答えはそう、推しチョコよ!
目の前で、夕食のデザートのプリンをはむはむと頬張っている愛らしいノインを、ガン見する。
ああ、愛しのうさぎ様がプリンをほおばっているわ! 顔を合わせるのはたったの数時間ぶりだけど、やっぱりこの世の奇跡を集めたような愛らしさ。ニヤけるなという方が難しい。
脳内はいつも通りのお花畑運転だが、外面ではしっかりと眉間にしわを寄せて、意地悪な義姉アピールを忘れない。
「ローゼリカ、どうしてそんなに険しいお顔をしているの? もしかして、このプリンがあまりお口に合わなかったかしら」
「ふむ。たしかに、少し糖分が足りない気がするな」
「お母さま、お父さま、それは違いますわ……! このプリンはとても美味しゅうございます」
焦って否定したら、部屋の隅に立っていた料理長があからさまにホッとした表情をした。毎日、私たち一家の顔色をうかがいすぎである。
まぁ、アンジェリック公爵一家は、総じて迫力のある美形でいかにもな悪役顔をしているから、彼が恐れるのも無理はないのかもしれない。
ちなみに、料理長の用意してくれる献立は、毎日文句なしにめちゃめちゃ美味しい! 前世でも日本のそこそこ裕福な家庭で暮らしていたのだけど、ゲーム世界の公爵さまは格が違うわね。
「おやおや。ローゼリカは、最近なんだか急に大人びたなぁ。好き嫌いをしないなんて偉いぞ!」
「もう。恥ずかしいからやめてください、お父さま」
十三歳なのに美味しい料理をおいしく食べるだけで褒められるなんて、人生イージーモード過ぎませんか。流石は、悪役令嬢のお母さまとお父さま。私に激甘である。前世の記憶を取り戻す前の私が、いかに、わがまま放題な娘だったのかが窺い知れる。
「では、なぜ怖い顔をしていたの?」
お母さまに問われて、目の前で、プリンを食している我が天使様に目を向ける。私の視線に気がついたノインが、ゆっくりと顔を上げた。
「ローゼリカ様? どうされましたか?」
ああっ。そんな風に可愛らしく首を傾げられたら、どうやっても顔がゆるんじゃうからやめて!
「……別に。ただ、なんとなく、あなたのことが気にくわなかっただけよ」
なんとか顔中を強ばらせながら悪役らしく吐き捨てると、彼はぱちぱちと瞬きをして、にこりと笑った。
「そうですか。僕はローゼリカ様に見つめていただけて幸せですけれども」
「っ。そういうところが腹立たしいと言っているのよ!」
「あら? ローゼリカ、お顔が真っ赤になっているわよ! 大丈夫!?」
あああ、お母さま! 変なところで便乗してこないでよ!
「っっ。フンッ。気分が削がれたわ、ごちそうさま」
話を強引に打ち切って、テーブルから立ち上がる。
そのまま前世からの習性で空になった食器を片付けようとしたら、「お、お嬢さま! そのままにしていただければ我々が片づけますので!!」と血相を変えた料理長から全力で止められた。たしかに悪役令嬢ローゼリカとしては、正しい振る舞いではなかったかもしれない。
「……では、片付けておいてちょうだい。私は一足先に失礼いたしますわ」
紅色の髪を靡かせながら、ツンとすました顔で
絨毯の敷かれた長い廊下を歩きながら、ノインが手にして帰ってきた紙袋のことを思い出した。
そういえば、今日はバレンタインデーなのだ。
この世界は、基本は西洋風の世界観でありながら、季節行事はことごとく日本式。彼が手渡されたチョコレートを持って帰ってきたように、女子が意中の相手にチョコレートを贈るのが通例となっている。まぁ、日本製の乙女ゲームが原作だものね。
バレンタインデーにすべきことといえば、ただ一つ!
意中の相手にチョコを渡す? ノン。
そんなつまらないことではない。これは言うなればそう、大切な儀式なの。オタク
答えはそう、推しチョコよ!
大好きな推しに捧げる尊いチョコ……!!
前世の私は、もちろん推しチョコを用意していた。残念ながら画面の壁を超越することはできなかったので、用意はするもののけっきょく最後は全て自分のお腹の中におさまっていたのだけど。
次元という壁を越えてしまった今世では、やろうと思えば、推しチョコをリアルに叶えられる環境ではある。
ああ、でも、ダメダメ! うかつにそんなことをしようものなら、彼が『やっぱり私に嫌われてはいない?』と考えるかもしれない。
……というか、私がノインの立場でこんなに最悪な義姉がいたら、もうとっくに我慢ならなくなってると思うんだけどなぁ。
もしかしてノインってドM属性? そうであったとしても愛おしいけど、あの儚げな見た目でドSだったらそれはそれで萌えるし推せる。
「M、S……? それって、どういう意味ですか?」
「へっ!?」
振り返れば、真後ろにきょとんとした顔をしたノインが立っていた。
うそ! うそ! 今の、声に出てた!?
バッと口元をおさえながら、目の端をつりあげる。
「私の後をつけてくるだなんて、なかなか良い度胸をしているわね。さっき気に食わないと言ったのが聞こえなかったのかしら」
「でも、僕の部屋もこっちなので」
「言い訳は見苦しいわよ」
「ごめんなさい。ところで、ローゼリカ様。オシ、とは誰ですか?」
「……は?」
不機嫌そうに眉間にしわを寄せるものの、ドレスの下の背中からは冷や汗が止まらない。
私の馬鹿馬鹿! 一体どこまで心の声を口にしてしまっていたの!?
どんどん顔色を悪くしていく私に、ノインは唇を尖らせながらいじけたように言った。
「ズルい」
「……へ?」
「その人にはチョコを用意しているんですか? 僕だって、ローゼリカ様からのチョコがほしかったのに……」
ズッキューン!
心臓を突き破るんじゃないかというほどの私の動揺に、彼の方がびっくりした……! という顔をして大きな瞳を瞬かせた。
かと思えば、次には、なぜだかとても嬉しそうに口元をほころばせた。
「残念だなぁ。ローゼリカ様の手作りチョコ、食べたかったのになぁ~」
「あああああ、うるさいうるさい! 大体、さっきプリンを食べたじゃない。それに、どこの馬の骨ともしれない令嬢からもチョコをもらってきたんでしょう? それ以上食べたら、肥えて豚になるわよ!」
「ローゼリカ様のチョコを食べて太るのなら本望です。というか、いただいたチョコは申し訳ないけれど捨ててしまいました。食べ物を粗末にして、本当にごめんなさい。押しつけられたので、断る隙もなかったんです」
「なんで捨てたの!?」
「え? だって、僕がバレンタインに食べたいのは、ローゼリカ様からのチョコだけですから」
「っっ。おこがましい! そもそも用意もしていないから!!」
耳の先まで真っ赤にして、本日二度目の自室に逃亡。
何かが、おかしい。どうしていつもこうなってしまうんだろう?
今世でもやっぱり推しチョコをひとりでかじっている私が、根本的に致命的なミスをおかしつづけていることを知るのは、これからずっと先の話だ。
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