第5話
1
「ベルリッツ君! 無事だったの?」
ブラックスターの乱暴なテレポーテーションでグルグル目の前が回っていたが、ロマンハック先生の声でオレは我に返った。
「え……ええ。まあ」
オレは気まずく、頬を掻く。
ブラックスターは左人差し指を顎の位置に持って行くと、
「そっちの大人組さんよ。どちらも魔導術に長けているようだが、どっちがヒーラーだ?」
という、怖い顔をする。
「あ、ぼくだよ」
手を上げたヒーラー・プラチナにブラックスターは勢いよく胸ぐらを掴み、
「さっさとこいつの呪いを解かなかったんだ? 生徒を死なせるのがここのヒーラーなのか?」
ウィズを指さし、末恐ろしい顔で睨み付ける。
「あ……それには深いワケが……」
プラチナの顔は思い切り引きつっている。
「ちょっと待って欲しいのだが。あんた、誰よ?」
ミリアムはブラックスターとヒーラー・プラチナを引き離す。
ブラックスターはオレを指さし、
「私はこいつの元カノってヤツだ」
ととんでもないことを言い出した。その場の全員がざわめく。
「違うっ!」
ブラックスターの言葉をオレは全力で必死に否定する。
「頼む。お前が話すとややこしくなるから、しゃべるな」
オレはブラックスターの両肩を掴むと、こう頼み込んだ。
「分かった」
ブラックスターは不機嫌そうだったが、頷いてくれた。オレは少し胸をなで下ろす。
「先生とブラックスターの漫才は置いて、で、ウィズ。キミは一体どこで気分を悪くしたの?」
ジャスは自身の妹の顔を、見る。
「女子寮と浴場の間だけど……。だいたい浴場から二十メーターぐらい歩いたところ」
ウィズの言葉を聞いたブラックスターは、そうか、と呟くと、指を鳴らした。どこからともなく、分厚い本が落ちてくる。
無言で素早くページをめくるブラックスターにオレは、
「なあ、何を一体やっているんだ?」
と訝しげにヤツの顔をのぞき込む。
「しゃべるな、って言ったのはそっちだろ」
ブラックスターは不機嫌そうな顔でオレを見る。
「そういう意味で言ったんじゃ……」
「こいつは今、座標点を調べているんです。放っておきましょう、先生」
不満を言うオレに、ジャスは冷たく言い放つ。
「放っておくって言い方はしなくて良いだろ」
本を閉じたブラックスターはそう言うと、ポケットからコンパクトを取り出し、鏡に向かって何かを呟いた。それから、三回頷くと、
「今から、修復部隊アスクレピオスから何人かやってくるから、もうここは安全だ。だから、もうこの学園から呪われたヤツが出てこないとは思うが……。納得いかないことが一つある」
ブラックスターは再びヒーラー・プラチナの胸ぐらを掴むと、
「本物のヒーラー・プラチナだったら、代々、この世界と我々が存在すべき存在について知っていると聞く。だったら、双子の妹の方の呪いがただの呪いじゃないことをすぐに見抜けたはずだ。門外漢の私ですら、見抜けたんだ。貴様が分からないはずがないだろう」
ブラックスターは末恐ろしい目でヒーラー・プラチナを睨む。
「門外漢だって? キミが?」
ヒーラー・プラチナは少々青ざめさせてはいた。しかし、余裕の笑みを見せている。
「本当なら、キミがヒーラー・プラチナになるはずだったくせに。ミオソティス姉さん?」
ヒーラー・プラチナの言葉で、オレとアリエルとミリアム以外全員がざわついた。
「ミオソティスだって?」
ウィズとジャスは素っ頓狂な声で叫んだ。
「ウソでしょ? あのミオなの? ミオソティスまで死んでいたの?」
「そっかあ……。ブラックスターがミオなら、ウィズとそっくりなのは納得いくか」
双子はそれぞれに驚いた様子を見せたり、納得した様子を見せたりしている。
一瞬顔を歪ませたブラックスターはヒーラー・プラチナから手を離す。
「ふう。怒ると恐ろしいところは、相変わらずだね。いつか会いに来てくれるとは思っていたけど、こんなに突然だとは思わなかったよ」
首襟を直したヒーラー・プラチナは、ブラックスターに向かって、ニヤリと笑う。
「ちょっとちょっと。ウィズにジャスにヒーラー先生。こっちは何も分かっていないんだけども。あなたは、一体誰なの?」
「そうだ。あんたは一体、何者なんだよ?」
