溢れ出る萌え心を押し殺しクールな悪役を演じていたのに、実は心の声を読まれていただなんて聞いていません!
久里
彼女は今日も気がつかずに空回り続ける
「ローゼリカ様。ただいま、帰りました」
「まぁ。その紙袋は、もしかしてチョコレートかしら? 甘ったるい匂いが鼻につくわね。それにしても、あなたのようなみすぼらしいガキにも、バレンタインデーにチョコレートを恵んでくださる心優しい女の子が存在したなんてね」
いきなり罵詈雑言を吐く私をぼんやりと見つめるその少年は、生きる奇跡だ。
透き通るような美しい銀の髪に、ルビーにも劣らない大きな瞳。
ああ、なんて可愛いの。まるで、うさぎのよう。
やばい、無理……ッ!
今日も今日とて、私の義理の弟ノイン・アンジェリックが尊すぎる!
……けど、ここでニヤけたら台無しなので、必死にこらえる。
今の私は、なんといっても、悪役令嬢ローゼリカ・アンジェリックなのだから。
「まぁ、あなたって、見てくれだけはいいものね。でも、調子に乗っては、ダメよ? あなたが好かれるのは顔が良いから、ただそれだけなの。その顔の良さで多少はチヤホヤされるかもしれないけど、しょせんは最初だけよ。あなたって中身は、すっからかんなんだもの」
本当は、あなたの価値が顔だけじゃないってことは、この私が一番よく分かっている。
心を押し殺さざるをえないほど、辛い思いばかりしてきたであろうあなた。前世の私は、まるで人形のようにちらりとも感情を見せないその姿に興味を惹かれたの。
ノインが笑う姿を見てみたい、って。
けど、実は、前世の私は彼を攻略する前に死んでしまった。
悪役令嬢の義理の弟であるノインには、攻略制限がついていたのだ。
私は、最推しを攻略できなかったという人生最大の無念を胸に抱きながら、事故死した。そして、次に目を覚ました時には、乙女ゲーム「ときめき★マジカルライフ」の世界に転生していた。
ノイン・アンジェリックの義理の姉として。
「フン。無口で、ぼうっとしていて、何を考えているのか分からなくて、本当に薄気味悪いわ。あなたは、永久に誰からも愛されないわね」
大丈夫。
数年後には、この世界のヒロインときっちり真実の愛に目覚める予定だから。なんとしてでも、この私がヒロインにあなたを選ばせて、幸せにしてみせるから!
でも、ごめんね。そのためにも、今は、意地悪な義姉(※私)に精神的な屈辱を味わせつづけられて女性不信に陥らないといけない時期なの。
「ちょっと。いつまで、そこにボサッと立っているつもりなのかしら。さっさと私の視界から消えてくれる?」
いわば試練の時。乙女ゲームのヒーローには、闇がないといけないって相場が決まっているからね。あなたは、私にいじめられて女性不信に陥ってこそ、これから現れるヒロインと幸せな恋を育めるの。
最近、不幸な事故で両親を亡くしたばかりの彼はただでさえ辛いだろう。その上、引き取られることになった遠縁の家で、強烈に性格が悪い三つも年上の女に虐げられることになるなんて。ああ、かわいそうなノイン……。
それまで特に表情を変えることもなく私の嫌みを聞いていた彼が、初めて言葉を発した。
「前々から思っていたのですが、ローゼリカ様は不思議なお人ですね」
「不思議? それは嫌味かしら」
「いいえ。そのままの意味です」
まぁ、なんの心当たりもなく罵られつづけているのだから、不思議にも思うのも当然かもしれないけど……。
ノインは、もらってきた紙袋をテーブルの上に放り投げると、豪奢なソファにふんぞりかえる私の目の前までやってきた。
あ、ダメっ。そんなに間近でじいっと見つめられたら、無理!
「僕は、ローゼリカ様のことをもっと知りたいです」
「み、身の程をわきまえなさいっ。ちょっとっ。これ以上、近づかないでよ!!」
ドキドキしすぎて過呼吸になるからやめて!?
彼は慌てる私のことなどおかまいなしに、綺麗な顔を近づけてきた。
「ローゼリカ様は、本当に僕のことがお嫌いなんですか?」
「だ、だからっ、さきほどから、散々そう言っているでしょう! 気持ちが悪い」
「でも……。僕は、ローゼリカ様のことが好きですよ?」
「はあ? ……す、好き!?!?」
この子はいったいなにを言い出すの!?
私はあなたの憎き敵なのに! こんなに酷いことしか言っていないのに!!
驚いて目をぱちくりさせる私に、彼はふわりと微笑んだ。
「だって、口ではなんといおうと、ローゼリカ様はいつも僕に優しくしてくれるじゃないですか。『甘いものを食べすぎると太るから、あなたにもあげるわ。ぶくぶくと肥えて、誰にも見向きもされなくなりなさい』と言って何度も高級なお菓子をくれたり、『そんなレベルの低い宿題も分からないなんて、あなたって本当にお馬鹿さんね。アンジェリック家の品位にも関わるから、この私が特別に教えてあげるわ。光栄に思いなさい』と言って丁寧に教えてくださったり……」
やっばい……! もしかして、嫌がらせをしていたはずが、ただ甘やかしているだけになっていた? しかも、まさかの当の本人にもそのことを薄々気がつかれている!?
「か、勘違いしないでよね! 私は、あなたのことなんて、目にも入れたくないぐらいにだいっっっきらいなのよ!」
「でも、お顔が、真っ赤になっていますよね?」
「こ、これはっ、そのっ、ド、ドキドキしているとかそういうわけではなくて、そのっ……あ、あまりにもあなたが無礼なことを言うから怒っているのよ!」
「ローゼリカ様は、素直じゃないです」
「~~っっ! 調子に乗るのもいい加減にして!!」
そろそろ心臓の限界だったので、さらにくっついてこようとしたノインから離れて、自室に引きこもった。胸の鼓動は鳴りやまない。十歳の子供にドキドキさせられるなんてどういうことだ、しっかりしろよ、十三歳。前世で生きてきた分もあわせたら……いや、それは考えないでおこう。
おかしい。こんなに嫌がらせをしているのに、全く女性不信になりそうな気配がないどころか、むしろ嬉しそうに見えるだなんて……。
早く軌道修正をしていかないと、あの子がハッピーエンドに向かう上で、おかしなことになるじゃない!!
*
顔を真っ赤にして自室に引きこもってしまったローゼリカは、転生者ではあるものの、前世にノインルートを攻略できなかったがゆえに肝心なことを知らなかった。
ノイン・アンジェリックが、実は他人の心を読むことができる能力を持っているという重要な事実を。
ローゼリカが逃げ帰ったことで、一人部屋に取り残されたノインはまだ彼女の温もりがかすかに残るソファに腰掛けた。
「いつものことながら、ローゼリカ様は、僕のことしか考えていらっしゃらない」
前世だとかヒロインだとか、正直、彼女の思考回路のうちの半分以上は全く意味不明なものだけれど。
ローゼリカの心だけは、見えてしまっても、嫌じゃない。
むしろ、いけないと分かりながら、覗いてみたいと思ってしまう。
誰のことも心の底からは信じられなかった中で、そんな風に思わせてくれたのは、彼女が初めてだった。
「ローゼリカ様。あなたが何を目論んでいようと、僕は、とっくにあなたにしか興味がないんですよ」
――だから、責任を取ってもらいます。絶対に逃がしません。
その呟きは、天使のように愛らしい少年の口の中で溶けた。
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