逃げろ逃げろ逃げろぉ〜!!捕まったらマジやべぇから。

GK506

逃げろ逃げろ逃げろぉ~!!捕まったらマジやべぇから。

 それは、ほんの軽い出来心であった。


 上手くいかない人生に腹が立っていた所に、路上駐車されている高級車ランボルギーニが目に入ったものだから、つい鬱憤うっぷんをはらす為に、


 『交通ルール守れやぁ、カスがぁ!!』


 と、その車を渾身こんしんの力で蹴っ飛ばしてしまった。


 『Hey!!What are you doing?』


 と声を荒げて登場したのが彼だった。


 身長は優に2mを超え、腕は俺の胴よりも太い、サングラスをかけたナイスガイ。まさしくリアルターミネーターである。


 彼を目にした時、俺は思った。


 人生オワタ。


 気が付いた時には俺は駆け出していた。


 確かに俺の人生は終わっている。


 しかし、こんな俺にも、いや、こんな俺だからこそなのか、神様は無尽蔵むじんぞうのスタミナと世界レベルの足の速さを与えてくれた。


 この俺に、あんな巨体のモンスターが追いつける訳がないだろうという俺の淡い期待は、しかし、あっという間に消し飛んだ。


 後ろを振り返った俺の目に、猛スピードで俺を追いかけてくる、見たこともないくらい綺麗なフォームで爆走するモンスターの姿が飛び込んできたのだ。


 おいおい、嘘だろう?


 俺は、今までの人生で自分よりも足の速い人間に出会った事がない。


 彼は、突如として綺羅星きらぼしの如く現れた、俺よりも足が速いかもしれない存在であったのだ。


 世界って広いんだなぁ~。


 そして俺は思った。


 人生オワタ。


 しかし、絶望する心とは裏腹に、俺の足は水を得た魚の様にどんどん加速する。


 まるで、未だかつて現れた事のなかった好敵手ライバルの出現に喜んでいるとでもいう様に、今まで見せた事の無い速度で動く俺の足は一体どこまで加速するのであろうか?


 あれ?おかしいな。


 モンスターに追いかけられる恐怖で心が押し潰されそうであるはずなのに、俺の顔は自然とほころんだ。


 俺は今、どうしようもなく生を実感している。


 あぁ、走るのってこんなにも楽しかったのか。


 でも、せっかく走る喜びを知ったのに、あのモンスターに追いつかれたなら、その瞬間にジ・エンド。俺の人生はおしまいだ。


 『くそがぁ~。死にたくねぇ~!!』


 俺はもう、ペース配分を考えるのをやめた。


 ただガムシャラに、今出せる最高速度で走ろうと心に決めた。


 この先は神様が決める事だ。


 神様がくれたこの才能で、もし俺がモンスターから逃げ切れなかったのなら、その時が俺の寿命なのだろう。


 その時は、ジタバタせずに、大人しく死を受け入れよう。


 目の前がぼやける。


 肺が痛くて痛くて堪らない。


 もう、足の感覚は無くなっている。


 でも、なぜだろう?


 今まで生きて来た16年という人生の中で、今が最高に楽しくて、最高に幸せだと感じている俺がいる。


 あぁ、空ってこんなに綺麗だったんだ。


 どうして今まで気付かなかったんだろう?


 俺はついに全体力を使い果たし、アスファルトの上に大の字になって青空を見上げている。


 その俺を、モンスターが見下ろす。


 『もういい。煮るなり焼くなり、お前の好きな様にすればいい』


 体の感覚は無くなって、息が上手く吸えない。

 

 惨憺さんたんたる状態であるのに、今、俺の心は幸福で満ち溢れている。


 間違いなく、今が俺の人生の最高の瞬間なのだから、今ここでこの命が終わっても悔いはない。


 『何してる?殺すのなら早く殺せよ』


 俺を見下ろすモンスターは肩をすくめるジェスチャーをした後で、


 『ナンデワタシアナタヲコロスデスカ?コロスリユウガアリマセン』


 『いや、俺はあんたのランボルギーニを蹴っただろうが?』


 『アレハワタシノクルマデハアリマセン。タダ、アナタガクルマヲケリトバシテイルノヲミタノデ、コエヲカケタダケデス』


 『じゃあなんでこんな所まで追いかけてきた?』


 『ソレハアナタノアシガ、トンデモナクハヤカッタカラデス』


 『はっ?』


 何を言っているんだコイツは?


 足が速かったから追いかけて来ただって?


 犬か何かなのかコイツは?


 『ワタシハコウイウモノデス』


 モンスターが名刺を差し出す。


 英語で書かれているので、詳細には分からないが、何かのスポーツのコーチであるらしい事が、俺のつたない英語力でも何とか理解する事が出来た。


 『コノクニノダイガクヘシサツニキテイタノデスガ、マサカ、コンナトコロデダイヤモンドノゲンセキニデアエルトハ』


 モンスターが大げさに感動を現すジェスチャーをする。


 一体、アメリカ人というものは、皆こうなのだろうか?


 『セイカツヒモ、ガクヒモ、ワレワレガゼンガクフタンスルノデ、ゼヒアメリカニキマセンカ?』


 モンスターが俺へ手を差し出す。


 はっ?何言ってるのコイツ?


 俺が、アメリカ?


 急にそんな事言われたって……。


 『チョウジョウノケシキヲミタクハアリマセンカ?アナタハダレヨリモタカイケシキヲミルコトガデキルカモシレナイ、トクベツナギフトヲモッテイル』


 世界は広い。


 世界には俺よりも足の速い奴がいるのだろうか?


 そんな奴等と勝負したら、今日感じた様な気持ちを味わえるのだろうか?


 だとしたら、迷う理由なんて一つもない。


 『OK!!わかったよ。契約成立だ』



────

 

 そして4年後。


 俺は今、世界中の人々が注目する大舞台に立っている。


 走って走って走りまくる。


 天辺に辿り着くまで、この俺はもう誰にも止められない。


 陸上ここが、俺の生きる場所なんだ。



         おわり

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