第4話

一応、本人に確認したとはいえ、ベルリッツ先生を囮にして良かったのかと悩みながらも、ハーミットを追っ払わねば、あたしたちがこの学校に入った意味がない。

「ジャス! ハーミットは?」

「先生を襲っている」

「は?」

 ジャスの言葉にあたしは絶句する。

「囮になるっていってたろ。見事囮になってくれて良かった」

「そんなこと言っている場合? 先生、死んじゃうわよ!」

 あたしはジャスに食いつく。

「ウィズ。ボクの作戦を言うから、ちょっとは落ち着いてよ」

 落ち着いた声のジャスは痛そうに血の流れる頬をさする。

「今、先生は闇の力でハーミットに襲われているでしょ?」

「そりゃ、分かっているわよ。でも、今は光の力は出せないわ。完璧に気分が戻ってないもの。あたしの存在が消えちゃう」

 ジャスの作戦が見えなくって、もどかしい。

「違う違う。最後までボクの話を聞いて。闇の力はボク一人だけだとハーミットに負けるけど、キミの力を足せば、あいつの力を超えることが出来る。キミの『闇に反する力』を使うんじゃないんだ。ボクら本来の力を使えば良い」

 やっとジャスの説明に納得した。

「力には、力を。ってわけね」

「そういうこと。手伝ってよ」

「分かった」

 あたしははっきりと頷いた。


 そっと、あたしたちはハーミットとベルリッツ先生にそっと近づいた。

 先生は黒く濃い霧のようなもの……ざっくり言えば、闇の力に包まれ、苦しんでいる。ハーミットは先生を乗っ取るのに夢中で、あたしたちに気がついていない。

 ジャスはあたしに目配せする。あたしはジャスを一瞥する。

「いくよ」

 ジャスの合図に、あたしはジャスと同時に指を鳴らした。二人合わせた闇の力を、ジャスと抱えると、ハーミットに先生ごと向かって大きく振りかぶって、ぶつけた。


 その瞬間だった。

 あたしたちは弾き飛ばされた。

 あまりに突然のことなので、あたしは尻餅をついてしまう。有機体を持っているため、かなり身体が痛い。

 ジャスの姿を探す。ジャスは仰向けに倒れていた。すぐに起き上がったので、気絶はしていないようだ。

「頭、打った……」

 ジャスは痛そうに頭を片手で抱える。

「大丈夫?」

 あたしは一応心配をする。

「そっちこそ、大丈夫?」

 ジャスもあたしの心配をしてくれた。

 あたしは我に返ると、ハーミットとベルリッツ先生の姿を探す。


 先生は胸を両手で抱え、うずくまっていた。再び弾かれるのを覚悟で、あたしは先生に駆け寄った。

 先生は顔を上げた。弾かれなかったあたしの姿に気がつくと、

「ああ。ウィズか。オレは一体……?」

 と顔を押さえ、うつむく。

 ハーミットの姿が全くもって見えない。もしかして、消滅した?

「知りませんよ。やっぱ先生は闇使いじゃないんですか?」

 ジャスは不満げな表情でベルリッツ先生を見る。

「だから、違うって」

 ベルリッツ先生はよろよろと立ち上がる。

「なら、なんで、ハーミットを消滅できるほどの闇の力で相殺できたんですか? もし、ただの人間であれば、相殺できるだけの闇のマジックアイテムを持っていたりするんですか?」

 ジャスはキツい口調と表情でベルリッツ先生に尋ねる。

「繰り返しになるが、お前なあ。オレをただの人間って言うけど、そういうお前たちは何者なんだ?」

 ベルリッツ先生もジャスに負けないぐらい怖い顔をしている。

「はあ。ボクら兄妹はハーミットの同胞ですよ。でも、ボクらは、ハーミットの身勝手な野望とは違って、常闇の長の使命で、ここを守りつつ、常闇のフープを探しているだけなんですけど」

 あーあ。ジャスったら、あっさりあたしたちの正体を言っちゃったわ。あたしたちは闇の存在なので、ウソがつけない。でも、正体を明かしたら、ドン引きされる。だから、なるべく人間との接触はしないし、しないようにするし、接触する場合でもバレないようにするのだけど……。

「つまり、お前らは、常闇の人々ってわけか」

 ベルリッツ先生の静かな言葉に、あたしは思い切り深呼吸をし、

「そうよ。それが?」

 と、強気に出た。

「そんな怖い顔で観なくたって良いじゃないか。ただ、三年前にお前らの仲間の事件に巻き込まれただけだよ」

 やれやれと言った様子で、先生も深呼吸をする。

「三年前?」

 あたしは首をかしげる。

「先生、三年前に何が……」

 ジャスがボソリと呟いたとき、何かが弾ける音がした。

 あたしは、何事かと思って、音のする方へ顔を向ける。

 そこには背の高い長い銀髪がこちらを見ていた。

「誰だ!」

 ジャスは大声で叫ぶ。

「誰だ……と言われても。ネメシス、と言えば、二人とも、分かるよな?」

 「ネメシス」という言葉を聞いて、全身から血の気が引き、

「ネメシス、ですって?」

 とリフレインする。

「そうだ。ネメシスのブラックスターだ」

「ぶ……ブラックスター?」

 「ネメシス」がブラックスターと名乗った途端、ベルリッツ先生は素っ頓狂な声をあげる。

「なんだ。ハクトか。三年ぶりだな。元気にしてたか」

「ちょっと待ってください。ベルリッツ先生、このネメシスとお知り合いなんですか?」

 ジャスの質問に、ベルリッツ先生は頭を掻くと、

「三年前に、こいつの闇の眷属にされてしまったんだよ。今は違うけどな」

 酷く面倒くさそうに話す。

 あたしたち兄妹は、直接、この「懲罰部隊ネメシス」に痛い目に遭っているわけではないけれど、いわれのない罪で同期の仲間が懲罰を受けているのを知っているため、その言葉を聞いたあたしは、怒りのゲージが上がり始め、

