悪役令嬢は婚約イベントを回避したい
「あらまぁ……。ねぇ、ローゼリカ。お勉強が大変なのは分かるけど、流石にこの点数はいかがなものかと思うわ」
私が初等部から持ち帰ってきた試験結果の惨状を前にして、お母さまは哀しげに息を吐いた。
「ごめんなさい、お母さま。私、どうにもお勉強が苦手で……」
「謝ることではないわ。あなたは、あのお父さまと私から産まれた天才だもの。そもそもの頭の出来が悪いだなんてことはまず考えられないわ」
おお……子供も軽く引くレベルの親馬鹿盲信ぶり。
「ただ……もう間もなく中等部に入学するのに、ずっとこの成績のままというわけにはいかないものね。実際のところ、家庭教師のベルタの教えはどうなの? 彼女の指導に問題があるんじゃないのかしら」
「待って、お母さま! ベルタの指導は分かりやすいですし、この結果は、彼女のせいではありません。すべて私の不甲斐のなさが原因ですので」
「ああ、ローゼリカ。あなたったら、まるで天使のように優しいことを言うのね。そうね、可愛いローゼリカに免じて、ベルタの処遇はもう少し先延ばしにいたしましょう。ただし、中等部に入学してからも結果を出せないようだったら、やっぱりベルタの落ち度を考えざるをえないから、そこのところは分かっていてね」
うわあ……ベルタ、ごめんねぇ。
彼女は、本当に何一つ悪くないのだ。王都でも評判の良い家庭教師なだけのことはあって、お世辞抜きに分かりやすい授業をしてくれるし、よく内容を理解できる。
悪いのは、全て、この私。
だって、試験の回答を全て正確に分かっていながら、あえて間違えることで低い点数になるように調整しているんだもの。
何の罪もないベルタへの申し訳なさでうつむいたら、前の席に腰掛けたお母さまは、どうやら私がこれから勉強に精を出さなければならないということに対して落ち込んでいるものだと勘違いしたらしい。
「そんなに憂鬱そうなお顔をしないの。ローゼリカ。あなたも、第一王子のアドルバート殿下にふさわしくありたいでしょう?」
その名前に、背筋を嫌な汗がつたる。
そう。私が必死に試験結果をコントロールするような真似までしている理由は、正にそこなのだ。
「今のあなたは、間違いなく未来の王妃に最も近い人間なのだから」
最悪だ。
だって私は、そのアドルバート殿下とは、なにがなんでも関わりたくない!!
なぜなら、彼こそが、悪役令嬢ローゼリカ・アンジェリックを追い詰める張本人だと知っているからだ。
この国の第一王子アドルバート・シェレンブール殿下は乙女ゲーム『ときめき★マジカルライフ』におけるメインヒーロー。
ヒロインのソフィアは、平民だけれども王国内でも珍しい異能力を買われて貴族ばかりが集う魔法学園に高等部から編入。なんやかんやと王太子に見初められて身分差の恋を育むのだ。
そして私、ローゼリカ・アンジェリックは、いまから四年後のゲーム開始時点でその王太子殿下の婚約者にして二人の恋路を邪魔する悪役令嬢。嫉妬の炎に身を焦がされたローゼリカは、「あなたさえ存在しなければ、全てが上手くいっていたのに……!」と闇落ちして暴走。最終的には金に物を言わせてソフィア誘拐事件まで巻き起こし、彼女に好意を持っていた王太子殿下から婚約破棄を言い渡される。
だけどぶっちゃっけ、前世の私は、このアドルバートルートをノインルートを解放するための踏み台にしか思っていなかった。本音を言えば、婚約破棄だけにとどまってくれるのなら万々歳だし私にとっての弊害はない。だけど、このゲームでは『悪役令嬢ざまぁ』と言わんばかりに婚約破棄と国外追放はセットだったし、たしか、処刑エンドも用意されていたような……ううう、身震いがする。
私が悪女を演じているのは、あくまでも、ノインのハッピーエンドのため。
無事に彼がヒロインと幸せになるのを見届けた後の人生については、いまのところそんなに深くは考えていないけれど、作家にでもなろうかしら。ノインと過ごした日々を思い返しながら、ずっと抑えこんできた萌え心を紙の上にほとばしらせるの。うん、悪くない!
