第3話 シャルトル編2 シャルトル・ブルー
拙文は、旅行者としてシャルトル大聖堂を見学するという個人的な体験を記したものです。正確で詳しい情報をお求めになるなら、もっと優れたサイトが山とあります。
「シャルトル大聖堂を褒め称える仔羊がここにも生息しているなあ」とご笑納いただければ幸いです。
* * *
前回のあらすじ:
ホテルの部屋の窓からシャルトル大聖堂の塔が見えることに、出発日の朝に気づいた。
私が生まれたのは寺町。参詣客向けの旅館も近所にある。近すぎて泊まったことはないが、そうした旅館にもお寺の建造物が窓から見える部屋があるだろう。
そこに宿泊した参詣客にとって、部屋から寺院が見えるのはどんなに嬉しく有難いことだろう。
ホテルの部屋から大聖堂の塔が見えると気づいた時の私のように。
そう、日頃意識しなかったが地元のあのお寺も、人々の憧れで有難いものなのだ。
中学のころ音楽の先生が言っていた。
「チルチルミチルは、旅に出たから家にいる青い鳥に気づけたのです」
117号室からの眺めをいつまでも惜しんでいられない。これからも、その時しか見られない景色が盛り沢山だ。
部屋を出てツアーの皆とロビーに集まると、イヤホンガイドが配られた。これはガイドさんや添乗員さんの話を聞くもの。
電源をONにしている時に発信者がマイクに話すと、一定の範囲内にいる限り多少離れても聞こえる。音量を調節するダイヤルもある。単3電池使用。最終日に回収される。
ストラップを付けて首にかけ、本体は上着のポケットに入れる。
イヤホンは片耳だけに装置する。
よく晴れた爽やかな朝。
昨日と同じ街並みの色彩が朝モードだ。
ほどなくして大聖堂前の広場に着いた。
Cathedral Notre-Dame de Chartres
「シャルトルのノートルダム大聖堂」。
ノートルダムとは「私たちの貴婦人」つまり聖母マリアのこと。聖母マリアに捧げられた大聖堂には「ノートルダム大聖堂」という名前がつく。
これだけではパリのを指す場合が多いので、シャルトルのは「シャルトル大聖堂」と呼ばれる。
夕べはキラッキラだった大聖堂の外壁が、今は石材の灰白色そのまま。幾何学的な窓や壁の模様、彫刻とその陰影の緻密なことといったら!
ゴシック様式のこの大聖堂には、西ファサードの両側に二つの塔があり、異なる趣がある。向かって右(南塔)はシンプル、左(北塔)はより高く装飾的。
修復時に当時の様式を取り入れたためにこの違いが生じた。
南塔はロマネスクの時代との過渡期にある初期ゴシック建築、北塔は後期ゴシック様式でフランボワイヤン(火焔式)というそうだ。
細やかな装飾を纏って上へ上へと伸びていくような姿は、火の粉を巻き上げながら燃える炎のよう(縁起を担いで「火」にまつわる言葉を避ける、みたいなのはないらしい)。
ひとつの建物に、修復によって異なる建築様式が混在するのはヨーロッパの歴史的建造物によくある事だそうだが、シャルトル大聖堂はとくに違いが大きいとのこと。
ギャップ萌え!
諸般の事情から元と同じにするほうが難しいのだろうけど……。
「今の人類はこんな事も出来るようになりました!」とマリア様に見てほしかったのではないかしら。
私たちが今いる西正面の玄関は「王の扉口」と呼ばれ、上部には旧約聖書などの人物像がずらりと並ぶ。大きな建物なのに密度が高い。ロマネスク美術の傑作。
ガイドさんが代表的な人物像を紹介してから皆に問いかけた。
「彫刻の話とステンドグラスの話、両方お話ししたいですが時間が足りなくなりそうです。皆様はどちらがメインなのが良いですか?」
こんな素晴らしい彫刻を前にしていながら多数決でステンドグラスをメインとすることに決まった。
それもそのはず、このシャルトル大聖堂はステンドグラスの美しさで特に有名な所だ。
中に入る前に一言「祈りを妨げないことが何よりも大切です」とのこと。
内部にもいたる所に彫刻が。どこを見ても何かしらの芸術的なものがあるようだ。
ステンドグラスの窓は外からは透かし彫りの模様のように見え、それだけでも美しかったが、今や巨大な宝石箱のように輝いている。
多様な色彩がありつつ全体的な色調としては青が主となって印象的だ。
「この大聖堂のステンドグラスの美しさを称え、とくに青はシャルトル・ブルーと呼ばれています」
話によると、コバルト・ブルーと同じようにコバルトで着色しており、色の濃淡は気泡の量で決まる。細かな気泡が多く含まれるものほど色が淡く明るくなる。
聖母マリアの衣の色は、背景の青よりも淡い、爽やかな青。
このときは写真撮影が許可されており私も撮ったけれど、写真は必ずしも目で見たままではない。
また、太陽光の当たり方によっても見え方が変わるはず。
だから、このシャルトル・ブルーの聖母の衣は私にとって今しかない色なのだ。ずっと記憶に留めておきたい。
ステンドグラスは、字を読めない人々にも聖書の教えや生活に関わるさまざまな情報を伝える役割を持っている。
キリストの生涯を描いたものは下段から上段へ進行する。最後に天に昇る。
十二星座と関連づけた一年間の農作業カレンダーもある。
各月毎に星座が割り当てられ(現代の星占いとほぼ同じ)、その時期の農作業の絵と並べて描いてある。
蟹座と蠍座は判別困難だが、ぶどうの実が近くにあるのが蠍座だ。葡萄はきれいな紫色。
蟹座のときは麦の収穫か何かだったと思う。蟹の描き方が縦長で残念な感じだが、当時のヨーロッパの蟹のイメージはこうだったのだから仕方ない。
ステンドグラスにはスポンサーがいるという話も面白かった。
絵の本題に関係なさそうな人や物が端っこのほうに描かれていたら、だいたいスポンサーを表すとか。店や職人やその組合(ギルド)であることが多い。
漫画雑誌でいえばフルカラーページのコマ内に広告が入り込んでいるような状態で、私は混乱したが、当時の人々はメインの物語を見て(神父などの話も聞いて)分かった上で、たとえば「この物語の絵を寄進したのは靴職人ギルド」というふうに見ていたのだ。
ノアの方舟のところにはたしか、大工ギルド(※)のしるしがあった。画題とスポンサーの事業内容がマッチすれば宣伝効果はばつぐんだ。
「皆様はヴェルサイユ宮殿には行かれましたか? ヴェルサイユ宮殿にはこのマークが頻出します」
青地に百合の、ブルボン王朝の紋章。
ブルボン王朝の初代であるアンリ4世の戴冠式が行われた、王家とゆかりの深い大聖堂だ。
このあたりで当地のガイドさんの説明は一通り終わるころ、シャルトルから出発する時間も近づいてきた。
ご静聴ありがとうございました、といった挨拶をして見送ってくれた。
まだ見ていないところもあるが、じっくり見ようとしたら1日かけても足りないのではないか。
残りの時間に絵葉書を買うことにした。
建物の外観、ステンドグラス、聖母子像など、私の思うシャルトル大聖堂の3大要素を1枚ずつ集めた。
あと、聖母子の、絵葉書とちがう像の写真のついた栞。
神様に見守られているかのような好天のもと、私たちを乗せたバスはモン・サン・ミッシェルへ向かう。
(もうすぐ、モン・サン・ミッシェル編!)
(そのまえに第4話へ続く)
※ 訂正 材木屋、樽屋、車輪屋など材木を扱う人々の合同でした。
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