ありのまま

@j04190102

第1話


お金以上に髪がない。だけどそれ以上に度胸がない。そんな僕の婚活。それはまさに茨の道だった。デートに誘えば顔を歪められ、終いには「ハゲ」と吐き捨てられる。「人は見た目じゃないよ」と言う女性だって視線は何となく頭上にある。何だか悲しくて、悔しい。

「親父はハゲなのによく結婚できたなあ」と言えば「ハゲる前に結婚しちゃったのよ」とお袋が言う。それを聞いて奈落の底に突き落とされたような気分になった。

「薄毛で婚活がうまくいかなくて」

僕はある日地元の結婚相談所でカウンセリングを受けた。アドバイザーさんは「それはちがう」と言いながら「薄毛男性の印象についてのアンケートでは72%の女性が『恋愛対象になる』と答えています。決して外見だけが恋愛や結婚の決定的要因ではないのです」と力説した。そのとき思った。

僕はあがり症で人前で黙りこんでしまうことがある。だから。

僕は笑われることはあっても笑わせることはない。だから。

僕は話し方教室に申し込んだ。選んだのはあがり症克服コース。全8回のグループレッスンだ。

レッスン当日、僕はカツラを新調した。だってあがり症で、尚且、ハゲって最悪だろう。はじめて会う人たちにできればいい印象を持って貰いたかった。

しかし初回にして試練は訪れた。何せ一分間で自己紹介をしろと言うから驚きである。名前と出身を言うだけでは間が持たない。

「小松崎潤です。えっと東京都から来ました。会社員で、えっと、好きな食べ物は焼き肉で」

チラッと時計を見る。まだ十秒しか経っていない。それはもう焦った。戸惑った。たじろいだ。手にはびっしょり汗を感じる。

「はい。終了です」

結局最後まで「あっ、あっ」しか言えなかった。あがり症を克服するセミナーでさらにあがる自分。何だか悲しくて、情けなかった。

全八回のレッスンはまさに緊張の連続だった。相槌のコツ「さしすせそ」も教わったが、緊張してうまく言えない。「さすがですね」の「さ」が聞こえない。「すごいですね」が「ごいですね」に聞こえる。僕の気持ちは何ひとつ伝わらなかった。

だけどそれは僕だけではなかった。「すごいですね」と言いたいのに「す、す、す、す」しか言えない人。「センスがいいですね」と言おうとして「センスですね」と言っちゃう人。そんな人たちを見ると何だか切なくも愛おしくなった。本心を隠して、それでも誰かと通じ合いたい彼らのことが、もっと。

「なんか疲れたな」

気づけば僕らは休憩室でタバコを吸っていた。ここにいれば無理に話をしなくていいし、どう思われようが知ったことではない。そういう意味では休憩室はココロの居場所だった。

そこへセミナーで一緒のAさんという女性がやって来た。何をするわけでもなく、椅子に座るなりため息をつく。きっと疲れてしまったのだろう。何だかAさんのの気持ちがわかる気がした。

「疲れましたね……」

「ホントですね……」

僕らはしばらく一緒にいた。

二日目のレッスンは『聴く姿勢』だった。実際に耳を傾けることももちろん重要だが、「きちんとあなたの話を聞いています」と、相手に伝わることが何より重要。

「今日は相づちを打ちながら、ぜひ、前のめりになって聴いて見て下さい」

講師の先生は言った。その日最初のパートナーはAさんだった。Aさんは自己紹介の原稿を読みながら、時折僕の方を見た。僕は目が合うたび、ドキッとし、相づちを打つのも忘れていた。

「ほら、もっと身を乗り出して」

先生が僕の背中をドンッと押した。急に近づいたAさんとの距離。Aさんもどこか困惑していた。もちろん前のめりにはなったが、気持ち的には後ずさりをしたい気分だった。これが正しいコミュニケーションなのか。 確かにコミュニケーションが大切なのはわかる。相槌だって、聴く姿勢だってもちろん大事。でも無理に自分を矯正することはなんか違う気がする。何でもハッキリ言えないとダメなのだろうか?そうじゃない。たとえ「好き」と言えなくても、顔を赤くして「しゅき」って言ったっていいじゃないか。

そう思った僕はある時講師の先生のところへ言った。

「僕、このままじゃダメなんでしょうか」

先生は少し驚いて、だけどゆっくりこう言った。


「あなたはあなたのままでいい」


そして一つのエピソードを話してくれた。それはSさんという男性の話だ。彼は「低収入、低身長、低学歴」だった。はじめはコンプレックスの塊で人前で何も話せなかったと言う。だけどある時、ひとりの女性にこう言われた。

「あなたが変わったら私、困るわ」

Sさんは変わることをやめた。こんなダメな自分でも愛してくれる人がいるなら変わる必要なんてない。そう思ったらしい。

「あなたにも仲間と呼べる人がいるでしょ?その人たちは今のあなたが好きなはずよ」

先生はニッコリ笑った。

終わりの挨拶のとき、先生は「色んなスキルがあるけれど最終的にはそのままの自分を大切にしましょう」と結んだ。結局このセミナーで僕らのあがり症が治ったかというと疑問が残る。でも僕らは別れ際「やっぱり大切なのはコトバじゃないよ。ココロだよ」と称え合った。そういう意味では最後に全員で歌った『let it go〜ありのままで〜』は胸に残る。決意と友情の証として。僕らはこのままでいい。このまま突き進むんだ。

その日の打ち上げ。僕はついにみんなの前でカツラをとった。真冬の、氷点下の、ハゲ頭。それは裸を見てるくらい寒そうだった。そんなありのままの僕を見てAさんが言った。

「ちょっと、風邪ひいちゃいそう」

僕はすかさず返した。

「少しも寒くないわ」

僕らは笑い合った。

そしていま夫婦となった。

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