そんな平和な未来のためにも、私は国外追放や処刑を甘んじて受け入れる気はこれっぽっちもない!
「本当にそうでしょうか……? 今でもこんな成績ですし、正直、国を背負って立つお方にふさわしくあれる自信もそんなにはありませんわ」
意訳:とりあえず王太子殿下だけはダメダメダメ、そいつは私にとっての破滅フラグだ、お近づきになんて絶対になりたくない! 奇跡が起こり、まかり間違ってそのまま結婚、王妃コースに突入なんてしようものなら、それはそれであまりの気苦労の多さで早死にする! 私はただのノインオタクなんだよ、王妃なんて務まる器じゃないんだから、本当に勘弁してください……!
「まぁ、ローゼリカ! いつから、そんなに奥ゆかしいことを言う子になったの? 少し前まで『未来の王妃さまになるために、私、頑張りますわ!』と張り切っていたじゃない」
ローゼリカぁ……君、実はなかなか健気な一面もあったんだなぁ。この歳から、未来の王妃になるために努力して努力してやっとのことでその座をもぎとったかと思えば、ぽっと出の平民女にあっさりとその未来を絶たれるなんて、そりゃあ嫉妬に駆られておかしくもなるのかもね。前世の記憶を取り戻した私としては、王太子殿下も王妃の座もどっちも死ぬほど興味ないどころかこっちから願い下げだけど!
それでもお母さまの前では、しょんぼりとうつむいて、いかにも自信をなくしてしまっているという風を装う。
「一度失敗したぐらいで、そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。これからもう少し頑張れば良いだけの話でしょう?」
「では逆に、これからも成績が上がらなかったら、殿下との縁も遠くなりますよね……?」
「まぁ! 縁起でもない想像をしちゃダメよ! ローゼリカは、絶対に、アドルバート殿下の婚約者になるのだから!!」
お母さまはムキになって言い張ると、「もしもベルタの指導が少しでも分かりづらいと思ったら、すぐに教えてね。もっとあなたに合った教師をすぐに見つけてくるから」と微笑んで、私の部屋から退室した。
目の前に広げられた、×の多い試験結果は、全科目ちょうど平均点以下程度。まさに勉強が苦手な子が持って帰ってきそうなテスト用紙を見つめながら、ニヤリと口の端をつりあげる。
ようし。作戦はうまく進んでいるわ!
このままうまく落ちこぼれを演じきれば、破滅フラグとの婚約を回避できる!
ベルタには少し申し訳ないけれど、優秀な彼女ならば、アンジェリック家から解雇されたところで引き手数多だろう。そうなったとしてもベルタの経歴に泥を塗るようなことにはならないように、後で根回しはしておこう。
この世界の教育水準は、ハッキリ言って、前世よりもだいぶ低い。
なにせここは、イケメンとの恋愛を楽しむ乙女ゲームの世界なのだから当たり前といえば当たり前だった。ゲーム制作会社が、学業パートを細かく作りこむ必要は皆無だものね。
だからこそ、前世で曲がりなりにも大学受験に合格をしていた私にとっては全ての試験があまりにも簡単すぎた。正解を全て把握しているからこそ、点数をちょうど平均点以下に調整するなどという芸当ができている。ちなみに平均点以下になるようにしている理由は、これ以上悪い結果を取ってしまうと、今度は補習という面倒なイベントが発生するからだ。
分かりきった内容の補習なんかにかまけているぐらいなら、少しでもノインの綺麗なお顔を眺めていたいもの。
その時、部屋に控えめなノック音が響き渡った。
「ローゼリカ様。お部屋に入ってもよろしいですか?」
ノインだ……!
あの子はいつも、はからったかのようなタイミングで現れるところがある。
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