転生疾走!悪役令嬢ダービー!!!

酒井カサ

第『夢』話 大逆転!【悪(魔使)役令嬢】!!!


 ――夢。

 オトメと生まれたからには誰しも一度は抱く夢。

 それは『白馬の王子さま』との結婚である。


 清らかな毛並みをした白馬に颯爽とまたがり、お姫様を迎えにやってくる王子さま。高身長、高学歴、高収入。由緒正しき血統。若くありながら大人の余裕を持ち、包容力があるイケメン。俗に言うスーパーダーリン。年齢を問わず『オトメの永遠の憧れの代名詞』のような存在だ。


 そんな彼と共に迎えるハッピーエンド。それは『永遠の誓い』、つまり結婚である。白雪姫も、シンデレラも、ラプンツェルも、美女と野獣も、眠れる森の美女も。それらの童話はすべて幸せな結婚で幕を閉じている。ゆえに『白馬の王子さま』とのゴールインとは、乙女の乙女による乙女のための、完全無欠のハッピーエンドに他ならない。


 その夢は決して覚めたりなどしない。

 たとえ、ひょんなことから乙女ゲームの『悪役令嬢』に転生したとしても。

 魂に刻み込まれたその熱量は、チートスキルを混ざり合って加速する。

 悪役令嬢だって白馬の王子さまとゴールインしたい。ハッピーエンドへの渇望が彼女たちを駆り立てる。誰よりも早く。誰よりも幸福に。ヒロインレースは熾烈を極めた。純粋無垢なる想いに突き動かされる彼女たちの姿は、国・人種・種族・世界・次元を問わず人々を熱中させ、いつしかそれは競技となった。


 悪役令嬢による白馬の王子さまを巡るヒロインレース・『悪役令嬢ダービー』は、競馬・競輪・競艇・オートレースに並ぶ第五の公的賭博として、人々を熱狂の渦へと巻き込んだ。


 これは白馬の王子さまとのゴールインに心血を注ぐ悪役令嬢たちが繰り広げる、魂の物語である。



――

 この世で一番強い悪役令嬢は誰なのか。

 悪役令嬢ダービーファンならば一度は抱く疑問。

 それは今日のレースをもって解消されることとなる。


 ――『ARWC悪役令嬢・ワールドカップ


 全時空∞億人の悪役令嬢ファンが待ちに待った、真の時空一決定戦だ。

 厳正なる審査のもと、選び抜かれた八人による頂上決戦。その火ぶたが切られようとしている。最も早く、幸せになるのはどの悪役令嬢なのか。決闘を見届けようと、トーキョー多次元会場は超満員。悪役令嬢の登場を固唾を飲んで待っている。「ワールドチャンピオン悪役令嬢」の栄光を手にするのは、はたして誰になるのだろうか?


△電子版【この悪役令嬢がすごい2555】、『大特集!ARWC!!!』より抜粋


――――――


「単勝倍率、100倍以上って……。勝てると思われてないのね、わたし」


 転生ゲートにて、他の悪役令嬢を待っている私はため息交じりに呟く。いつものこととはいえ、気にならないわけではない。今日のレースは出走するどの悪役令嬢も名だたるプリンスたちをオトしてきた猛者だらけ。悪役令嬢のなかでもレジェンドが集いし夢の祭典、『ARWC』なのだ。唯一、私を除いて。


「ま、一度もプリンスをオトしていないのだから、当然なんだけどね。『当て馬の女帝』、それがわたし」


 自虐気味に笑いながら、指を鳴らしてステータスを表示する。


――

⑧ローラ・ガーネット


▽令嬢概要

 ファン投票1位による特別枠。おなじみ、勝てない悪役令嬢。艶やかな黒髪に赤き瞳が蠱惑的。基礎ステータスはどれも高水準だが、チート能力がないのが痛い。さらに【火力をあげて物理で殴る】現環境では高い魔力も役に立たず、未だに白星はない。レース後に『どうして勝てないのよぉぉぉぉっ!』と叫びながら、モノリスアウトしていくさまは次元を超えて大人気。悪役令嬢ダービーを知らない子供までもが真似をする。

別名:『当て馬の女帝』、『超時空芸人モノリス』、『零の令嬢』


▽ステータス

 ・財力:AA     ・容姿:AAA

 ・血統:S++    ・魔力:SSS+

 ・社交:SS     ・悪運:E(暫定)

――


 勝てないけれど、人気はある。そんな境遇そのものは悪くないと感じている。支えてくれるファンも多く、おかげでテレビに出演する機会も少ないない。テレビの司会者に女芸人と思われていることは癪に障るが。モノリスアウトの強要には辟易としているが。悪くない生活をさせてもらっている。


 けれど、そんな現状は私自身が許せない。悪役令嬢に転生したが最後、この程度の幸せを享受してはいけない。目指すのは、最大限の幸福。それを誰よりも早く掴み取る。純白のウエディングドレスに身をつつみ、『白馬の王子様』の腕のなかでほほ笑むこと。それが応援してくれているファンに見せるべき姿だ。ゆえに私は勝ちにいく。

 ――たったひとつの冴えたやり方で。


『舞台が整いました。時空標準時で三分後に転生します』


 婚姻の女神、ヘラの声が頭に直接響く。

 うんと背伸びをした後、腰まである黒髪を結ってポニーテールにする。

 パンパンと頬を叩いて、気合を入れれば臨戦態勢。誰にだって負けるものか、ぶっちゃけで勝ってファンの度肝を抜いてやる。まだ見ぬ王子様の驚く姿を想像し、口角をあげると五秒前。――4、3、2、1。


