第2話 一緒に帰る、ただそれだけのこと
放課後、いつもなら俺はすぐに席を立たずしばらく一人で教室に残って小説を読んでから帰るのが日課だった。
しかし今日は、唐突に出来た彼女と一緒に帰るという、いわば下校イベントが控えている。
「ワクミン、帰ろ?」
「う、うん……」
佐藤さんが俺に満面の笑みで話しかけてくる。
しかし不思議だったのは男子たちの反応である。
佐藤さんはギャル好きに目覚めた俺でなくとも普通の男子なら絶対に可愛いと思うレベルの超美人だ。
それに明るいしシャツも着崩していてスカートも短い。つまりエロい。
こんな女子をクラスのイケメンたちが放っておくはずはないと思うのだが、意外にも誰も俺たちの会話に見向きはしない。
女子友達はさすがに何人かいるようで、じゃあねと手を振ってはいたがやはり俺には目もくれず、さっさと部活にいくのか帰るのか教室を出て行っていた。
「どうしたのワクミン?」
「い、いや別に……」
「ねぇ、授業中ずっと私の足見てたでしょ?」
「え、いやだって……」
「いいよいいよ、彼氏、だもんね」
「……」
本当によくわからない。
こんなラノベでやってもあり得なさ過ぎて受けないような展開が、まさか俺に降ってわいてくるなんて未だに信じられない。
一緒に女子と教室を出て下校するなんて日が俺に来るなんて、今朝までの俺に話してもきっと信じやしないだろう。
だが今はそれが現実となった。
つまり彼氏ということはあの太もももあの胸もあの唇も、いずれ俺のものになるのかもしれない。
そう思うと急に興奮してきて息が荒くなった。
「怖い顔してるよワクミン、エロいこと考えてたでしょ?」
「あ、ごめんつい……」
「ふふ、素直だねぇ。でも、その女慣れしてない感じもやっぱり私の選んだ人だね」
「……」
今は二人でいつもの下校道を歩いている。
よく見ると、いやよく見るまでもなく佐藤さんは可愛い。
ていうか超可愛い。クソ可愛い。死ぬほど可愛い。
別に付き合っていなくともこうやって可愛いギャルと一緒に下校しているだけで俺にとっては夢のような時間だ。
しかしいかんせん俺はこんな恵まれた状況に慣れていたい。
だからひどく緊張しているし気の利いた言葉も出てこない。
「あ、あの……佐藤さんって、家近いの?」
「えー、いきなりおうちデートするつもりー?ワクミンのエッチー」
「い、いやそんなつもりは……」
「ふふ、冗談よ、冗談♪」
なんだよこれ、いやいやなんだよこれは?
彼女いる男たちってみんな毎日こんな幸せな時間を体験していたというのか?
しかもなんだこの優越感は。
俺という人間は今朝から一ミリも変わっていないのに、今はもうスーパーイケメンにでもなった気分だ。
「ねぇワクミン、ワクミンって好きなこととかあるの?」
「え、好きなこと……」
思わず俺は小説だと答えようとしたが、冷静になって一度言葉を呑んだ。
よく考えてみればこの状況はおかしい。
佐藤さんみたいな女の子が俺なんかに声をかけてくること自体どうかしているのに、その上付き合ってくれだなんてどうかしている。
これはきっと罠だ。
クラスの誰かが佐藤さんを使って俺に悪戯を仕掛けたとしか思えない。
となればだが、佐藤さんは俺の情報を聞き出して明日クラスの連中に言いふらすに違いない。
そうだ、そんないじめに巻き込まれでもしないとこんな夢のような状況が起こるはずがないんだ。
さっきのクラスの雰囲気も、本当は心の中でみんな俺のことを笑っていたんじゃないか?
そう思うと、大真面目に浮かれていた自分が途端に恥ずかしくなった。
「す、好きなことは……特に」
「なーにそれ、つまんなーい。私は結構あるんだけどなー」
「……佐藤さんはさ、なんで俺、なの?」
「へ?」
「いや、話したこともないのに付き合うってやっぱり変じゃないかなって……」
「なーんだ、そんなこと?理由なんかなんだっていいじゃん」
「……」
はぐらかされた。
もし俺のことが本当に好きなら、カッコいいとか優しいとかなんでも理由なんて言えたはずだ。
それが言えないということは……つまりそういうことなのだろう。
「あ、あのさ」
「うちのこと、嫌い?」
「……」
急にうちとか使うなよ……反則だ。
それにブレザーのネクタイを緩めてシャツのボタンを二つくらい開けているせいでさっきから胸元がチラチラ見えるんだよ……
「あ、今度はおっぱい見てた。ワクミンはほんとエッチだね」
「い、いやそれはだな……」
「じゃあ交換条件。私のおっぱい見てもいいから付き合った理由、聞かないでくれる?」
「……なんだよそれ」
「恥ずかしいこと言わせないでってこと!いーい?」
「……うん」
ダメだ、佐藤さんの可愛い顔を近づけられると何も言えなくなる。
それに、特に俺に何か危害を加えようなんて感じもないし、しばらくはこの状況を楽しんだ方が賢いのかな。
「ワクミン、ずっと難しい顔してるー」
「あ、ごめん」
「ねぇねぇ、連絡先教えてよ。ライン、してるでしょ?」
「ま、まぁしてる、けど」
「じゃあケータイかして」
俺は言われるがままに佐藤さんに携帯を渡すと、手慣れた手つきで俺の連絡先を登録していた。
「はい、送っておいたから帰ったら連絡してね」
「う、うん……」
「じゃあ私こっちだから。また明日ね、ワクミン」
佐藤さんはそう言うと、俺の家とは反対方向に向いて歩いて行った。
その姿を呆然と見ていると、途中何度か俺の方を振り返り手を振ってくれた。
俺も反射的に小さく手を振ると、遠くでもわかるくらい眩しい笑顔で笑っていた。
そして俺はまだ夢から覚めぬまま家に帰り自分の部屋に戻った。
ベッドに寝転がり携帯を見ると、一通のメッセージが入っていた。
『佐藤さんじゃなくてエリだよ!ちゃんと明日から呼ばないと怒るからね』
俺はそれを見て少しニヤけてしまった。
もちろん何か裏があるのでは、と言う気持ちは忘れてはいなかったが、可愛いギャルとお近づきどころか付き合えた現実が上回り、俺は枕に顔を埋めて一人ではしゃいでいた。
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