ランナー00 迷宮からの帰還

 冒険者ギルドの所属パーティをランク順に並べたボードの横に、迷宮攻略や依頼受注の現況がチョークで書かれた黒板がある。

 ツィオンは、その黒板の一行を目にとめて、渋い顔になった。


 その内の一行には『迷宮攻略中:第九層』が慌てたように擦って消され、『未帰還:五、帰還:一』と上から書きなぐられている。


 パーティ名は『トライホーン三本角』、Dランクのパーティで迷宮の第九層から第十層への挑戦は、妥当と思われていた。


 『トライホーン三本角』のリーダー、ジョシュアの魔法使いマジックユーザーとしての実力は、もうすぐBランクに届こうとしていたし、リーダーとしての指揮能力は、ツィオン自身が鍛えたものだ。フラッシュも、ダグラスも、戦士ファイター僧侶クレリックとして、その脇を支えるに十分だから、三人を独立させた。

 第十五層まで攻略して、Cランクのパーティになるのも時間の問題だと、楽観視していた。


 ツィオンは、キャティとアルベルトに

「俺が行ってくる」

 とだけ告げて、ギルドの奥に向かった。


 ジョシュアがパーティを全滅させて生き残ったのなら、なぜ仲間を助けられなかったのか尋ねなければならないし、フラッシュか斥候スカウトとして参加していたファイアあたりが生き残ったのなら、ジョシュアの最期がどうだったのか知りたい。


「『ケルベロス地獄の番犬』のツィオンだ。入るぞ」

 Aランクの槍士ランサーで、Bランクパーティ『ケルベロス』のリーダー、ツィオンが来た理由を、ギルドの職員は皆わかっていた。直弟子と言うべきパーティ『トライホーン三本角』が一人の生存者を残して全滅したのだから、確認しに来ないわけがない。

 ギルドの救護室に入って、ツィオンは、ギルドマスターがツィオンを呼ばなかった理由を理解した。

 簡易寝台の上に運び込まれていたのは、ツィオンが想像した誰でもなく、手足がまだ痙攣している少年だった。右手は折れた片手剣を、左手は折れた槍の残骸らしい棒を血の気が引くほど握りしめており、二人の職員が両手の指を無理矢理剥がして取り上げた。力尽きる寸前まで走り続けたせいか、パーティ全滅の恐怖からか、全身にすごい汗をかいている。ポーションと水を飲ませようとしているが、上手く飲めない様子だ。これでは、事情聴取も難しいだろう。


 見習い弓士アーチャーのモリスと見習い槍士ランサーのゴンザレスを入れて、役割分担と連携を教えていると聞いたのは、半年近くも前か。迷宮にも数回入って、第九層まではついてこれるようになったので、そろそろ第十層に挑戦する、と聞いてからも、半月は経っている。

 少年は槍士ランサーだから、ゴンザレスの方だったなとツィオンは思い出す。彼がツラいのは、これからだ。仲間が全滅したトラウマを乗り越えて、冒険者が続けられるのか。仲間に救われ、命を繋いでも、冒険者を続けていれば、仲間を見捨てて一人逃げた臆病者、逃亡者と後ろ指を指す者は、どこにでもいる。


 少し落ち着いて、ポーションと水を飲めるようになると、ゴンサレスは、咳き込みながら状況を話し始めた。

 第九層まで二回連れて行かれたが、三回目の第九層は通過点で、第十層の攻略に挑むと聞いて、胸が躍った。思えば、より慎重に進んでいたのだと思うが、新しい層の攻略に参加していることで浮足立っていた自分が、考えなしに突っ込んで行ったことで陣形が崩れた。自分を庇ってフラッシュさんがダメージを負い、ダグラスさんもジョシュアさんもモリスも前に出て来てしまった。ストーンゴーレムなんて、フラッシュさんとジョシュアさんなら倒せないはずはなかったのに。二体目のストーンゴーレムが起動した、とファイアさんが警告した時には、フラッシュさんとモリスはもう倒れて動かず、陣形を立て直せなくなっていて、ダグラスさんが自分を回復して、お前だけでも逃げろと言われた。そのまま、無我夢中で迷宮の入口まで走り続けた、と。


