや……しかし、この部下が逮捕まで至った容疑者に逃げられるはずが一度喰らいついた獲物を離すはずが―――

なにしろこいつは、その執拗・獰猛性のお蔭で『猟犬』とまで称されたよばれたのだからな……。

それを、『逃げ』などとは―――!?



バルディアは知っていました。

この、優秀に「過ぎる」部下であり後輩が、そんな初歩的なミスを犯すようなヤツではない事を……。


だから、真相を探るにも慎重を期し……



「マリア―――逃げんだよな?」

「はい、そう言っているではありませんか。」


「どうして逃げられた……」

「署に戻るまでに、少々まして―――どうやらその隙に……私がパトカーに戻った時には、既に……」



……どこかこいつは、嘘を吐いている!?

それも、こんなにも分かり易く―――嘘の吐けないこいつが??



バルディアも、無能ではない……だからこそ、マリアの偽証ウソをすぐさま見抜けたのです。

けれど彼女―――バルディアにしてみれば、何故そうまでしてマリアが嘘を吐くのかが判りませんでした。



自分の為にもならないのに……



バルディアも、マリアの出世の道が断たれた経緯いきさつを知っていました。

なのに……だからこそ自分の手元に置き、徐々に実績をつけさせようとした矢先の出来事だった。

けれど今、ここで厳しく追及したとしても、恐らくマリアは真相を話そうとはしないだろう……だからこその“搦め手”で―――



「―――そう言えばお前、例の「オンライン・ゲーム」は続けているか。」

「(?)は……あ―――続けていますが?」


「そうか―――なら気晴らしに、久しぶりに一緒に“狩り”でもするか。」

「はあ……構いませんけれど―――」


「よし―――なら、23フタサン00マルマルにログインするとしよう。  クラメンの……そうだな、『バンディッド』に『クルセイダー』も呼集よぶとするか。」



『急に、妙なことを言いだすものだ』……と、マリアは思いました。

容疑者を取り逃がしてしまったのだから、「始末書」くらいは覚悟をしていたのに、逆に……の、お咎めなし―――


マリアも―――バルディアも、この頃流行していた「オンライン・ゲーム」をプレイしていたプレイヤーの一人でした。

だからなのか、手柄を立て損なった部下を気遣う為か、その日の23:00にログインし、クランの仲間と“狩り”を……レベル上げの目的や、アイテム収集・採集の目的で為される戦闘を愉しもう―――と、誘ったのです。


無論これは、バルディアなりの気の利かせ方……と同時に、同じクランに所属する、“ある技術”に於いては並ぶ者がいない、その道のプロフェッショナルに依頼をする為の“布石”でもあったのです。


          * * * * * * * * * * *


そして同日の21:00―――約束していた23:00より2時間も早くログインしたバルディア……こと、プレイヤーネーム『バーディ』は、自分のクランに所属している“ある人物”……



「お呼びっスかあ―――」

「すまんな―――。」


「いいってことっスよ―――それで?」

「ああ―――実はな……」



その人物とは―――“その道”……『ハッキング』の技術にかけては、右に出る者がいない、時代の寵児―――『クリューチ』こと、本名を「ジゼル」。


そんな彼女を呼び出し、バーディが為そうとした事とは?



「ああ―――“コレ”っすね。」

「(これは!!)」


「はい―――逮捕……と。  んーで、この道筋……ちゃんと署に向かってますけどねえ?」



クリューチの恐ろしい処……彼女の手に掛かれば、プライベートもあったものではない。

今バーディが見せられていたモノとは、ロス中に付けられている防犯カメラの映像―――それを、クリューチが持っているノートPCで見られるとは??

そう、これがクリューチが持つ『ハッキング能力』。


現に今、マリアの証言通り、KAINと思わしき人物を確保……逮捕にまで至った経緯が、まざまざと―――ありありと、刻明に映し出されていた。


だが、ここまでは―――

そう……、マリアの証言通り―――


バルディアが本当に知りたいのは、マリアが有り得ないミスでKAINに逃げられたかどうか……その一点のみ―――


そして……恐るべき事実が、明かされる―――



「あれっ? 道逸れちゃいましたね―――ん~~にしても、そんなとこに車停め……あっ―――」



やはり……自分が疑った通りだった―――

そう、マリアは、容疑者に逃げられた―――のではなく、わざと逃がしたのだ……


だが……しかし―――事の真相を知ったとて、自分はどうしようと言うのだ?

素直に“上”に報告を上げ、査問を請けさせるべきか……

いや―――この自分とて、今の連邦警察の腐敗ぶりは目に付いている。


ならば……自分はどうするべき―――



「ねえ~~~コレ、どうするンすか? コレ知られちゃったら、マリア警察にいられなくなりますよ?」

「判っている―――そんな事は……だからと言って、ならばどうすればいいんだ!!」


「(……)―――そう言えば、防犯カメラって、録音機能ねぇんスよねwww」



“録音”……か―――確かにそうだ。

マリアがKAINを逃がす際、車内で“何か”を話してるようだった……

そして、その“何か”を話し終えた後、KAINを車から下ろしている……

事の真相を明らかにするには、『この場所で何が話されていたか』―――だ!



バーディの推理は、徐々に真相へと近づいて行きました。

そして、次に呼び出されたのは―――



「どうした―――」

「ああ、悪いな……急に呼び出して。」


「気にするな、いつもの事だ。」

「実は、この場所を『読み込んで』もらいたいんだ。」



彼の名は、「ヴァルザック」―――。

仮想内にログインしていたバルディアは一旦ログアウトし、現実内で彼の助力を得ることにしたのです。


そう、この彼こそは、ある異能を持っていました。

その場に残る“残留思念”―――それを読み取るという、『リーディング』。

つまりバルディアは、古くから付き合いのある、軍隊経験がある警察特殊部隊SWAT所属の彼の能力を当てにしていたのです。

そして通称、『読み取る人リーダー』と呼ばれるヴァルザックが、読み取った“思念”とは―――……



「……ひどく後悔―――を、しているようだな……」

「(うん?)それは、容疑者を逃がした事に関してか?」


「いや、違う―――『上司を殴った』……とか、言っているな……」

「(!)アレか―――」


「知っているのか?」

「ああ―――マリアにセク・ハラをした奴がいてな……だからそいつをマリアは殴り倒したんだ。  だが、そのお蔭でマリアは出世の道を断たれた……そうか……そう言う事だったのか―――」


「それに、まだある……『例え彼を逮捕したとしても、手柄は上司のモノ』だとか……」

「恥ずかしい話だが―――それも事実だ……。  今、マリアについている上司と言う奴が、出世欲の強い奴でな……。  私の耳に届いているのは、次の異動では“ワシントン”にご栄転―――だと。」


「どこも変わらん―――か……。」

「ああ、すまなかったな。  今度お礼に、一杯付き合おう。」



やはり……。『気にしていない』―――と言う、その顔の向こう側では、自分がしてしまった行為に激しく後悔をしていた。

それに加え、警察内部の腐敗ぶりにも目に余るものがあったのだろう―――


判る……その気持ちは痛いほど良く判る―――が、自棄ヤケになってはダメだ……。



バルディアは、マリアの優秀さ有能さを知っていただけに、未だ平の巡査で収まらせておくには勿体ないと思っていました。


けれども、容疑者に「逃げられた」のならまだしも、彼女の意志で「逃がして」しまっては……


そしてこの後、彼らの運命は流転していくこととなるのです。





つづく

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