「は? そこまでの権限をネメシスが持っているわけ? たいした越権行為だわね」

 思い切りネメシスのブラックスターに睨み付ける。

「仕方がなかったんだ。人間を簡単に死なせるわけにはいかないだろうが。こちらの事情も汲みしろ」

 ブラックスターはあたしを水色の目で面倒くさそうに見つめる。

「ふうん。そういうことか」

 ジャスは腕を組み、あたしとブラックスターを交互に見る。

「なにが、そういうことよ」

 あたしはジャスも睨み付ける。

「さっきさ、キミに姉がいるか、ってベルリッツ先生が聞いてきたって言っていたでしょ? 多分だけど、ブラックスターと勘違いしていたんじゃないの?」

 突然のことに、あたしは、

「は?」

 としか言葉が出ない。

「ジャス、あなたは何を言っているの?」

「だから、ウィズ。キミとブラックスターが似て……」

「だああああっ! そんなことより、あんたら。常闇のフープを探していると風の噂で聞いたが、結局見つかったのか?」

 ブラックスターは不機嫌な顔で腕を組む。

「見つかっているはずがないじゃないか。見つかっていたら、もうとっくの前に、長に献上している。それよりお前はなにしに来たんだ」

 ジャスはぶっきらぼうに言い切る。

 ブラックスターは首を捻ると、

「それもそうか」

 と言った。ジャスの問いには無視をすると、ブラックスターはいきなりとんでもない行動を起こした。

 ベルリッツ先生の胸ぐらを掴み、それから思い切り突き放したのだ。

「ちょっと、ブラックスターだっけ。先生に何を一体?」

 あたしは思わず謎の行動にツッコむ。

「あんたらの思っている疑問を解こうと思って」

 そう言ったブラックスターの手には、銀の鎖のネックレスが握られていた。

「なにそれ」

「三年前、私がハクトにあげたものだ。私の力が込めてあった。今の爆発はおそらくこれと相殺されておこったものだろう」

「はあ」

 ジャスとネメシスのブラックスターの恍けたやりとりに、

「ちょっと! あげたって……。闇のマジックアイテムを一般人に渡す権限を、あなた、持っているのかしら?」

 あたしは声に力を込めてしまう。

「それぐらい作ればあるさ」

 あたしが知っているネメシスのメンバーと違って、マイペースすぎるブラックスターに、脱力してしまい、地べたにへたり込む。吐き気が帰ってきた。

「おい。大丈夫か?」

 ブラックスターはあたしの背中をさする。

「あなたに言われる筋合いなんて……」

 強がってはみるものの、めまいで視界がぐるぐる回って気持ち悪い。

 ブラックスターはあたしのおでこに右手を当て、

「お前、なんか呪われているぞ」

 とんでもないことを言い出した。

「いつから気分が悪いんだ? この学校にもヒーラーはいるだろ。看て貰え」

「呪われているって? ヒーラー・プラチナに看て貰ったんだよ。そんなこと一言も、あいつ言ってなかった」

 ジャスは戸惑いを隠せていない。

「ちょっと待て」

 ブラックスターはそう言うと、指を鳴らした。気分が楽になる。

「とりあえず、呪いを解いた。まだ呪いの影響はあると思うから、無理はして欲しくないがな」

「何はともあれ、ありがとう」

「どういたしまして」

 完全に気分が良くなったあたしはまっすぐブラックスターの目を見た。自分で言うのもなんなんだけど、ヤツは確かにあたしと同じ水色の目をしている。

「ウィズだったか。お前が気分が悪くなった箇所を言え。私はそれを調査しに来た。同胞がいるのは確認していたが、ハクトまでいるとは思わなかった」

「そりゃ、結構なことで」

 ハクトは肩をすくめた。

「ブラックスター、分かったわ。教えたげる。でも、あたしは表の世界からしか、その場所を知らないのよ。まずは表に戻らせて」

「了解した」

「ちょっと待ってくれ。表って。結局ここはどこなんだ?」

 ベルリッツ先生は、ブラックスターに噛みつくように尋ねる。

「ここですか。ざっくり言うと、世界のスキマ、と言えば良いでしょうか。ボクらの本当の居場所と先生方が住む世界のスキマです。ボクらの中でも名前は特に決められていません。まず行くことがないので」

「やっぱり、あんたらの知識はわけわからないな」

 ベルリッツ先生は考えるのを諦めたようだ。普通の人間にそれを求めるのは酷って言うものだ。仕方がない。

「んじゃ、ボクはウィズを運ぶから、ブラックスターは先生をよろしく」

 ジャスはあたしの腕を思い切り掴むと、指を二回鳴らした。


 表の世界に戻ってきたあたしたちに前には、アリエルとミリアム、ロマンハック先生にヒーラー・プラチナがいた。

「ウィズに、ジャス! 先生も……! って、あなた、誰?」

 アリエルはブラックスターの顔をまじまじと見た。

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