第5話 交換っこ

 気が付けば放課後になっていた。 

 そして気が付けば佐藤さんが俺の前に立っていた。


「さて、帰りましょ!今日は駅前で買い食いをするのだ」

「あ、そうだった……」


 結局学校唯一の友人に会いにいくことすら忘れていて、俺は佐藤さんに連れられて学校を出ることになった。


 正門まで行くと、生徒指導の先生と誰かが話をしている。

 よく見るとそれは俺の唯一の友人だった。


「あ、鍵谷!」

「ん?なんだ和久井か」


 俺の友人の名は鍵谷雄介かぎやゆうすけ、顔は綺麗に整っており中性的で少し前に流行った?男の娘とやらがまさにこいつだろうと言いたくなるような容姿だ。

 最も中身は口の悪いオタクである。仲良くなったきっかけは、お互いぼっちだったのにむこうから「おい陰キャ」と声をかけられたことだった。

 最初はむかついたが、何でも知っていて、よく小説の事なんかも相談するようになった。

 まぁ気まぐれな性格でメールもしないし、学校でばったり会った時に話をするような仲である。



「お前、その隣のギャルはなんだ?」

「え、佐藤さんのこと?ええと」

「ワクミンのお友達?私、ワクミンの彼女のエリでーす」


 自己紹介を終えると嬉しそうに俺にしがみついてくる佐藤さんの胸が俺にダイレクトに当たっていた。

 そんな光景を見ても冷ややかな目で俺を見るだけの鍵谷は、呆れたような顔で先に帰っていった。一言だけ言い残して。


「せいぜい頑張れ」


 嫌味か、皮肉か、それとも嫉妬なのか。あいつは何を考えているのかよくわからない。

 でも佐藤さんみたいなタイプの女子は苦手なのだろう。

 俺だって最近目覚めるまではギャルなんて敵だと思っていたくらいだ。


「かわいい顔してるね、お友達」

「ああ、顔はいいんだけど性格が……」


 そうだ、あいつは性格に問題を抱えていなければクラスの人気者にだってなれる素材なんだ。

 願わくばあの見た目を俺に分けてほしいものだ。


 しかしこんな俺だからこそ佐藤さんに出会えたのだとしたらそれも悪くないかと考えていると、隣を歩く佐藤さんが俺の顔を覗き込んできた。


「私とどっちがかわいーい?」

「え、いや……そ、そんなのあいつは男なんだから……」

「だから?」

「……佐藤さんの方が」

「私の方が?」

「か、可愛いよ!」

「ふふ、よく言えましたー」


 もうからかわれてばっかりだ。

 こんなやり取りもこの子の純粋な本音だと思っていいのだろうか?

 あまりにもあざといしあまりにも可愛すぎる。


 ほんと俺、どうしちまったんだ?


「ほらほら、ボーっとしてたら駅前着いちゃうよ?お店は決まった?」

「あ、ええと、ここなんかどうかな?人気って書いてるし」

「いいねいいね、ちゃんと考えてるじゃん!それならご褒美あげよっかなー」


 ご褒美という言葉に俺は反応してしまった。

 また太もも、いや今度はその先、奥の奥までなんて展開があるのかと、胸を膨らませていた。


「エッチなこと考えてるでしょ?」

「あ、す、すみません……」

「でもご褒美はこれ、手を繋いであげる」


 佐藤さんはそっと俺の手を握ってきた。

 そしてなんと俺の指の間に佐藤さんの細い指を絡ませてきた。


「あ……」

「恋人繋ぎ、私好きなんだ」


 俺はまた新しい体験をした。

 恋人繋ぎとはこうもゾクゾクするものなのか。


 なんか一体感がすごい。

 俺もよく小説で恋人繋ぎのシーンなんかを書いたりするが、未経験なもので想像力に欠ける説明しか書けなかった。


 しかし今ならこの生々しいまでの感触を表現できる気がする。


「なんか探ってきてるみたいな手つき、いやらしいな」

「ご、ごめんつい……」

「つい、なぁに?」

「……」


 手を繋いだまま覗き込んでくる佐藤さんの顔が近い。

 そして可愛い。ああ、死ぬほど可愛い……


 こんな子と手を繋いでいるのだと思うとどうにかなりそうだ。

 ていうか既に下半身がどうにかなっている。

 俺は少しだけ前かがみになりながらそれを隠そうと必死なのだが、佐藤さんにバレてはいないだろうか……


「ねぇ、嬉しくないの?」

「う、嬉しいよ!嬉しすぎてどうにかなりそうで……」

「ていうか、ちょっと勃ってる?」

「!?」

 

 バレていた……やばい、絶対に軽蔑される。

 手を繋いだくらいでアソコを固くしてるなんて、絶対に嫌われる……


「い、いやこれは……」

「かーわいいっ♪でも人前に出るまでに鎮めないと恥ずかしいよー?」

「う、うん……」


 小悪魔どころか天使じゃないか佐藤さん……

 可愛い?こんな冴えないキャラの俺の汚いものがピンピンになってて可愛いだと?

