第4話 絶対領域

 学校に着くと佐藤さんは何人かの女子生徒と挨拶をしていた。

 しかし友達の子はみんなギャルじゃない、むしろ地味目な子だった。


「佐藤さんの友達はギャルじゃないんだな」

「みんな大人しい子ばっかだよ?ワクミンってギャルは嫌い?」

「え、そんなこと、ないけど」

「だよねー、私のことずっと見てるもんね」

「……」


 もう校舎の中だというのに俺にチラチラと胸元を見せてくるのは、やはり俺をからかっている証拠なのだろうか。

 さっきまでは二の腕マジックで見事に油断させられたが、やはりこの夢物語に黒幕がいる可能性は捨てきれない。

 だから教室でもあまり下手なことは話さない方がいいだろう。


 さっさと教室に向かう佐藤さんについて行った。

 一緒に教室に入る時、誰かから見られているような気がして少し立ち止まったが、特に廊下にも教室の中にも俺の事を見ているような奴はいなかったので、そのまま席に着いた。


「そういえば、佐藤さんはなんで始業式の時はいなかったの?」

「え、いたよ?でもちょっと先生に呼ばれててー。寂しかった?」

「その時はまだ知り合ってないじゃん」

「お、ナイスツッコミ!ワクミンやるじゃーん」


 ……もっと普通に佐藤さんとの会話を楽しみたい。

 そう思いながらもどこか気が抜けないまま高井がやってきて朝のホームルームが始まった。


 後ろの席からクラスを見渡していると、可愛い女子は何人かいる。

 しかし断トツで佐藤さんが一番可愛い。それは俺の彼女だからなんて惚気話ではなくて、客観的に見ても間違いなくそう言えるくらいレベルが違う。


 そう思うと尚更俺なんかといることが不自然なのだ。

 やっぱり誰かの仕業で……


「ねぇワクミン、消しゴム貸して」


 佐藤さんが小さな声で俺に話しかけてきた。

 俺はすぐに消しゴムを出して佐藤さんの方を見ると、スカートをぎりぎりまでたくし上げて俺に足を見せてきた。

 ニーソックスとスカートの間、いわゆる絶対領域が少し広がっている……


「な、何やって……」

「消しゴムのお礼。足りない?」

「い、いいよ別に……それより、はい消しゴム」

「お、サンキュー!」


 俺が本屋で買った百円の消しゴムがまさかギャルの太ももに化けるなんてあの時思いもしなかったな……

 しかし何度見てもいいものだ。

 あの太ももをこう何回も見れたのなら、たとえこれが美人局やいじめだったとしても元は取れているんじゃないか?

 

 すっかり佐藤さんの足に魅了されてしまい、俺の中の警戒心はどんどん下がっていった。


 休み時間は本当なら小説を書いたり読んだりという時間なのだが、隣に佐藤さんがいるからもちろんそんな暇はない。


「ねぇねぇ、昨日言ってたおいしいもの、探してくれた?」

「あ、そういえば……駅前には何個かお店あるみたいだけど」

「もー、ちゃんとリードしてくれないと拗ねちゃうぞ?」


 急にぷんぷんと怒るふりをされても、それがまた可愛いんだよ……

 

「じゃあさ、クレープとか、どうかな?俺食べてみたいし」

「お、いいねぇ。じゃあそうしよっか。あと今日のお昼、学食行くの忘れてないよね?」

「も、もちろんだよ。い、一応交換条件、もらったし」

「ワクミン選手はあれでもう満足なのかなぁ?」

「……」


 佐藤さんはわざとらしく二の腕を俺に摺り寄せてくる。

 もちろん服越しではあるが、そのすべすべした感触はそれでもよくわかる。

 

「さ、佐藤さん近いって……」

「触っていいんだよ?それとも触りたくない?」

「……失礼します」

「あはは、なんかその言い方えっちー」


 俺は恥も外聞も捨ててまた佐藤さんの二の腕を揉み揉みした。 

 ……きもちいいわぁー、なんだこの弾力?何食べたらこんな細いのに柔らかい腕になるんだ?


