第6話 もっと知りたい
佐藤さんにメロメロな俺は手を繋いだまま途中まで佐藤さんと一緒に帰った。
そしていつもの交差点で佐藤さんと別れる時、初めて寂しいと感じてしまった。
何度も手を振りながら去っていく佐藤さんは、紛れもない俺の彼女なのだ。
そんな実感がひしひしと湧いてくる。
それに彼女の手の感触もまだ鮮明に残っている。
俺は浮かれた気分のまま家に帰ると、早く仕事が終わったらしく、母が先に帰っていた。
今日は夕飯を作ってくれるようなので、俺はさっさと部屋に戻った。
そして佐藤さんに早速ありがとうとラインをしようとすると、先に彼女からメッセージが来た。
『今日はクレープご馳走様!週末のデートプランも考えててね』
俺は彼女を疑うことをやめた。
実際好きでもない相手と、罰ゲームやいじめの為に手を繋いだり触らせてくれたりまでするとは思えない。
ちょっと軽いというか大らかなところは彼女の素なのだろう。
でも俺はそんなことは気にしない。
もしかしたら元カレとかもいるのかもしれないが、別に処女じゃないといけないという古臭い考えも童貞くさい発想も俺にはない。
だから今は佐藤さんと付き合えていることが本当に純粋に嬉しい。
早速俺は『デートなら映画とか行こう』と返した。
しかしいつもならすぐに返事がくるのに、少し返事が止まった。
もしかしたらお風呂か、夕飯でも食べているのかと思い、その間に俺は溜まっていた小説を書くことにした。
今日の俺は筆がどんどん進んだ。
リアル彼女との実体験を得た俺は、文章に重みというか説得力が増したような気がしていた。
そして話を一つ書き終えて投稿してから俺も風呂に入った。
今日の風呂は格別だった。
いつもなら嫌なことやしんどいことを洗い流すように入るのだが、今日はむしろ優越感に浸るように湯船に体を沈めた。
そして風呂を出て夕食を食べたあと、ラインを楽しみにすぐ部屋に戻った。
しかし携帯を開くと小説の方にもコメントは来ていないし、佐藤さんからもラインの返信が来ていない。
ガッカリしながらも俺は明日の小説の下書きにしばらくは集中した。
それでもやはり佐藤さんのことが気になって途中でやめてしまった。
そのまましばらく携帯をジッと見つめていると、夜の9時過ぎにようやく佐藤さんから返事が来た。
『ごめーん返信気づかなかった。映画いいよね、私も行きたーい』
そのラインを見た瞬間、俺はホッとしすぎて身体中の力が抜けた。
ここまで俺の気持ちを持ち上げておいて、やっぱり付き合ってるのはウソでしたなんて最悪の結末、というかブラックジョークにしてもあまりに笑えないようなことを、どこかで妄想してしまっていたからだ。
でも佐藤さんはちゃんと返事をしてくれた。
だから俺は彼女を疑うことなくラインをすぐに返した。
そしてしばらくは何でもない話を続け、最後は俺が先に寝落ちしてしまっていたのを朝になって知った。
翌朝も一緒に登校し、一緒に教室に入った。
二の腕プニプニや手を繋ぐことはもう自然となった。
太ももはさすがに人前では触れないが、代わりにいっぱい見せてくれる。
「ワクミン、今日は先に教室行っててくれる?」
「う、うんいいけど……どうしたの?」
「あー、意外とソクバッキーさんなのかなワクミンは。大丈夫、先生に呼ばれてるだけだから」
正門を過ぎたところで佐藤さんが先に校舎の方へ走っていってしまった。
久しぶりにというほどではないが、急に佐藤さんがいなくなったことで俺は少し寂しかった。
いよいよこれは恋だと自分でも自覚した。
俺は佐藤さんが好きだ。
付き合っている彼女の事を改めて好きかどうか確認するのもおかしな話だが、正直昨日までは佐藤さんのことを疑っていた。
あんな奇跡のギャルみたいな子が俺に惚れるなんてあり得ない話だと思っていたが、実際こんな夢物語もあったのだと今は信じてもいいんだなんて気持ちになっている。
早く教室に佐藤さんも戻ってこないかななんて気持ちで先に席について待っていると、クラスの話したことのない男子が一人俺に声をかけてきた。
「なぁお前、佐藤と付き合ってんの?」
別にヤンキーに絡まれた、とかではなく普通の男子に普通に声をかけられただけなのだが、そもそも俺は自分に自信がないので少し怯えていた。
しかし付き合っているのは事実だ。だから胸を張って自慢してやりたい気持ちもどこかにあったのかもしれない。
「え、えと……まぁ、付き合ってるよ」
俺が答えると、話しかけてきた男子は笑った。爆笑した。
「あっはははは!お前それ本気で言ってんの?」
「え?」
「いや、別にお前がいいんならいいけど。まぁ頑張れよ」
そう言ってそいつはまた他の友人のところに行ってしまった。
……どういう意味だ?
俺はさっきのやつが話していた言葉から色んなことを考えた。
やっぱり誰かの仕掛けた悪戯?じゃああいつが主犯?
