ランナー・オブ・ケルベロス

大黒天半太

ランナー・オブ・ケルベロス 序章

 最下級の役人や兵士を、ランナーと言う。ろくな装備もスキルも無く、ただ上役に使いっ走りをさせられるだけ、だからだ。


 いや、役人なら、今は使いっ走りをさせられていても、命を落とすことはそうそう無いだろうし、兵士だって、なんなら数年生き残れれば、今度は下っ端に使いっ走りをさせる側になれるかもしれない。


 そしてどうしようも無いのが、冒険者の下っ端ランナーだ。

 本来、戦士ファイターなり荷運びポーターなり、自分のスキルと最低限の装備を選んだ形で冒険者や探索者の仲間入りをするのだから、そこでの役割があるものだ。

 つまり、冒険者の下っ端ランナーは、最低限の駆け出しビギナーから、更に下に落ちた者がなるのである。


 そう、それは俺、または俺のような半端者のことだ。中堅冒険者のパーティ、チーム・ケルベロスになんとか拾われ、文字通りの雑用だけこなして、食って行くだけで精一杯の毎日。



 こんな俺だって、五年前、十二歳で冒険者ギルドに登録した時は、戦士ファイターだったし、なけなしの金で革の盾も買った。身寄りもなく、親の形見の片手剣くらいしか持ち物のない人間に、選べる職業は、これくらいしか無かったとも言うが。


 Fランクの駆け出し仲間でパーティを組んで、採集だの初級レベルのモンスターの討伐だの、隣の都市までの隊商の護衛だのを繰り返し、半年後には貯めた金で槍を買った。

 将来は、槍士ランサーになろうと思っていた。城塞都市の衛兵は、ほとんどが槍士ランサー弓士アーチャーで、時々補充の採用試験があるからだ。

 弓士には、弓の他に当然矢が必要で、それを買う金も自作するスキルも無いので、由緒正しい貧乏人である俺の選択肢は、やはり限られるのだ。


 全員がEランクになると、CランクDランクの冒険者のパーティに誘われる者や自分から参加を志願する者が現れる。自分より上級者について行って、一ランクも二ランクも上の依頼をこなすことで、ランクアップの機会も、スキルの成長も、もちろん報酬も、かなり変わって来るのだから、当たり前のことだ。


 駆け出し仲間のパーティは解散し、先輩冒険者たちのパーティにアピールして、欠員や補欠として採用してもらい、それぞれの道を進むことになる。魔法使いマジックユーザー僧侶クレリックは、その欠員があるパーティには大歓迎されるが、戦士ファイターは、あくまで実力を見るための補欠採用が多い。そこここで必要とされる実力を持つ戦士ファイターは、大体すぐに補充できるからだ。


 Dランクのパーティに受け入れてもらった俺は、先輩戦士からは戦闘訓練、リーダーの魔法使いからは、陣形や戦法の中での自分の立ち位置ポジションを学び、荒野フィールド迷宮ダンジョンでの基本行動を叩きこまれた。

 迷宮ダンジョンにも二度入って、教わったことを実践できている自分に、成長を感じていた。


 そして、その時は来た。

 三度目の迷宮探索、前回より深い層へ行くと言われて、俺は高ぶったのを覚えている。

 より慎重になっている先輩たちをよそに、俺は明らかに浮き足だっていた。

 いつものように先輩と交互に前衛を務め、前方に見えた大型の影に、オークかホブゴブリンかと、真っ先に飛び込んで、槍を奮う。

 後衛の矢や魔法が当たりやすいよう、動きを止めるために、下半身、下腹部から脚を狙うが、次の瞬間、槍の穂先がガリガリと嫌な音を立てて火花を散らす。

 先輩戦士の怒鳴り声が、言葉に聞こえないほど、俺は狼狽えうろたえていた。


 ストーンゴーレムだ、下がれ。


 たった二つの単語を、頭が理解する間に、俺の槍は折れ、俺を庇ってくれた先輩ごと、俺は吹き飛ばされた。立ち上がった時、右手で剣を抜いていたのは無意識だったし、左手は背中の革の盾を取ることも出来ず、折れた木の棒、槍の残骸を握り締めて放せなかった。

 その後の記憶は更に混乱している。先輩戦士が二撃目を喰らって動けなくなったのと、リーダーの魔法使いが逃げろと叫んだのと、馬鹿みたいに突っ込んだ俺の剣が半ばで折れたのは、どの順番だったのか。僧侶が、もうダメだと言いながら俺の傷を癒し、お前だけでも逃げろと言い、俺の頬を叩いて、走れと言ったのは覚えている。

 気が付けば、折れた剣と折れた槍を両手に持ったまま、泣きながら、叫びながら、俺は迷宮の入口まで走っていた。


 装備も、仲間も、自信も失い、後ろ楯も無ければ、運にも見放された、哀れな逃亡者ランナーが、一人ここに誕生したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る