 結局チャイムが鳴るまでただ隣の席のギャルの二の腕を揉むという、他人が見ればドン引きしそうな状況が休み時間の間中続いた。


 そして昼休み、佐藤さんはすぐに席を立って俺に「学食に急ぐわよー」と言い教室を飛び出した。


「さ、佐藤さんそんなに慌てなくても」

「ダメよ、せっかく行くなら二十食限定ランチ食べたいし、いい席座りたいでしょ」


 俺は別にどっちでもいいんだけどと思いながらも走ってはいけない廊下を目いっぱいの早歩きで進みながら食堂まで到着すると、すでに多くの生徒が並んでいた。


「じゃあ私、席取ってくるから並んでて」

「え、うん」


 結局席は窓際を確保できたが、ランチは間に合わず、二人でカレーを食べることにした。


 しかし席に着く時、俺は初めての体験をする。


「え、佐藤さんこっちに座る?じゃあ俺は」

「隣で食べよ―よ?」

「え、で、でも……」

「向かい合わせの方が足が見えそうだから?」

「そ、そうじゃない、けど」

「じゃあいいじゃん。二の腕触りながら食べてもいいよーん」


 結局佐藤さんに押し切られて隣に横並ぶ形で食事をとることになった。

 カップルになると、席も向かい合わせで座らないものなのか?

 しかし周りを見ても男女で横並びに座る座っているペアなんていなさそうだけど……


 それにもう一つ未体験なことが俺を襲う。


 佐藤さん、めっちゃいい匂いがする……

 カレーのうまそうなにおいが邪魔に思えるくらい爽やかな香りだ。


 香水か何かつけているのかもしれないが、それにしたって人間からこんなにいい香りがするものか?


「どうしたのワクミン?食べないと冷めるよ」

「あ、そうだね。いただきます」


 俺は横にピッタリ張り付く佐藤さんが気になりすぎて正直カレーの味とかはよくわからなかった。

 しかし学食に食べに来るとこんなラッキーなことが待っているのなら、たまには悪くないなと思ったのが正直な感想である。


 さっさとカレーを平らげてしまうと、また佐藤さんが俺に提案を持ち掛ける。


「週末ってワクミンは何してる?」

「え、別に何も……」

「じゃあさ、デート、しない?」

「デ、デート?」


 デートという響きに俺はひどく興奮した。

 あんなリア充のイベントをついに俺も体験できるのだと思うと、冷静ではいられない。


「す、するよ!デート」

「こらこら目が怖いぞー。じゃあデートしてくれる?」

「も、もちろんだよ」

「おっけー。じゃあデートのお礼として……何がいい?」

「お礼?」


 また交換条件なのだろうが、むしろデートしてくれて嬉しいのは俺なのに、その上なにかしてもらうなんて罰が当たらないだろうか。


 等価交換どころかやはり俺ばかりが得しているような……


「い、いいよ俺だってデート、したいし」

「えー、デートのお礼なら太もも触るくらいいいかなって思ってたけど。そっかーじゃあ何もいらないんだね」

「ふ、太もも!?」


 俺は思わず椅子から立ち上がってしまった。

 そして椅子に座る佐藤さんの太ももを高い位置から見下ろした。

 

 この太ももを、触っていいだと?

 し、しかし太ももっていったいどこからどこまでがそうなんだ?


 あのスカートの境目あたりか?それとももっと上、あの中にまで太ももは続いているのか?


 俺は佐藤さんを見下ろしながら唾を飲んだ。

 正確には佐藤さんの太ももを上から凝視しつつ口から溢れそうなよだれを飲み込んだというべきか。


 「でもワクミンは太ももを触るより見る派なんだね。じゃあ今回は交換条件はなしで」

「いる、交換条件がないとデートしない」

「へ?」

「……太もも、触らせてくれたらデートする」


 自分がとんでもないことを口走っていることくらい自覚はある。

 それでも俺は、あの太ももが触りたい。

 いつもなら恥ずかしいとか面倒だとか適当に理由をつけて諦めてしまうが、今回ばかりは諦められない。

 だから俺は嫌われる覚悟で敢えて佐藤さんにそう言った。


「そんなに、太もも触りたい?」

「……うん」

「そっか」


 あれ、少しだけ佐藤さんのテンションが下がった?

 や、やっぱりガツガツしすぎたか?変態だと思われたか?

