赤い靴
霧野
第1話 おうち時間
もともとインドア派で、本さえ読んでいれば幸せな人間だった。
幼い頃から本が好き。休みの日には朝から晩まで読書漬け、親に怒られても隠れ読み。学校や市の図書館も常連で、近所の本屋の全てで店員と顔なじみ。活字中毒とまでは言わないが、読むものがなければカタログや取説、ペットボトルのラベルまで読み込む始末。
そんな自分だから、外出自粛なんてどうってことない。こんなご時世になるずっと前から、休日にもどこへも行かず、お誘いもなるたけ断り、おうちで読書。誰に言われずとも、自粛生活していたわけだ。
先取りだ。時代を先取りしすぎている。先取りしすぎて目眩がするほどだ。
もし本が無くても大丈夫。今はネットでいろいろ読める。なんて良い時代。
読みたいものが無いなら、自分で書いちゃえばいい。せっかく書いたなら、発表しちゃう? しちゃおうかな。………ハイ、できちゃった。なんて良い時代。
特に寂しくもない。
家族と住んでいるし、友人には画面越しに会える。電話やメールもある。何の不都合もない。というか、友達なんてほとんどいない。こんなご時世になるずっと前から、数少ない友人とは滅多に会わないし、会話もほぼネット経由だった。
先取りだ。時代を先取りしすぎている。先取りしすぎて動悸がするほどだ。
とはいえ、ずっと家の中にいたのでは体に悪い。心の方は全く問題ないが、健康のために多少は太陽光でも浴びるべきだろう。こっちだってもういい大人である。子供の頃のように怒られるのはなるべく避けたい。
というわけで、さっそくお出かけ準備。
まずはネットショップを覗く。
生粋のインドア派であるわたくしとしては、お出かけするにも「餌」が必要だ。
「お出かけ用の〇〇も買っちゃったことだし、まぁ行くか〜」という理由付けがないと、面倒で外へ出る気になれないのだ。
自分の足で買いに行くという選択肢はもとよりない。だって、目の前に商品が山ほどあるのだから。
出不精だ。出不精をこじらせている。こじらせすぎて頭痛がするほどだ。
目が疲れた。パソコンを見すぎた。
欲しいものが多すぎるし商品が豊富すぎて選びきれない。
ここはひとつ、お絵描きでもして気分転換してみよう。絵は上手くもないが、苦手でもない。どちらかというと好きな方だ。スケッチブックも36色の色鉛筆もある。なんと用意のいいことだ。
インドア派をなめちゃいけない。こちとらおうち時間のプロである。
出不精だ。出不精を極めている。極めすぎてもはや歩き方を忘れるほどだ。
手が疲れた。久々に描いたから。姿勢が悪かったのか、背中も痛い。
こうなったらもう、妄想しよう。パソコンを閉じてスケッチブックも閉じて、目も閉じて。
妄想なら得意だ。何だってできるしどこへだって行ける。空だって飛べる。ひとりでできるし、おまけにお金もかからないときた。妄想こそ、インドアの真髄なのである。
……いつの間にか、眠ってしまっていた。妄想の唯一の欠点がこれである。
だが、目の疲れも手の疲れも治ったようだ。背中もずいぶん楽になった。物事には全て、光の面と闇の面があるということだ。そして私は、都合の悪いことには目をつむり物事の良い面を見るのが得意だった。
そろそろ夕食の時間だ。キッチンから、お出汁のよい香りが漂ってくる。
結局今日は何もしなかったけれど、それはそれだ。いや、逆におうち時間を満喫したとも言えるのではないだろうか。さすがはおうち時間のプロである。
そして、無為に過ごそうが有意義に過ごそうが、ご飯はいつだって美味しい。
お出かけの準備は明日にしよう───
赤い靴を買った。
ブランド品でもなんでもない、その辺のホームセンターなんかで売っていそうな、安物のスニーカー。
でも、かっこいい。
全部、赤。真っ赤っか。靴ひもも赤で、靴の内側もみんな赤。ソールだけが白。
速そう。もう見るからに速そう。なんならちょっとおめでたい感じもする。かっこいい。
当初の目論見通り、出かける気力がふつふつと湧いてきた。
だが靴はまだ、届いていない。
(締め切り過ぎちゃいましたが、せっかく書いたので投稿しました)
赤い靴 霧野 @kirino
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