第2話 シャルトル編1 大聖堂の夜と朝

 シャルトル大聖堂のすぐ近くにある宿泊先のホテル「ティモテル・シャルトル・カテドラル」に着いたとき、夜10時過ぎていたが外は明るい。

 ホテル内のレストランは終了していたが、もとから今日はホテルで夕食を食べる予定ではなかった。


 ステンドグラスを用いた装飾品が、お土産のショーウィンドウや、そのほかにも所々に、飾られている。それを引き立てるように壁や床は落ち着いた色調。


 希望者は、荷物を置いたら夜11時にロビーに集合してライトアップされた大聖堂を観に行く予定だ。


 これは添乗員さんからバスの中でも繰り返し聞いた、ガイドブックにもよく書いてある注意事項だ。

「ホテルの部屋に着いたらまず、電気と水回りをチェックしましょう。トイレ、洗面所、お風呂の水がちゃんと出るか、灯りが点くか、確認してください」

「何か問題があったらすぐに添乗員に知らせてください」

 何かあれば早いうちに知らせるほうが対処しやすくなる。


 シャルトル大聖堂を観に行きたいので、荷物を置き、水回りチェックと戸締りを済ませ、すぐにロビーに向かった。

 私の部屋には何の問題もなかった。

 117号室。


 

  *  *  *



 町は静かだ。ついさっきまでの明るさを思えば意外だが、夜11時と思えば不思議ではない。日本から来た私の感覚からしても、もう夜の暗さだ。

 ケバブ屋さんらしき看板を出している店があったが、いま営業中か分からない。私だけ店に寄ったらはぐれそうだ。

 ホテルから目的地の大聖堂まで徒歩5分といえども、方向音痴なので迷うときは迷ってしまう。異国の夜ではさすがに心細い。



 夜道を抜けるとそこは。

 華麗なる光のカーニバルだった!

 シャルトル大聖堂の正面いっぱいに、プロジェクション・マッピングの映像が乱れ咲く。

 脳内でTDLのエレクトリカル・パレードの音楽が鳴り響いている。


 自分の腕では実物の鮮やかさに遠く及ばないのを知っていても写真を撮る。

 また、皆で交代で添乗員さんに自分の写真を、煌めく大聖堂を背景にして撮ってもらう。


 一巡すると三々五々、ホテルに帰ってゆく。一緒に歩く人がいるうちに私も帰ることにした。添乗員さんが最後になる。



  *  *  *



 初日にホテルの夕食がないのは知っていたが、現地でパン一つ買えないとは。

 しかし辛くはなかった。

 成田空港で買ったお菓子がある。まさか本当に必要に迫られた食べ方をするとは思わなかったが、旅行は多少の不便も楽しいものだ。


 ところで、「パンが無いならケーキを食べれば良いのに」とはマリー・アントワネットの言葉ではありません! マリーはそんなこと言わない!


 家から持ってきた梅干し1個と、タリーズの焼き菓子を2つ食べた。ダックワーズか何かを1つ取っておいた。

 タリーズ成田空港店に栄えあれ!


 カーテンを閉めた部屋で、出発以来初めてトランクを開けた。

 一つだけ残念なことがあった。

 マニキュアが液漏れして、それを包んでいたタオルに瓶ごとくっついていた。ビニールの袋に入れていたので、それより外には漏れていない。

 マニキュアは容器の口に付着して固まりがちなので、それが邪魔して容器が閉まりきらず、気圧の変化で漏れたらしい。

(いま思えば何故そこにティッシュではなくタオルを使ったんだろう)



 シャワーを浴びてパジャマを着た。寝る前に、明日の朝起きてすぐに身支度が出来るようにしておく。


 セットした目覚まし時計をサイドテーブルに置き、携帯電話と充電器をコンセントにつなぐ。このガラケーにもアラームをセットしておく。ベッドに近いほうが先に鳴るようにする。ホテルのモーニングコールもあるが、あれはギリギリに鳴るものだ。

 着る予定の服をたたんで椅子の上に置いたり、化粧品を洗面台の近くに並べたりした。

 

 あと、お守り代わりに小さいぬいぐるみ。

 アニメ「うたのプリンスさま」のキャラグッズ「くまのプリンスさま」のミニ真斗。

 本来はストラップ付きのマスコットだが、万が一金具が外れたら紛失してしまうので、ストラップを外して、ハンカチにくるんで持ってきた。

 これを、寝ぼけても絶対に失くさない、必ずすぐに目に止まる場所に置いておきたい。

 枕元のランプのスイッチから少し離したところに置いた。



 ベッドに横になってからも、どんな反射経路を辿っているのか分からないが、シャルトル大聖堂のプロジェクション・マッピングの明かりがカーテンの隅に明るい色をつけているのが見えた。

 町への好奇心を誘い続けるようだった。


 明日は大聖堂の内部を見に行くのだ。

 おやすみなさい。



  *  *  *



 昼間の暑さが嘘のように、今は涼しすぎる。これは着いてすぐにチェックしようがない。追加のシーツが部屋のどこかにある、という情報を思い出して探してみたら、箪笥の上にあった。

 今度こそおやすみなさい。



  *  *  *



 翌朝、身支度を済ませたら朝食の時間ギリギリだった。

 食堂は白を基調にした清潔感ある内装だ。ホームドラマをお洒落にしたような。ビュッフェスタイルの朝食で、私はお洒落でないよそい方になってしまった。


 おもしろかったのが、中の見える冷蔵庫に入っている小分けパックのもの。

 蓋に印刷された絵からデザート寄りのものだと分かるが中身は見えなくて、何でしょうね、とあちこちで話しながら食べている。

 POMME と蓋に書いてあるのを、リンゴの入ったヨーグルトかと思って一つ取ってみたら、すり下ろしリンゴだった。

 ヨーグルトはべつの所にあった。大きな容器からレードルを使ってガラスの小鉢によそるようになっている。

 たぶん、すり下ろしリンゴはトッピング用だ。

 はしゃいで盛りすぎた気がするが、完食した。



 このツアーでは毎日宿泊地が変わるので、このホテルと今朝でさよならだ。

 さよならはまた会うためのおまじない。


 ポーターさんが皆のトランクを収集してバスの荷物置き場に積んでくれる時間は、出発時間より早い。間に合うようにあわただしく荷作りし、トランクを部屋の扉の外に出した。


 そして、貴重品など携行するものを入れるバッグと、その他バスの座席に置いておきたい物(※)をまとめて入れておく大きなバッグに持ち物を全て詰めこむ。


 それが済んで、出発前にこの部屋の窓からの景色を一目見ておこうと、ほとんど閉めたままだったカーテンを開けた。


 シャルトル大聖堂の塔が間近に見える。

 もしかするとこの上ないほど、とても眺めの良い部屋だった!

 ティモテル・シャルトル・カテドラル、117号室。

 

 




(次回シャルトル編2に続く)



 ※ 「貴重品」「観光に持って行きたいもの(カメラ、飲料水など)」は携行するバッグに入れる。

「確実にホテルの部屋でしか使わない・取り出さないもの(パジャマ、お風呂用品など)」「お土産」などはトランクに入れる。

 どれにも当てはまらないものは、バスの座席やその下に置いておける。3日間同じバスだから出来ることだ。車内で食べるお菓子、膝掛け、気温の低い時用の上着、替えの靴(パンプス、革靴とスニーカー等を使い分けたい場合)など。




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