アリエルはブラックスターの軍服を恐る恐る引っ張っていた。ミリアムの顔も若干引きつっている。
ブラックスターは真顔に戻って、
「ハクトの元カノって言っているだろう」
と、アリエルとミリアムを見下ろす。
「だから、違うって!」
オレは必死に否定する。
「ミオソティスって……。もしかして、ミオソティス・セレスタイト……なの?」
ロマンハック先生は、明らかに動揺を見せていた。
「それが?」
ブラックスターは静かにロマンハック先生の方を見た。
「そんな……!」
ロマンハック先生はそう静かに言葉を吐き出すと、そのまま倒れ込んでしまった。
「あーあ。ミオソティス姉さんよお。ロゼッタ姉さんはもう年なんだから、あんまり動揺させちゃダメだよ」
ヒーラー・プラチナは楽しげな冗談話を言うように、ブラックスターの背中を思い切り叩く。
「ま、ハクト君たちへの『呪い』の説明は姉さんがしてくれ。ぼくはロゼッタ先生の面倒を見なきゃいけない」
ヒーラー・プラチナの様子を見たブラックスターは深く溜息をつくと、腕時計を見る。
「そんなこと言われても、もうこんな時間だし、他にここの騒動に気がついたヤカラが集まりつつある。だから、私の権限で、全員『本当ならばいる場所』に飛ばす。この騒動について、すべて知りたいヤツは、中等部の放課後から一時間後に食堂に来い。ヒーラー・プラチナ、お前は必ず来い。何故呪いを解かなかったかの説明しろ」
ブラックスターはウィズとジャスを見ると、
「あんたらも必ず来い。なにがあっても来い」
双子に思い切り指を指した。
「言われなくても、来るわよ」
「キミの話を聞くのは久々だからね。楽しみだよ」
ウィズとジャスは何故か楽しそうに笑っている。
「まったく。あんたらは相変わらずなんだから」
ブラックスターは、軽く溜息をつくと、
「全員、気合いを入れろ!」
と叫び、指を鳴らした。
それと同時に、オレの意識は再び宙に浮いた。
2
「あ、まだ読んでいるんですか?」
シナモンの香りがするアップルパイとミルクティをお盆に載せ、ジャスはオレの隣の席に座った。
オレは借りている本を学食で読んでいた。ブラックスターに色々聞かなきゃ行けないことばかりだったからである。
「まだ、ってなんだよ。借りて三日も経っていないんだぞ」
オレはそう言うと、深く息を吐き、本を閉じる。
夕方の食堂はまだ夕飯時前なので、人もまばら。ポツポツとだべっている学生がいるぐらいだ。
「ちょっと、『ミオソティス・セレスタイト』について調べたんですけど、この学校始まっての才媛と言われた女性らしいですね」
ジャスはそう言うと、一口ミルクティに口をつける。
「でも、今から五十年前、闇使いから級友をかばって死んだと、当時の新聞に書かれていました。そんな彼女がベルリッツ先生の元カノって、凄いですね」
「だから、元カノじゃねえって。そういう体をとったことはあるけどな! っていうか、よく調べる時間があったな」
オレはジャスに対して、ブラックスターの関係性を必死に否定しつつ、ツッコむ。
「ちょっとサボタージュしました」
「サボってんじゃねえよ」
オレはあきれ果てて、肩を落とす。
「あの子がああ言わないと、あの子自身の正体……もしかしたら、ボクたちの正体もばれてしまったら、ミリアムさんとアリエルさんがパニックに陥ると思ったからそう言ったんでしょうよ」
ジャスは晴れやかな顔をする。皿とティーカップはすっかり食べた切ったのか、あいていた。
「でも、常闇族はウソをつけないんだろう? ブラックスターはなんでそんな……」
自然と出てくる疑問に対して、ジャスは、
「あの子にとって、先生は元彼なんでしょうよ」
ますます晴れやかな笑みを浮かべる。
その顔を見たオレは、顔を思い切り熱くなった。
「ハクトをからかうのはそこまでにしておけ」
「そうよ。人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られてなんとやら、だわ」
「……その言い方もどうかと思うぞ」
声のする方を見ると、ブラックスターとウィズがいた。ブラックスターはオレの隣、ウィズはジャスの隣に座る。