 フラッシュとモリスが、死んだのかどうかも、確実ではないし、実際に、パーティが壊滅したのを見たわけでもないが、その状況では、確かに、態勢を立て直せたとは思えない。

 生き残りを選んだんだな、ジョシュア。そして、実力のある自分たちではなく、未来のある若い仲間が助かる可能性を選んだ、とツィオンは一人納得する。

 ジョシュアがそれを選んだのには、ツィオンの教えが影響している。他のパーティなら下級者を切り捨てて上級者が生き残るという選択肢を優先することが多い。

 ファイアですら帰還できなかったとすれば、それだけ切迫した状況だったはずで、むしろゴンザレスが帰還できたことの方が、奇跡だ。

 この少年が敵前逃亡とかの卑怯な振舞いで逃げ出したのなら、最初に死ぬのは彼の方だろう。自分のランクに不相応な深さの階層で、上級者であるジョシュア達から離れて、単独行動など命取り以外の何物でもない。


 一通りの聴取が終わったのを見計らい、ツィオンはギルドマスターに声をかける。

「第十層まで行ける荷運びポーターは何人揃えられる? アイテムボックス持ちが居たら、申し分無いが。それと、第十層のストーンゴーレムの出没地点のマップも頼む」

 遺体は迷宮の魔物どもに食い荒らされてる可能性も高いが、遺体か遺品があるならできるだけ回収したい。予定外だが、ケルベロスの行けるだけの面子を揃えて、今から迷宮へ潜るつもりだった。


「俺が、案内します」

 ツィオンとギルドの職員たちが驚いて、ゴンザレスを見る。

「ゴンザレス、気持ちはわからないでもないが、無理はするな」

 ギルドマスターは、厳しい口調で諭す。

「それと、スリープ誘眠が使える魔法使いを一人頼みたい」

 ギルドマスターはツィオンに向き直り、怪訝な顔をする。ストーンゴーレムに、スリープの呪文?

「ゴンサレス、ポーションと水を飲み干したら、何かを無理矢理にでも食って、魔法使いが来たらスリープで寝ろ。二時間後に起こす。その時に、ちゃんと自分の頭で考えられるようになっていたら、連れて行く。わかったな?」

「ツィオン、何を勝手なことを」

「マスター、こいつにとっても、俺にとっても、これは大きなチャンスなんだよ。先々、ずっと、あの時、もっと何か自分に出来たんじゃないかと悔やみ続けるより、あの時、自分に出来た最大限を尽くしたが、そこまでだったという、冷たい現実を手に入れる方がいい。身も心も削るだろうがね」

 ギルドマスターは口を閉ざし、ギルド職員へ、ツィオンの言うとおりに手配するよう頷いた。


 二時間後にゴンサレスは起こされ、寝る前に食べ残していた固いパンを冷めたスープに浸け、無理矢理腹に押し込んだ。

 ギルド職員に指示され、ツィオンが用意してくれたらしい、古びているが頑丈そうな靴と革の胸当てを着け、槍より少し短い木の棒を握る。戦えないとしても、杖にすがって一人で歩け、と言うことなのだろう。


 ギルドの前には二台の馬車が用意され、既にツィオンは乗り込んでいた。

「本当に行けるか?」

「行きます。行かせてください」

「では、乗れ!」

 ゴンサレスは、ツィオンの伸ばした手を取り、馬車に引き上げられる。


「今回は、『トライホーン』の遺体か遺品の回収が、目的だ。第十層まで最短コースで往復する。報酬は、俺たち『ケルベロス』が出す。可能な限り戦闘は避け、生きて戻ることが、最優先だ。そう心得てくれ」