「この試合に勝って、思う存分マリッジブルーに浸ってやらぁっ……!」


 そう叫んだ瞬間、私の意識は失われ、戦いの火蓋が切られた。



 序盤、幼少期コーナーの先頭を走るのは、私だ。

 といっても、この流れ自体は普段のレースと変わらない。チート能力を持たない私はその代わりに成長速度が速い。生後半年もすれば、魔術を覚えることができる。さらに侯爵令嬢であるため、金もコネもリソース不足になることはない。


 だが、現環境においては、武力チートなおてんば娘が舞踏会に殴り込んでプリンスが惚れる、『ふ、おもしれー女』コンボが主流であるため、たいした金もコネもアドヴァンテージにならない。純粋な力がすべてを支配している。

 一番人気のアリーナ・ダイヤモンドはあと三話もすれば、魔王の首をはねているだろう。しかも、手刀で。


 これじゃ、プリンスを脅しているだけではないか、私は思う。しかし、これが最適解なのは事実だ。異議を申し立てたいのなら、勝ってレジェンドたちを否定しなければならない。


「ホントは聖魔女の師弟になりたいのだけど、そんな時間はなさそうね。ギアをあげましょ」


 そう呟いて、肉体を十年成長させる禁術を発動した。幼少期スキップストリームだ。ちなみに脳筋令嬢たちはチートスキルを用い、武術の極地へとたどり着くことで、絶世の美女に変化するので、すぐに追いついてくる。


 ……というか、既においていかれてるようだ。

「魔王が撃たれたっ……!」父の喜々とした声が館に響いた。


「予定より二話も早い。ここで離されたら最後、追いつけなくなる。――ぶっつけ本番で成功させないと勝ち筋はなさそうね」


 焦りを覚えながら、転移の魔法陣を創っていく。本来ならば王立魔導学園に飛び級で入学し、プリンスと接触するのだが、スキップ。直接、本丸へとワープするしかない。目的地は魔王城の大図書館だ。……転移成功っ!


「地下999+9階に封じられた『メフィストフェレス』。その正体は魔王ですら持て余していた魔力そのもの。魔力とは可能性の塊。だから器さえ整えば、あなたを掌握できると思ったの。……まずはわたしが賭けに勝ったのか、教えなさい。メフィストフェレス」


 その実、私はチートスキルがないわけではない。使えなかっただけなのだ。莫大な魔力を引き換えに世界を書き換える力、『悪(魔使)役令嬢』を。


【我は零。貴様は零乗、我に零を掛ける者。ゆえに壱と成る】

「0 の 0 乗は1だから、わたしが勝てるって認識でいい……?」

【そうだ、『零の令嬢』よ、勝利の味を知るがよい】


 メフィストフェレスが唸ると、視界が歪み、世界が壊れた。

 やったのか……?

 期待と不安ではち切れそうになりながら、すべてが黒に飲み込まれた。



 目が覚めると、空が吹雪いていた。

 いや、違う。これは雪ではない。


 ――悪役令嬢券だ。


 純白の小さなチャペル。その周りを囲むように観客席がある。

 どうやら、レースは終了したらしい。


 トーキョー多次元会場が、世界が、全時空が、悲鳴をあげていた。

 明日からどうやって生きて行けばいいんだと嘆く声が九割九分九厘。

 残りの奇特な連中だけが、腕を振り上げて雄叫びを上げていた。


「「「信じていたぞぉぉぉぉぉ! ローラ・ガーネットぉぉぉぉっ!」」」

『信じられません、信じられないことが起こりましたっ! 奇跡が起こったとでもいうのでしょうか。レジェンド令嬢を差し置いて圧倒的な勝利を手にしたのはなんと、八番、ローラ。ローラ・ガーネットだっ!』


 というわけで、私の賭けは成功したらしい。悪魔を利用する。その単純明快なようで複雑に絡み合った問題をひとつひとつ断ち切ったのが勝因なのか……。自分でいうのもなんだが、まったく信じられない。


「なんて、振り返りをしてしまうのは、負けしか知らない悪い癖だよ」


 イケメンボイスが耳元でそう囁く。そこから考えるにどうやら私は『白馬の王子様』に抱きかかえられているらしい。待ってほしい、まだ心の準備が出来てない。心拍数が跳ね上がるのがよく分かった。そうして、彼の顔を見る。

 ――驚いた。白馬の王子様がそこに居た。

 いや、正確に言い表すならば、顔面が白馬の王子様がそこに居た。

 なんということだろう、私は彼を知っている。


「あの時のテレビの司会者っ!?」

「驚いたかい? 僕は驚いたよ、王子様の顔も見ないで勝ちにくるのだから」

「あんたって、あの世界の王子様だったの? 現代日本のバラエティー番組に出てるのに?」

「逆転生しちゃダメな道理もないだろう?」

「やられた……。どうせ勝てないと思って、『白馬の王子様』はノーマークだった……」

「じゃあ、クーリングオフでもするかい?」

「まさか。私が一番好きな童話は『美女と野獣』よ」


 つまり、性癖ど真ん中ってわけ。

 悪魔に願って白星を得た甲斐があったね。


「そんなこんなでガハハっと大勝利っ!」


 ――たまにはこんなモノリスアウトも悪くない。

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