「あれ、他の女子二人は? あとヒーラー先生は?」
「来ているよ」
ヒーラー・プラチナとミリアムがオレの向かいに座った。
「アリエルさんはどうしたの」
「ああ、彼女か。補講さ。今日の小テストがうまくいかなくってね」
ジャスの質問に、ミリアムは気まずそうに笑う。
「ま、彼女には後からあたしから話すわ。聞く気があれば、だけどね」
ウィズも気まずそうな笑みをする。
「ロマンハック先生はいないけど、いいの?」
ウィズはブラックスターに尋ねる。
「彼女はいないほうがいい」
ウィズは一瞬頬を膨らましたが、
「わかったわ」
と、すぐ納得した様子を見せた。
「アリエル、ミリアム、ハクトを襲った闇使いは、ハーミットという常闇の人だ。ウィズを呪いにかけた力を求めて、お前たちの誰かを乗っ取ろうとした」
「常闇の人、ですって? この世界の創造者とされている神々でしょ? そんな、実際にいるなんて!」
ミリアムは大きく目を開けて、ワントーン高いキーを出した。
「神々とは違うからね? あくまで『創造者』だから」
ウィズはミリアムの認識を少し訂正する。
「この世界を動かしていくうちに見つかった……あってはいけないミスが、ウィズにかかった呪いだ」
ブラックスターは淡々と講義をするように言葉を紡ぐ。
「そこで、私は修復部隊アスクレピオスを呼び、この世界のミスを修復して貰った」
目線を自身の手元に移したブラックスターに、
「懲罰部隊ネメシスはそんなこともするのね」
とウィズが嫌味な目で見る。
「ミスを調査し、報告するのも我々の義務だからな。下っ端とは違うんだよ。下っ端とは」
「下っ端とはなによう」
不満げな声を出すウィズを無視し、
「で、ヒーラー・プラチナ。何故、呪いを解かなかったんだ? あれぐらいの呪い、簡単に解けるはずだろう」
ブラックスターは不機嫌な顔でヒーラー・プラチナを見る。
「本当なら、キミがヒーラー・プラチナになるはずだった、って言っているだろ。キミの方が呪いを解くのは、ぼくの数倍、いや十数倍上手いんだ」
「そんな、先生は呪い解除がご専門じゃないですか!」
ミリアムは目を見開く。
「確かに、ぼくはこの世界に存在するどのヒーラーよりも上手いと自負しているよ。でも、ミオソティス姉さんには勝てない」
ヒーラー・プラチナは、絡ませた両手をじっと見つめる。
「ふうん。ミオがそんな風になっていたなんて知らなかったわ。あまり知りたくなかったけど」
ウィズはブラックスターの顔を見る。
「じゃあ、ヒーラー・プラチナ? ここまで来たら聞いちゃいますけど、ボクとウィズとブラックスターの関係には気がついていますか?」
ジャスはヒーラー・プラチナにポーカーフェイスで尋ねる。
「知らないよ。こっちも知りたくないし。別の意味での闇を見そうだから」
ヒーラー・プラチナはジャスに向かって、苦笑いを見せる。
「ああ、そうそう。キミたちの求めていたヤツ、見つかったよ」
ヒーラー・プラチナは左小指にはめていた指輪を外し、ジャスに渡した。
「え、それが?」
ウィズはあまりに驚いたためか、イスから転げ落ちそうになった。
「先生! 持っているなら、さっさと渡してくださいよ。どこにあったんですか! ガラガキ草について調べても出てこないし、諦めかけていたんですよ」
指輪を握ったジャスは悲痛な叫びを上げる。
「師匠の道具箱の中からだよ。だから言ったでしょ、ぼくには心当たりがある、って」
ヒーラー・プラチナは楽しげに微笑む。
「そういうことだったのか……」
ジャスは肩を落とした。
「ところで、ガラガキ草はミルクもどきだぞ」
「え」
ブラックスターの言葉にジャスの顔が固まった。
「ウソでしょ」
「私がウソをつけると思うか」
「それもそうか……」
一人納得しているジャスとブラックスターのやりとりを見てて、オレは、
「話を脱線させて、勝手に納得するなよ。つまり呪いはどういうことなんですか、ヒーラー先生?」
オレはヒーラー・プラチナに対して、話の筋を戻すようにお願いする。
「簡単さ。ぼくの技量だと、この呪いは誰かにうつってしまうかもしれなかったレベルの強いやつだったんだよ」
「なんですって?」
ミリアムはますます目を見開いて、驚く。
