小悪魔佐藤さんが交換条件を出して迫ってくる

明石龍之介

第1話 小悪魔に魅入られた

 ギャルっていいよな。そんな性癖に最近目覚めた。

 スカートは短いし、健康的な肌の色に高校生らしからぬ化粧も大人っぽさを演出するし、性格だって明るくて一緒にいたら楽しそうだ。


 そんな風に思うようになったきっかけは、昨日街で見かけた女の子の影響だった。

 スカートからのぞかせる太ももがあまりに綺麗でついその子の事を見てしまった。もちろん気づかれないようにだが。


 しかも着ていた制服はうちのものだ。

 女子事情に詳しくない俺はそれが何年何組の誰なのか知らないが、少なくとも一年生の時は見たことがなかったと思う。


 うっかり同級生で同じクラスになったりしないかなとか、今度は街で偶然ぶつかって仲良くなれないかななんて妄想を今日だけで何回したことだろう。


 今日は高校二年生になって初めての登校日。始業式を控えている朝のこの時間は新クラスの面々をチェックする重要な時間だ。

 俺の唯一の友人はどうやら別クラスのようで、俺は気まずさで押しつぶされそうになりながらも、クラスの目立った女の子を、割り当てられた席に座りコソコソ見てひそかに楽しんでいた。


 和久井京介わくいきょうすけという俺の名前は気に入っている。

 普通にかっこいいと思うし、実際クラスの席割表を見た女子が一度は俺の方を確認してくる。

 そしてがっかりされる。


 俺は地味なのだ。顔は普通ちょっと上だと自負しているが、16年間女子に縁のなかった生活から植え付けられた負け組意識が日に日にひどくなり、顔を隠すために前髪も長く伸ばしている。


 そんな俺の趣味はひとつ、小説だ。

 そして将来の夢は小説家。今はWEB小説サイトで本名を名乗ってそこそこ活動しているが書籍化などは夢のまた夢だ。


 暇があればスマホで文章を打ち込むかラノベを呼んで世界に浸るかというだけの生活が俺の全てである。


 だけど女の子に興味がないわけではない。

 むしろ普通に好きだしエロ本も読むし彼女だってほしいと思っている。

 喋りが苦手だと思ったこともない。ただここまでは縁に恵まれていないだけだ。


 そんな自己防衛を働かせながらスマホ片手に女の子を見ていると、新しい担任の先生が入ってきた。


「えー、今日からこのクラスを担当する高井だ、よろしく」


 31歳独身、ハンドボール部の監督という高井は普通の青年男子で女子からも人気がある。

 俺よりもこいつの方が先に女子高生を捕まえるんじゃないかと思うくらいに女子たちは嬉しそうな悲鳴をあげていた。


 そして先生に促されてぞろぞろと教室を出て体育館へ集まった。

 始業式なんて一体誰が何のために必要と思って始めたのか、そう思うくらいに暇で中身のない時間が一方的に過ぎていった。


 クラスの男子たちは既に何人か仲良くなっている様子だったが、俺に話しかけてくるやつはいない。

 まぁそれでもなんら不便なことはないのだが、実際友人がいないのにモテる、なんて方程式はよほどのイケメンでない限り成り立たないので、本当はイケてるグループに入りたいというひそかな願望もあった。


 もちろん無理な話と分かってはいるが、誰か話しかけてこないかなと期待しながら教室に戻りホームルームに授業にといつもの学校生活が始まったが特に変わったことは起こらなかった。