いや、それならあんなネタバレはしてこないだろう。それなら……
「おまたーワクミン!」
「あ、佐藤さん……」
佐藤さんが戻ってきた。
さっきまでと何も変わらない、明るくちょっとエッチな佐藤さんだ。
しかし俺はさっきの件がひっかかり、またしても疑心暗鬼に陥っていた。
「ワクミンどうしたの?なんかあった?」
「え、いや……」
「私の太もも見て充電しなよー、ほれほれ」
「い、いいよ……」
俺は佐藤さんから目を逸らした。
「それより佐藤さん」と俺が話しかけた時チャイムが鳴ってしまった。
そしてすぐに朝のホームルームが始まったこともあり、そのまま前を向いてジッと本を読み始めた。
横にいる佐藤さんの事は気になるけど、それ以上に気になることができてしまい、とてもじゃないが太ももを見る余裕なんてなかった。
早く休み時間になって、佐藤さんと話がしたい。
俺はちゃんと佐藤さんを信じてもいいのか。
俺たちの関係は嘘なんかじゃないって自信を持っていいのか。
何から聞こうかと考えているとあっという間に休み時間になった。
そして俺は意を決して佐藤さんに俺の方から話しかけた。
「さ、佐藤さん」
「……」
「佐藤さん?」
「……」
佐藤さんに声をかけるのだが、明らかに聞こえないふりで無視される。
もしかして、本当に俺と付き合ったことは何かの間違いでしかなくて、飽きたのかそれとも悪戯の期間が終了してしまったのか、俺と話す意味がなくなったのか……
無視をされる度に俺は不安が大きくなり、もう最後の方は声が出なくなっていた。
そしてそのまま授業が始まってしまい、俺はなんとか落ち込む気持ちを奮い立たせようとしたが無理だった。
授業の内容も全く頭に入らない。
気晴らしに読もうとする本も全く読む気がしない。
多分今の俺の目は虚ろになっているのがよくわかる。
それくらい視界がぶれるし、真っ暗になっていく気分だ。
そんな地獄のような時間が昼休みまで続いた。
段々と慣れるわけもなく、むしろ胃が痛くなってきた。
「ワクミン、ちょっといーい?」
昼休みになった瞬間に佐藤さんに呼ばれた。
いつもより真剣な面持ちで話しかけていた佐藤さんを見てとっさに覚悟をした。
ああ、いよいよ別れ話か。いやそれ以前に付き合ってたのも嘘だなんてネタバレがくるのか。
散々落ち込んだので、今はむしろ開き直っていた。
どうせなら最後にもう一回太ももに触りたかったなぁなんてことを考える余裕も生まれていた。
無言で歩いていく佐藤さんについて行くと、そこは屋上だった。
もちろん誰もいない、無人で風がそよそよと吹くその場所で佐藤さんは俺の方を見て言った。
「ちょっと、なんでエリって呼んでくれないの?」
「……へ?」
怒っている、というよりはわざとぷんぷんしているような仕草で佐藤さんは指で俺の鼻をツンと押した。
「だから、ちゃんとエリって呼んでって言ってるのに!私のこと、嫌いなの?」
「え、いやそんなことは……え、あれ……」
「呼んでくれるまで、私ワクミンのこと無視しちゃうから。佐藤さんなんて私しりませんよーだ」
そう言って一度プイッと目を逸らした佐藤さんは、何かを期待しているように俺に視線を送ってくる。
「……エ、エリ」
「はーい、なになに?」
「……」
「なによー、泣きそうな顔して。無視されたのがそんなにつらかった?」
「だ、だって……」
「ふふ、かわいいねワクミン。よしよししてあげちゃう」
佐藤さん、いやエリが俺の頭を撫でてくれた。
俺はもう色んな不安が吹き飛んで、本当に泣きそうになっていた。
「ワクミンごめんね、いじわるしちゃったかな?」
「い、いいよ……でも、俺もっとさとう……エリのこと知りたい」
別に変な意味はない。ただ言葉の通り俺はエリの事をもっと知りたいのだ。
というよりは付き合っているにも関わらず、彼女のことを俺は何も知らない。
家も知らない、出身中学も知らない、過去の男性遍歴だってもちろん知らない。
そんな彼女に恋をしてしまうのだから、男、というか俺という男は何とも単純でチョロい生き物だなと我ながら思うが、やっぱり気になることはきちんと聞いておきたい。
「私の事?そうだね、私もワクミンのこともっと知りたいな」
「じゃあ、今日放課後どこかに」
「うち、来ない?」
「!?」
指を咥えるようにして、少し恥じらうようにエリが言った。
家に行く、彼女の家に行く、エリの家に行く……
もうその一言で俺の妄想は暴走を超えて覚醒し、ついには肉体の限界を迎えた。
「ぶっ」
「ちょっと、ワクミン大丈夫!?」
鼻血が噴き出して、床が血まみれになってしまった。
そんな情けない俺の血を一生懸命拭いてくれるエリを見ると、こんな状況なのに気持ちが落ち着いた。
ようやく血が止まったところで、すっかり忘れていた昼飯を買いに二人で下に降りることにした。
その時、エリがクスリと笑いながら俺の耳元でささやいた。
「今日、親いないから」
俺はその一言でまた鼻血が出てしまった。
結局止血に時間がかかり、昼飯を食べ損ねてしまった。
しかし空腹感とやらはどこかに行ってしまった。
午後の時間はいつもよりゆっくりと流れている気がした。
それでも確実に、正確に、着実に放課後は迫ってくる。
そしてようやく、今日の終わりを告げるチャイムが鳴った。
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