第19話 テストどころではない

 朝から腹が痛い……


 朝早くからトイレにこもっていると、エリから連絡がくる。


「おはよー、今日はテスト頑張ろうね!」

「おはよう……ちょっとお腹壊してて……やばいかも」

「えー、大丈夫?薬ある?」

「うん、一応……」

「とりあえずそっち迎えにいくよ?」

「うん、ありがと……」


 エリが来てくれるというのに、腹の痛みが治らない……


 俺はだいたい大事な日に限ってこうなる。

 高校受験の当日も熱が出てボロボロだったし一年の期末テストの時は謎の吐き気に襲われた。


 だから昨日は早く寝たというのに……


 少し落ち着いてきたのでトイレから出るとちょうどエリが家にきた。


「ワクミン大丈夫?顔色、悪いね……」

「うん、今はなんとか……いこっか」


 フラフラしながらエリに手を引かれて登校していると、またお腹が痛くなってきた。


「うぅ……」

「ワクミン……今日休む?テストは後日受けれるんだし」

「い、いや大丈夫……せっかく頑張ったんだし」

「そだね、ワクミンご褒美楽しみにしてるもんね」

「う、うん……」


 そうだ、俺はこのテストでやり遂げなければならない。

 もちろんエリが点数をとればそれまでの話だが、俺にも意地というものがある。

 自力で勝ち取って、堂々とご褒美をいただく為にも今日は人生で一番大切な時なのだ。


 そんなことを考えていると余計にお腹が痛くなる。


「いてててて………」

「もう、心配だよーワクミン……無理だけはしないでね?」

「うん……」


 無理してる理由が理由なので、エリに心配されるたびに変な罪悪感にかられる。

 

 なんとか教室までたどり着いた俺だが、痛みで覚えてきたことが全部飛んでしまいそうなほどに苦しい。


 そして程なくテストが開始した瞬間、その痛みはピークに達した。


「うぅ……」


 その時隣の席のエリが手を挙げて先生を呼んだ。


「先生、和久井君が体調悪そうなのでお願いします」


 エリがそう言った瞬間に俺は意識が朦朧として机に突っ伏した。

 なんか最近エリの前で倒れてばっかだな、なんて思いながらも先生に担がれて保健室へ連れて行かれた。


 幸いなことに学校の薬を飲むとすぐに楽になった。

 というより、我慢しなくてはいけないというプレッシャーから解放されたおかげで腹痛が治ったのだろう。


 保険の先生にしばらく寝ていなさいと言われ、俺は本当にベッドで爆睡していた。



「……」


「……ミン」


「ワクミン、大丈夫?」


 うっすら目を開けると、目の前にエリがいた。


「エリ……テストは?」

「終わったよー。今日はお昼までだからね。それより顔色ちょっと良くなったかな?」

「うん、寝てスッキリした。でも……」


 でも、とても情けなかった。

 エリと出会う前も今も何も変わらない。

 エリが勝手に俺を好きでいてくれることで自分が何かすごい人間にでもなったように勘違いをしていた。


 しかし今のままではずっと俺は情けない陰キャでしかない。

 こんな俺が本当にエリなんかと釣り合うのだろうかと考えてしまうと、また少し気分が悪くなった。


「はぁ……」

「ワクミン、まだしんどいの?」

「え、いやそれは……」

「……これで元気出る?」

「え?」


 俺は気がつくと自分の手がエリの服の中にあることに気づいた。

 そしてその手は、エリの胸にしっかりと当たっていた。


「エ、エリ……」

「元気出してワクミン。ワクミンの悲しそうな顔見てると辛いから」

「え、は、へ……」

「……力入れていいよ?」

「……うん」


 正直前回は初めて触れたこともあって戸惑いの方が大きかった。

 しかし今回は二度目、二度目の生おっぱいだ。

 昨日となんら変わりないその感触をじっくり楽しむようにそっと力を入れると、俺の指をその弾力が弾き返してくる。


 もう腹痛も悩みもどこかへ飛んでいく。

 男とはほんと単純な生き物である。


 更に保健室という空間が背徳感を演出して、俺はテストもすっぽかしたというのに彼女のおっぱいを揉んで興奮している。


 本来なら自己嫌悪してもいいような状況だろうが、今はそんなことより俺の右手に全集中だ。


 もう何度もモミモミしていると、次第にエリの顔が赤くなっていく。


「エリ……大丈夫、なの?」

「ワクミン、なんか気持ちよくなってきちゃった……」

「え?」

「い、一回、休憩しても、いいかな……」

「う、うん……」


 俺はそっとエリの服の中から手を出した。

 心臓がバクバクして言うことを聞かない。

 それに右手の感覚は、胸の感触に支配されてしまっていた。


 そしてエリを見ると、頬を赤らめて息を切らしている。その姿があまりに色っぽくて俺は目が回りそうになった。


「あ、あの……」

「はぁ、私ったらちょっと感じちゃった。ワクミンじゃなくて私が元気になっちゃったね」

「……」


 感じた?感じたって……エリ、もしかして……


「あ、今エッチな顔したー。もう大丈夫そうだからお触り終了ねー」

「あ……」

「でもこれはサービスにしといてあげる。ワクミン午後から再試験だもんね」

「あ、そっか……うん、頑張ってくるよ」


 エリのおっぱいに元気付けられるという、なんとも格好悪い状況に再び俺はうなだれそうになる。

 しかしそんな俺をエリが励ましてくれた。


「ワクミンはカッコ悪くないよ」

「エリ……」

「だって、お腹が痛くなるくらいまじめに真剣にテストに向き合うワクミンはすごくカッコいいもん。だからそんな顔しないで」

「う、うん……」


 その言葉だけで充分だった。

 エリは俺のことをわかってくれる、認めてくれる。

 そんな人が身近にいるだけで心が救われる。


「ワクミン泣きそうになってるよ?」

「ご、ごめん……でも嬉しくて」

「うんうん、いい子いい子」


 俺の頭を優しく撫でてくれるエリは、再試験に向かおうとする俺にもう一言言い残した。


「ワクミン、私……ちょっと濡れちゃった」

「!?」

「ほら、早く行かないと遅れるよー」

「え、うん……」


 濡れちゃった、と言う言葉が俺の頭を支配し蝕んだ。


 再試験の間中、俺は悶々とし続けた。

 そして国語のテストで偶然「濡れる」という漢字が出ただけで興奮していた。


 もちろんこの日のテストは散々な出来だったのだが、心は晴れ晴れとしていた。

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