「でも、先生。ウィズは光使いです。そんなに強いヤツだったら、ウィズは死にかけているはずですよ!」
「事実、あたしは死にかけていたわよ、ミリアム。体力があったおかげで、なんとか無理矢理動いていただけで」
叫ぶように質問するミリアムにウィズは困った風に答える。
「ブラックスターはそんなに強いレベルの呪いをあっさり解いたのか……?」
オレは右手で口を塞ぐ。
「だから、言っているでしょ。ミオソティス姉さんがヒーラー・プラチナになるはずだったって」
ヒーラー・プラチナは穏やかな笑みをたたえる。
「ところで、ヒーラー・プラチナ? ヒーラー・プラチナとミオソティスの関係は何なんですか? 姉さん、って読んでいるけど、この子が姉に当たる人物は一人しかいませんよ。心当たりレベルですが」
ジャスはまっすぐな目でヒーラー・プラチナを見る。
「ああ……。それね。ぼくもここのギムナジウム出身でね。そのとき、世話になったんだよ。ロゼッタ姉さん……。ああ、ロマンハック先生とね」
「ふうん」
ジャスは納得したのかしないのか、よく分からない顔で頬杖を突く。
「ま、とにかく。呪いのことはそういうこと。納得してね」
ヒーラー・プラチナの言葉にブラックスターは少し間を置いてから、
「わかった」
と頷いた。
「うう。もう何が何だか。頭がパンクしてきた」
ミリアムは頭を抱えた。
「精々、パンクしておけ。理解して貰おうなんざ、全く考えていないから。こちらはこの騒動について知りたきゃ来い、と言っただけで、ごくごく普通の人間に理解出来るとは到底思っていない」
ブラックスターは腕を組み、イスの背もたれに寄っかかる。
「普通で悪かったな」
ミリアムはブラックスターを恨めしそうに見た。
そのときだった。
「ミオソティス!」
オレは声の方向を見た。
ロマンハック先生がいた。
「ふうん。こっちとしたら、あなたが生きてて良かったよ。死んだかいがあったってものだな」
ブラックスターは立ち上がり、ロマンハック先生の顔を見る。
ロマンハック先生はブラックスターに近づこうとした。しかし、
「でも、私はもうあのときのミオソティス・セレスタイトじゃないんだ。忘れてくれ」
それだけ言うと、指を鳴らした。黒い煙とともにブラックスターの姿が消える。
「え……」
ロマンハック先生は、言葉に詰まっていた。
「うそ……闇の力……」
そう言うと、ロマンハック先生は力抜けたためか、崩れ落ちるように座り込んだ。
「ロゼッタ先生、気分が悪いのなら、医務室に行きましょう」
ヒーラー・プラチナはロマンハック先生を立たせた。若干ふらついているが、自力で立ったロマンハック先生は、両手で顔を覆い、声を殺しながら、涙を流し始めた。
「私が! 私が! 私が! ミオソティスを殺したのよ! 見殺しにしたのよ! 私が一人で闇使いから逃げたの! でも、ミオソティスは今、闇の力を使ったわ! そうよ、私のせいでミオソティスは闇使いになっちゃったのだわ……!」
あいつの言葉足らずのせいでまた誤解が生まれてきているな……。オレは頭を掻き、どうしようか、と思っていると、
「ロマンハック先生? ちょっと」
ウィズがうなだれている先生の頭を上げ、
「力って、大きく分けて光と闇とありますけど、どちらも力としては平等のモノです。ようは、どうやって使うか、ですよ。要は意思、心なんです。マインドなんです。力自体には善悪はないと闇使いである母から学びました。あたしもそう考えています」
その言葉を聞いたロマンハック先生は顔を上げ、ウィズの水色の目を見て、くすり、と一回笑った。
「な……何が一体おかしいのですか?」
ウィズは怪訝そうな顔をする。
「全く同じことをミオソティスが言っていたな、って。そうよね……。力は使い方しだよね」
ロマンハック先生は手で涙を拭くと、
「ミオソティスが闇使いに殺されて、ずっと闇を憎んでいたの。でも、憎む相手を間違えていたみたいね。恨むのは闇の力じゃなくって、その殺した相手自身だったのよね」
と言った。目は充血していたが、とても良い笑顔をしていた。
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