 昼休み、俺は一人で弁当を食べる。

 今の席は一番後ろの一番角、更に窓際で隣の席も空いているので誰の目にも触れられることはない。


 さっさと弁当を食べ終えると、今度は小説を書きだす。

 スマホのフリック入力も慣れたものだ。一時間あれば千字くらいは書ける。

 そして新しい話をアップして読者の反応を待つ時間が俺の至福である。


「ねぇ、昨日私のこと見てたでしょ?」


 俺が集中していると、可愛らしい声が聞こえてきた。

 ふと顔をあげて横を見ると、そこには昨日街で見かけたギャルが空いていた隣の席に座ってこっちを見ている。


「ねぇ、聞いてる?私の足、見てたでしょ?」

「え……」


 この子、同級生だったんだ。まずそこに驚いた。

 それに同じクラスになるなんて俺が望んだ展開そのものだ。 

 しかし、この状況は少しまずい。昨日俺がジロジロと彼女の足を見ていたのがバレている。

 このままでは俺は変態の汚名を着せられて、彼女ができるどころか高校生活が終わってしまう……


「み、見てない……」

「あ、嘘ついた。いいよ、認めないならみんなに言うから」

「い、いやごめんなさい……ちょっとだけ、見てました……」

「よしよし、その素直さに免じて許してあげよう」


 ニコニコ笑うそのギャルはどうやら怒っているわけではなさそうで、俺はホッと胸をなでおろした。

 しかし安心していると、今度は短いスカートを少しつまみながらギャルが俺に迫ってきた。


「ねぇ、もっと見たい?」

「え、え、え?い、いや……」


 俺は思わず彼女の太ももに目がいった。

 俺を覗き込む可愛い顔の奥に見える絶妙な足とスカートの境界線は、あと数センチ、いや数ミリでその中身が見えそうだ。


 俺は唾を飲んだ。

 そして周りを見渡したが、実は今日から新しい学食がオープンするとあってか、ほとんどの生徒が学食に行っている様子で教室には数人の生徒しかいない。


「ねぇ、見てもいいよ?」

「!?」


 これはどういう状況なのか誰か説明してほしい。

 人間は今まで自分が経験してきた物事の範囲でしか想像も理解もできないと俺は思っている。

 つまり女子との接点がなかった俺にとっては彼女が一体何をしたいのかさっぱりわからないのである。


「素直が一番ってさっき言ったでしょ?ね、見たい?」

「……み、見たい、です」

「よーし、じゃあ許可する。そ・の・か・わ・り!私のお願い、聞いてくれる?」

「え?」


 覗き込んだ顔を下げて彼女は急に足を組みだした。

 もう見てくれと言わんばかりにその綺麗な太ももを俺にアピールしてくる。


「はい、見たんだからお願い聞いてもらうね。等価交換ってやつ?」

「……本当に等価なお願いなの?」

「あれ、ちゃんと喋れるんじゃん。もっと陰キャかと思ってたのにー」

「……」


 名前も知らないギャルに俺はからかわれている。

 しかしなぜか悪い気がしない。俺ってM体質なのかなと自分の性癖を探っていると足を組んだギャルが俺にこう言った。


「ねぇ、私と付き合って」

「……はい!?」


 思わず大きな声を出してしまった。

 しかし焦る俺のことなんか気にもせず、彼女は話を続ける。


「いいでしょ?足、見たんだから」

「えと、それは……」

「即断即決、男の子でしょ?」

「え、はい……」


 思わず返事をしてしまったが、これって今とんでもないことが俺に起こっているんじゃないかと思い、急に汗が止まらなくなった。


「あの、彼女って……」

「彼女は彼女。あなたは彼氏ってこと。私、佐藤エリ。エリでいいよ」

「え、えと……俺は」

「和久井京介君でしょ?だからワクミンだね!」

「わく、みん……?」


 意味不明なあだ名をつけられた。

 そしてなぜか昼休みに俺は彼女が出来た。


 何が起こったのかわからないままだったので、俺は佐藤エリと名乗る彼女に理由を聞こうとした時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。


「あ、もう授業だね。じゃあ放課後一緒に帰ろうねワクミン」

「う、うん……」


 何がなんだかさっぱりだった。

 すぐに高井が来てしまい私語もスマホも禁止されたので俺は悶々としながら、そのまま隣の席に座る佐藤さんを時々見ていた。


 彼女は特にこっちを見てくることもなかったが、気配を察してなのか時々スカートの裾をつまんでふわっと浮かせてきた。


 これが誘われているのか、からかわれているのかはわからない。

 

 しかしその白い太ももだけは夢ではなく現実にそこに存在して、俺の渇いた目を潤し続けていた。

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