 い、いや誘ってきたのは佐藤さんからだ……しかし、あれは冗談のつもりなんて言われてしまったらもう俺になす術はない……


「とりあえず、出よっか」


 佐藤さんはやはり先ほどまでの明るさを失ってしまい、さっさと食器を片付けて食堂を出て行った。

 俺も慌てて佐藤さんについて行きながらも、地雷を踏んでしまったのではないかと考えると変な汗が止まらなくなっていた……


 食堂を出てから校舎裏を歩く間、佐藤さんは無言だった。

 そして俺も気まずくて何も言えずにしばらくついて行ったところで佐藤さんの足が止まった。


「ここなら、誰もいないかな」


 佐藤さんはそう呟くと、振り返り俺の方を照れくさそうに見ながらスカートを少しだけ持ち上げた。


「はい、触って……いいよ?」

「え、え、え!?」


 俺はその言葉に耳を疑いその光景に目を疑った。

 もう自分の五感に対して不信感しかなかった。


 超かわいいギャルがスカートを少し持ち上げて太ももをあらわにしながら照れている。そして内股気味の足を差し出して、触っていいよなんて言ってくる。


 これが現実なのだとしたら、この世界はなんて素晴らしいのだ。

 神も仏も俺は信じるタイプではないが、今は敢えてその方々に礼を言う。

 

「どうしたの?触りたく、ない?」

「ほ、ほんとうに、いいの?」

「だって……交換条件、だもんね」

「……」


 もう俺はこのシチュエーションだけで下半身が固くなりかけていた。

 しかし交換条件とはいえ、やはりいざ太ももが目の前に差し出されると罪悪感が押し寄せてくる。


「ほ、本当にいいの……?」

「早くしないと誰か来ちゃうよ?」

「……し、失礼します」


 俺は毛穴一つ見えない透きとおった白い太ももにそっと手を振れた。


「あんっ!」

「!?」

「ご、ごめんちょっとくすぐったくて、いいよ、続き」

「う、うん……」


 佐藤さんの変な声に俺は一度手を離したが、もう一度絶対領域に手を差し伸べた。

 そして指先から脳に直接伝わってくる感触はあまりの気持ちよさで、一気に俺の脳が破壊された。

 立ったままスカートをまさぐるような姿勢はまるで俺が佐藤さんに痴漢をしているようだ。いや、これは合法、合意の上でのことだ。しかし佐藤さんが近い……もう胸も俺にあたりそうだ……


「なんかエッチだねこの姿勢って」

「う、うん……」

「ちょっと休憩、しよ?」

「え、は、はい」


 俺は恥ずかしそうにする佐藤さんを見て我に返った。

 そしてすぐに自分の右手を見てしまった。今この手が、佐藤さんの太ももに触れていたことが夢じゃないのだと確かめるようにじっと見つめた。


 もう心臓が言うことを聞かずに暴れているので頭がぼーっとしてきたのだが、すぐそばの階段に腰かけた佐藤さんが追い打ちをかけてくる。


「座った方が、触りやすいかな?」


 まるで俺の視点が鮮明にわかっているのかと言わんばかりに絶妙にその中身だけは見えない角度で足を見せてくる佐藤さんは、いつものように悪い顔をしていた。

 しかし俺はその太ももに吸い込まれていく。


 すぐに隣に座ると、まるで別の生き物であるかのように反射的に無意識的に佐藤さんの太ももへ俺の手が伸びていった。


「ふふ、二の腕とどっちが気持ちいい?」

「え、りょ、両方……」

「あー欲張りさんだねワクミン!」


 俺はもう鼻の下が ダルンダルンに伸び切ったゴムのようになっていたことだろう。

 しかし佐藤さんの言う通り、人間とは欲張りなのだ。強欲なのだ。

 

 俺はついに獲得した太ももお触りの権利に満足せず、さらなる高みを目指してしまう。

 スカートの中……少しくらいなら手を入れてみてもバレないだろうか。

 俺は太ももを触るふりをして、そっとその手を少しだけ上にずらそうとした。

 するとすぐに佐藤さんの手につかまってしまった。


「あ……」

「こらー、スカートの中はダメだぞー」

「……すみません、つい」

「それは、また次回、ね♪」

「!?」


 俺は耳元でとんでもないことをささやかれて佐藤さんの方を見た。

 しかし彼女は何事もない様子で笑っていた。


 もう何も考えられない、というか太ももしか目に入らなくなった俺は時間の許す限り一心不乱に太ももを触っていた。


 数十分に及ぶハッピータイムは俺の思考を破壊するには十分すぎた。

 もう午後の授業の事など一切記憶になく、幸せな感触に溺れていると知らないうちに放課後になっていた。


 

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