 迷宮の入口で念を押し、ツィオンはみんなが頷くのを待って、迷宮突入の合図を出した。


「道案内は頼むが、武器も無いし戦えないだろうから、俺のすぐ前で、俺の槍の穂先より前には出るな」

 ツィオンの指示に従い、ゴンサレスはフラッシュから習った通り、前衛の攻撃範囲に被らず、後衛の射線を塞がないよう、斜め前に位置する。


 ゴンザレスは、第一層から第二層へ、第二層から第三層へと危なげなく進む。

 昔、ファイアに教わった通り、罠のある場所を避ける時は、後ろの仲間が気付くように、少しオーバーに動いて見せる。『ケルベロス』のメンバーはもとより、今回加わった四人の荷運びポーター達も、支障なくついて来ている。


 ランダムに遭遇する魔物は、ツィオンの槍か、キャティかアルベルトの呪文の一撃で片付け、パーティは本当に最短で第九層から第十層への階段に辿り着いた。

 小休止の後、第十層へ降りる。


 第十層に着いてからも、迷いなくゴンサレスは進み、ある扉の前で止まる。


「ストーンゴーレムが少なくとも二体、近づくと起動しました。部屋の奥行きからすると半分も入っていなかったので、四体いても不思議じゃありません」

「アルベルト、意見は?」

「第十層のボスがいる部屋は、別のはずだが、変異して第二のボス部屋になってるのかも知れない。ストーンゴーレム四体とボスが一体はいると想定しよう。後は、『トライホーン』の遺体を狙う、屍肉あさりスカベンジャー系がいるかもな」


 槍士のツィオンは突撃するリーダーなので、後衛の指揮は魔法剣士のアルベルトが執る。魔法使いのキャティと僧侶のリーミン、斥候兼弓士のマールが続く。


「ゴンサレス、お前は、自分が戦える状態じゃない自覚はあるな?」

「……はい」

「荷運び達と、ここで待機だ。扉は開けたままでキープ、外に逃げる魔物は追わなくていいし、むしろ荷運び達に危害が加わらないように捌け。外に魔物が来た時だけ荷運び達と一緒に中に入って、扉を閉めろ。出来るな?」

「やります」


 扉を開けると、一番近い遺体に覆い被さる影が見える。

屍食鬼グールだ! リーミン!」

 すかさず僧侶が死霊祓いターンアンデッドを唱える。

 一体は発っせられた聖なる光に照らされ、灰になって消える。

 二体の屍食鬼は叫びをあげて奥へと逃げて行くが、ずしんと重い音が響き、ストーンゴーレムを起動させてしまったことがわかる。

 こうして、手順と段取りは、いつでも狂っていく。


「屍食鬼を相手にする手間が省けたな」

「ストーンゴーレム四体同時はマズいよ、幸いフロアボスはいないようだけど」

 ツィオンを筆頭に、『ケルベロス』のメンバーは軽口を叩きながらも、ぐんぐんと奥に進み、鮮やかな連携でゴーレムを削り、ゴーレムのコアに止めを刺して行く。


 中でもツィオンは、槍に闘気をまとわせ武技を使って、一撃で確実に一体づつ仕留めていた。

 これが実力の差というものなのだと、ゴンザレスは思った。


 屍食鬼にいくらか食い散らかされていたものの、無事に遺体と遺品を回収し、『ケルベロス』一行は、再びゴンザレスの先導で迷宮の入口へと戻って行く。


 途中、水と軽食を配られ第四階層で小休止を取る。

「ゴンザレス、冒険者を続けるかどうかはまだ決められないか? 武器も何もない状況で戦士や槍士を続けるのは難しいし、心を決めて武器や装備を買う金を貯めるまで、俺のところケルベロスの雑用係・使い走りランナーでもやってみないか?」


 使い走りランナー、今の俺にできるのはせいぜいそれくらいか、とゴンザレスは思った。


 恩人たちの恩人が、生き残りの自分にかけてくれた情けだ。今のゴンザレスに、他の選択肢は、見えなくなっていた。

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