最終話 セミである運命

 何だかんだで夜になっても寝付けなかった僕は食事をしたファミレスへ戻って店員から電話を借りて、別れ際に連絡先をくれた天埜川あまのがわさんとの連絡を取った。


「あっ、瀬三居せみい君、待った?」


 ──物語は街中の朝方を迎え、待ち合わせ時間ギリギリでやってきた清楚な白いワンピース姿の魅惑なスタイル。


 その彼女が息を軽く弾ませて、少し高めの赤いハイヒールでトコトコと愛らしく来る姿は本当に可愛く、見る者の心を奪われそうだ。


 そんな彼女は手にある茶色い紙袋をぶら下げていた。


「あっ、これが気になるの? えっとね……」


 天埜川さんが紙袋の中身からゴソゴソと1ついの緑の布切れを取り出す。


「これは?」

「うん、手袋だよ。これを着けたら消えている指も目立たないかなって。この夏の季節だから探すのに苦労したんだよ」


 あれから決意した僕は昨夜、電話で天埜川さんに、今置かれている僕の状況を詳しく打ち明けた。

 その僕の言葉に彼女は何も疑いもせずに、すんなりと話を聞いてくれた。


 ただ一言、僕が想像した満天の笑顔のような言葉で『じゃあさ、この機会だから人間の世界をもっと楽しもうよ』と……。


「わざわざありがとう。天埜川さん」

「ううん、堅苦しいから邪音じゃねって呼んで。私も瀬三居って呼び捨てにするから」

「ああ、分かった」


「じゃあ、その手袋つけて映画館に入ろうか」


 僕は邪音から手袋のはめ方を教わり、暗い建物内へと入っていった……。 


****


 僕たちは薄暗い部屋で赤い座席に座り、彼女から細長い白いカップの飲み物を受けとる。


「どうせ、朝から何も食べてないんでしょ」

「ああ、固形物はどうも受け付けなくて」


 邪音の心遣いに感謝して、そのストローをすするとほんのり甘いみつの味がした。


蜂蜜はちみつは体にいいからね」

「ありがとう」


 しばらくすると、周りから音が漏れ出し、僕たちは前方にある大きな映像に釘付けになる。


 人間の男女が様々なデートを繰り返し、最後には男が亡くなり、男女は離ればなれになるという悲しい物語。

 

 まるで今の僕らの関係のようだ。

 

 その別れの場面で邪音の手が僕の座席のひじ掛けに置いていた手に重ねてきて、僕は思わず握り返した。


 彼女はそれも気にも止めず、切なそうな表情で目元にハンカチを当てていた。


 それを見て彼女を心底から守りたいと感じていた。


 だけど僕の命も今日まで。

 悔しいけどこの真実を受け止めないと。

 元々、セミの命は短いのだから……。


****


「私、瀬三居に謝らないといけないね」


 映画館の近くにあったファーストフード店でハンバーガーをおしとやかに食べながら話を切り出す邪音。


「私、実はセミがあまり好きじゃなくて、この前、家の周辺にいたセミたちを弟に頼んで駆除してもらったの」

「ああ、そのことか」

「えっ、知っていたんだ?」

「まあな」


 僕は新たに注文した野菜ジュースを飲みながらそれと気にせずに答える。


「……ごめんね。その中には瀬三居の仲間だっていたかも知れなかったのに」

「いいんだ、そう気にしないで。人によっては嫌われてもしょうがないよ」


 もうこれで三杯目だ。

 緊張のせいだろうか、今日は特別、喉が渇いてしかたがない。


「瀬三居は優しいね」

「そんなことはないよ」

「どうして今日までの命なんだろうね……あっ」


 会話の弾んでいた拍子に僕のはめていた手袋がテーブルの下に落ちる。

 もう手袋が抜け落ちた僕の両手は消えてなくなっていた。


「ありがとう、とっても楽しかった」

「瀬三居……」


 人前にも関わらず、僕に顔を近づけ、額に邪音の口づけが伝わる。


「今度は人間になって会おうね」

「ああ、でも次出会ったらヨボヨボの婆さんだったらマジでヒクから」

「もう、屁理屈ばっかりで可愛くないんだから」

「あはは、すまん」

「うん……」


 段々と体が消えていく僕を見守りながら、目からボロボロと水を流す彼女。

 同じく僕の視界もその水で歪んでいた。


「そうか、これは胸が締め付けられた時だけに出る特別な水なんだね」

「そう、これが恋の切ない味って言うんだよ」

「なるほど。こんなしょっぱい味は不思議な感覚だ。人間にも色々あるんだな」

「ちょっとセミと一緒にしないでよ。こっちにも色々あるんだから」

「ごめん」


 そう、どんな生き方をしても価値観を押しつけたら駄目だ。

 セミにも人にもそれぞれの都合がある。


「いいよ、またいつか会おうね」

「ああ、化けて出ないことを祈っててくれ」

「ふふ、キ○ネの恩返しじゃないんだから」

「じゃあな」

「うん、ありがとう」


 それっきり僕は永遠の眠りに閉ざされた……。


****


「──おい、どうしたんだ。そんな物を見て?」

「うん、ちょっと気になったの」

「女の子がセミの幼虫の脱け殻が好きなんて珍しいな」


「まあ、あなたには100年経っても分からないわよ」

「おい。俺、この世にいない前提かよ!?」


 ──これは学生時代、一人の男性を好きになった淡い恋の物語。


 セミと私との永遠の想い出。

 例え、こんな風に別の人と出会って、別の人を好きになっても、私は君のことをずっと忘れない。


 人に惹かれて好きになり、お互いに好きになる愛の感情。


 あわよくば、この想いが天を飛んでいる瀬三居にも伝わりますように……。



 Fin……。


 

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命短いセミだった少年、裏を返さば単なる無鉄砲。さあ、恋を手に取って戦場へ。 ぴこたんすたー @kakucocoro

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