第3話 触ってもいいよ?

 俺はしばらく悶えたあと、日課の小説を書き始めた。

 ちなみに自分の中で一番流行った話はラブコメだった。

 

 閲覧数は数万回と、そこそこの知名度は持てているのではないかと思ってはいるが、一流作家の人たちと比べたらまだ遠く及ばない。

 それでもいつも応援してくれる読者が何人かいるだけでも心強い。

 

 いつか自分の書いた話が世に出て有名になって俺を馬鹿にしている奴らを見返したい、そんな気持ちでなんとなく始めた執筆活動だったがすっかりのめり込んでしまっていた。


「ええと、今日はコメントは……また書いてくれてるなぁ甘井さん」


 俺のファンと呼べる人は何人かいる。

 その一人、甘井というアカウントの読者はいつも俺の小説にコメントをくれる。


 どんな人かもわからないその人たちの為になんて大それた話ではないが、自らの承認欲求を満たす為にせっせと小説を書いていく。


「よし、今日の分はできた。アップしてから風呂に入るか」


 俺は携帯を置いて風呂に向かった。

 

 両親は仕事で帰りが遅く、一人っ子の俺はいつも先に風呂を済ませて一人で飯を作って食べる。


 今日は色々あったせいでドッと疲れが押し寄せてきた。

 溜まった湯船にゆっくり浸かり天井を見上げた。


 まず頭に浮かんできたのはやっぱり佐藤さんのことだった。

 ほんと、あんな子と一緒に帰っただけでも奇跡なのに彼女って……なんか実感湧かないなぁ。

 やっぱりなんか事情があるのか、それとも本当に俺に惚れてる?


 ……ってそんなわけはないだろ。なにせ彼女とは今日はじめましてだったのだから。


 俺はいつもより少し長めに風呂に浸かった。

 そのあと、一人でカップラーメンを食べてからまた部屋に戻り携帯を見ると、アプリから着信が入っていた。


「あ、佐藤さんからだ……」


 俺は慌てて電話をかけ直した。

 するとすぐに佐藤さんが電話に出た。


「もしもしワクミン?何してたのよー」

「ご、ごめん風呂に入ってて」

「帰ったらラインくれるって言ってたのにー」

「ご、ごめん……」


 電話の向こうから聞こえてくる佐藤さんの声、さっき聞いたばかりだけどやっぱり可愛い……

 なんだろうこの心地よさは。彼女の声からはマイナスイオンでも出ているのか?


「もうご飯食べたの?」

「うん、さっき終わったけど……」

「じゃあラインできるよね?待ってるよー」

「あっ……」


 電話を切られてしまった。

 俺はとりあえず佐藤さんに言われた通り、彼女にラインを送ってみることにした。


 ……しかしなんと送ればよいのかわからない。

 自慢ではないが、女の子とラインなんて生まれてこの方したことがない。

 

 それに彼女だと言われてもまだ本心では半信半疑である。

 そんな心許せていないほぼ初対面の女の子に何の話題を振ればいいのだ……

 しかも佐藤さんはギャルだ。ああいう明るいタイプの女の子は俺なんかと違ってみんなでカラオケ行ったりボウリングしたりファミレスで夜遅くまで語り明かしたりするのが好きに違いない。

 俺はもちろんそんなことをしないので、彼女の趣味趣向に沿うような話題は思いつかない。


 そんな感じであれこれ迷っていると、向こうからラインが先に来てしまった。


『ちょっとー、さすがに無視は傷つくぞー』


 ……怒っただろうか?

 いや、怒っていたらこんなメッセージを送ってはこないか。


 俺は気を取り直して『ごめん何を送ったらいいのかわからなかった』と返すとすぐにまた返信が来た。


『だったら返事が送れた罰として、明日の帰りに何か美味しいものおごってー』という内容に俺はまた頭を悩ませた。

 