 お世辞でもフォローでもなんだったとしても、そんなことを言われたら鎮まるどころか興奮は増す一方だった。


 それでも何とかこの状況に慣れていき、徐々に俺の下半身は正常に戻っていった。


 随分長い時間歩いたように思えたが、実際には徒歩十分くらいで駅前に着くとすぐに目当てのクレープ屋が目に入った。


「あったあった!さ、いこっか」

「う、うん」


 佐藤さんに引っ張られて俺たちは外の列に並び持ち帰りでクレープを買うことにした。

 並びながらメニューを見る時も、佐藤さんはずっと俺の手を離さない。

 もう幸せすぎて俺はメニューに何が書いているのかよく理解できず、とりあえずおすすめのものを選ぶことにした。


 注文をしてから目の前でクレープを作ってくれて、すぐに俺たちの頼んだものが出てきた。


「ちょうど千円か。これ、お願いします」

「え、奢ってもらうのは悪いから私も出すよ?」


 急いで財布を出そうとする佐藤さんだったが、俺だって男だしこういう時は男が出すものだというくらいの心得は持っている。

 だからいいよという意味を込めて、ほどこうとした手をとっさに握り直してしまった。


「あ、今力いれたなー」

「ご、ごめん痛かった?」

「んーん、男らしくていいなって思ったよ」

「……」


 あーもう今死んでも悔いないわ。

 このクレープに毒が入ってても、この後トラックにはねられても通り魔に刺されても多分悔いはない。

 千円で買える幸せがこれなのだとすれば、千円ってとんでもない価値のあるものだなと俺は思った。


 そしてすぐ近くにあるベンチに並んで座り、一度手をほどいてそれぞれの買ったクレープを食べることにした。


「いただきます!ん、美味しい!」

「うん、こっちのチョコも美味しいよ。佐藤さんのはクリームだね」

「ふふ、口についてるとちょっとエッチじゃない?」

「や、やめてくれよ」

「また勃っちゃうー?」

「……」


 実際口に生クリームをつけた佐藤さんを見ると変な気分になっていた。

 こんな子といつかそういうエッチなこともするのかななんて考えるだけで俺の下半身はパンパンだった。


「ね、ワクミンのもちょうだい」

「え、いいけど思いきりかじってるし」

「いいのいいの、それに私のも一口食べて。交換っこしよ?」


 そう言って俺のクレープを取り上げた佐藤さんは俺に自分の持っていたクレープを渡してきた。


「いただきまーす、ん!おいしい!ワクミンの方がおいしいよ」

「そ、そうなんだ。でもこっちも美味しそうだよ」

「そっかなー?でも食べてみて、わかるからさ」

「う、うん……」


 俺は渡されたクレープをじっと見た。

 すでに何口も佐藤さんがかじっていて、これを上から俺が食べると間違いなく間接キスになる。

 ていうか俺の食べたやつを佐藤さんが食べてるから既に間接キスは完了しているのだが……


「あれー、間接キスとか気にする人?」

「だ、だって……」

「いいじゃんいいじゃん、恋人なんだから」

「……いただきます」


 俺は心を無にして佐藤さんのクレープをかじった。

 味は佐藤さんの言う通り、正直俺が頼んだやつの方がうまかった。

 しかし、しかしだ。佐藤さんと間接キスしてしまった。


 この事実だけで味は五割増、いや採点などできないくらいに尊いクレープ様であった。


「あ、クリームついてるよ」

「え、どこ?」

「ふふ、とってあ・げ・る」

「あっ」


 俺の口元を佐藤さんが細い指で拭ってくれて、その手に着いたクリームをペロッと舐めた。


「ふふ、きれいになった」


 俺はもう考えるのをやめた。

 ただひたすらに幸せすぎてエロすぎるこの状況に、あれこれ考える思考がおいつかなくなった。


 なので純粋に佐藤さんとの関係を楽しもうと、そう決意したところで佐藤さんが笑った。


「ワクミン、手、繋ごっ?」


 俺はもう言われるがままだった。

 夕陽で朱くなる佐藤さんの顔を見て、ただ俺はその魅惑に身を委ねやがて沈んでいった。

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