 美味しいもの……俺は学校からの帰りに買い食いなんてしたこともないし、最近の流行りなんかも全然知らない。

 だから気の利いた店なんか紹介できるわけもないのだが、そんな俺を見透かしたように彼女から続いてメッセージが届いた。


『お店選び、明日までの課題ね!』


 そう送られてきてからラインが途絶えた。

 俺は一度ネットを開いて近くの店を検索した。


 クレープ、ハンバーガー、パンケーキにワッフルなんてものもある。


 しかし俺は甘いものといえばスーパーで買ってくるみたらし団子を食べるくらいで、特に何がオススメかと言われてもわからない。


 んー……どうすればいいものか。

 考えても知らないものはわからない。なので一度考えることを放棄した。


 明日の休み時間にでも色々調べてみよう。

 それに俺には学校に行けば友人が一人だけいる。


 しかし連絡先は知らないのだ。

 ちょっと変わったやつだから今時ラインもしていないというやつだ。

 まぁそんなやつだからこそ友人になれたのだと思うが。


 俺はそのあとしばらく小説を読み漁った。

 ラブコメを読んでいたら何かヒントでも落ちているかもなんて浅はかな考えを抱いてのことだったが、もちろんそんな都合のいい話はなかった。


 代わりにどの話を読んでも俺みたいな凡庸な主人公があれよあれよと成長して美女に追いかけられる展開ばかりだった。


 読んでいて憧れたりしたこともあったが、実際に美女が突然近づいてきたらそうすんなり受け入れられるものではない。


 そう、これは現実なのだ。だからそんなご都合主義が通用するわけはない。

 ……やっぱり佐藤さん、何かあるに違いない。


 俺は明日、もう一度佐藤さんに話をしてみようと決意してから、少し早かったが眠ることにした。



 翌朝、いつものように起きてすぐに小説のチェックをしようと携帯を開くと、佐藤さんからメッセージが入っていた。


『おはよ。一緒に登校しない?7時半に昨日の角で待ち合わせね』


 随分と一方的ではあったが、まぁ付き合っているのなら一緒に学校に行くのは当然のことだというくらいは俺にもわかる。


 なので『了解』とだけ返事をして急いで支度を整えた。


 朝食は母と一緒に食べることが多いのだが、今日はそれも断って着替えるとすぐ家を飛び出した。


 待たせては悪いからなんていうのは言い訳で、本当は少し楽しみだった。

 嘘の関係かもしれないが、もし本当だとしたら俺はまさにラノベの主人公。ここから最高の高校生活が始まるかもしれない。


 そんな淡い期待を胸に俺は待ち合わせ場所まで向かった。


 するとその場所には先に佐藤さんが来ていた。


「あ、ワクミンおはよー。早かったじゃん」

「お、おはよう……」


 生で見るとやっぱり可愛い。

 明るい髪に小さな顔、化粧のせいか少しキツめに見える目もその風貌によく合っている。

 小さな鼻と口は作り物みたいで、首なんて足首かと思うくらいに細い。


「なぁに、また難しい顔してるー。あ、もしかして太もも見てた?」

「ち、違うって……」

「じゃあ胸?いいよ、別に見るのはタダだし交換条件は有効だから」

「だからいいって……」


 羞恥心などまるでないと言わんばかりに短いスカートとはだけたシャツは俺には刺激が強すぎる……

 しかし佐藤さんの足、どうしてそんなに綺麗で細いのに触らなくても柔らかいのだとわかるのだろう。


 ……俺は彼氏、なんだよな?

 だったら、交換条件とやらで俺も佐藤さんに触れていいとか……ないよなぁ。


「ふふ、もしかして私に触ってみたい?」

「え?」

「いいよ……触っても」

「……ええ!?」


 俺は通学路で大きな声を出して足を止めた。

 散歩中の犬が驚いて吠えてくるほどに大きな声だった。


 いや、それくらい衝撃的なことを今俺は佐藤さんから聞かされた。

 触っていい、だと?

 それは一体どの部位を、どの程度触って良いということなのか?

 自然と荒くなる鼻息は自分でもわかる。

 多分すごくだらしのない顔をしていることだろうとわかっても、もう興奮がおさまらない。


「そ、それって……」

「だけど、さすがにタダとはいかないかなぁ」

「また、交換条件ってやつ?」

「そっ、わかってるじゃん」


 悪戯な笑みとはまさに今の佐藤さんの表情を言うのだろう。

 何かを企んでいるような、それでいて自信に満ち溢れたその表情はきっとよからぬことを考えているに違いない。

 しかし俺も男だ。佐藤さんに触れるチャンスが目の前にある以上、その条件を聞かずにはいられない。


「それで、条件は……」

「んーっとね、今日の昼休み一緒に学食行こ?お弁当忘れてきてるみたいだし」

「え、そんなこと……?」


 たしかに今気がついたが、慌てて家を飛び出したせいで今日は弁当を持ってきていなかった。

 しかし一緒に昼飯を食べたから触らせてくれるなんて……それって交換条件どころか俺しか徳していないような……


「どーなの?いいの、嫌なの?」

「も、もちろんそれはいいけど……」

「じゃあ決まり!はい、触っていいよ、二の腕」

「にの、うで?」


 少しガッカリした、というのが正直な気持ちだ。

 触らせてくれるといえばてっきり胸やお尻や太もも辺りを期待していた。

 そこまで現実は甘くないとはいえ、二の腕を触ったからなんだというのだ。


「あれー、触りたくない?女の子の二の腕っておっぱいと同じ柔らかさなんだよ?」

「お、おっぱい?」


 おっぱいというワードで急に佐藤さんの二の腕がエロく見えてきた。

 そこにはおっぱいと同じ世界が広がっている、というのであれば触らないわけにはいかない。

 俺は震える手でそっと佐藤さんの腕を掴んだ。


「どーお?柔らかいでしょ?」

「う、うん……」


 ……やわらけぇー、それになんかあったかい。

 なんだこの気持ちのいい手触りは。

 ああ、いつまでも触っていたい。これがおっぱいに等しい感触だというのか……


「ちょっと、触りすぎ!くすぐったいよ」

「あ、ごめん……」


 俺は慌てて佐藤さんから手を離したが、そんな俺に対して佐藤さんはまたしても悪戯な笑みを向けてくる。


「とりあえず今は二の腕で我慢してね、ふふ」


 俺はその笑顔に見惚れて、何も考えられなくなった。

 あまりに可愛かったからというだけのことだが、それだけで十分な程の破壊力だった。


 それに、今はという言葉を俺は聞き逃さなかった。

 今は、ということは今後はもっとすごいところを触れる可能性があるという解釈でよろしいのだろうか?


 俺は佐藤さんに付き合ったことの真意を確かめることなどすっかりどこかに忘れてしまい、ただただ二の腕の感触を忘れないように必死にあの弾力を頭に焼き付けていた。

 

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