エピローグ

 ブラックスターがオレの元から去ってから三ヶ月経った。

 あのときは夏の終わりを少しだけ感じさせられていたのに、今じゃもう空は完全に冬モードに入っていた。空は完全にくずついていて、真っ昼間だというのに、空は雲がかかっていて、薄暗い。今にも雨……どころか雪が降りそうだ。

 オレはその三ヶ月前のことを思い出していた。

 オラクルはブラックスターを「晴れ女」だと言ったが、オレからしたら、台風のような女にしか思えなかった。あいつと過ごしたのはオレが気絶している時を含めても、一週間もなかったはずなのに、ものすごく、本当にものすごく良い言い方をすれば、充実した日々を過ごした気がする。

 アイアンシティから下宿先があるエナメルシティまでの切符がブラックスターの「巻き込んでごめんなさい。傷は癒えているので、私の力は抜きました。これで帰ってください」というバカ丁寧なメモ書きとともに入っていたので、無事に帰宅することが出来た。

 一瞬、窓を見る。少し太陽が見え始めていた。でも外へ出る気も起きず、ベッドの上で寝転んでいた。

 オレは仰向けになってブラックスターのメモ書きをなんとなく見ていた。闇の眷属から解放されて胸をなで下ろしていてはいたのだけど、その代わりにぽっかり穴が開いたような感覚にずっと陥っている。

 さよならが言えなかったためだろうか。とことん身勝手なヤツめ。

 そんな心のつっかえがとれないまま、オレは寝ようと目を瞑った。

 しかし、その安眠を阻害するようなドタバタと階段を乱暴にあがる音がした。その音を聞いてオレは慌ててベッドから身を起こし、立ち上がる。

 部屋のドアを乱暴にノックする音がした。

 オレはまた寮母さんか、と思って、そのドアを開ける。

 ドアの向こうには、マシュマロのように白く太ったエプロン姿の寮母のおばちゃんが予想通りに立っていた。しかし、顔はいつものように穏やかではない。

「ハクトさん!」

 寮母さんはキツい口調でオレの名前を呼ぶ。

「な……なんスか……」

 寮母さんの勢いにオレは背筋を伸ばす。

「あんなきれいなガールフレンドを待たせるなんて、酷いじゃない!」

 寮母さんはそう言うと、オレの腕を掴み、階段を駆け下りた。オレはケガをしないようにバランスをとるのが精一杯だ。

「さ、行ってきな」

 アパートの玄関から追い出されたオレは何が何だかさっぱり理解できていなかった。

「久しゅう」

 オレの顔と反対方向からハスキーな声が聞こえた。その声の方向に向く。

 そこには、長い銀髪の美女が手を振って立っていた。長いピンクのトレンチコートに茶色いロングブーツを履いていた。

 オレの頭は混乱する。オレの知り合いにこんな美女、しかもガールフレンドだなんていたっけ……?

「酷いな。この私を忘れるなんて。アイアンシティで三晩過ごしたことを忘れたとはいわせないぞ」

 美女の水色の瞳で彼女の正体に気がついたオレは、

「ブラックスター! てめえ、何しに来た? っていうか、あれはお前がオレを気絶させたんだろうが!」

 と声を張り上げてしまった。

「バカ。声がでかい」

 ブラックスターはオレの口を塞ぐ。

「ここで話すのもなんだし、どこかお茶しないか? デートでもしよう」

 髪を結んでいないブラックスターの姿にどこかドキドキしながら、オレは同意した。


「で、秋の考査はどうだった? 単位は取れたか?」

 カフェの席に座った開口一番それかよ、って思ったけど、

「あのレポートの授業以外は無事とれたよ」

 と正直に答える。

「そうか」

「そうかじゃねえ」

 相変わらずのブラックスターにオレは脱力した。

 ウェイターがやってきたので、オレもブラックスターも紅茶を注文をする。

 ウェイターがお辞儀をして去った後、

「逆に質問させてくれ。なんでお前、今、俺の前にいる? しかもそんな変な格好で」

 オレはテーブルに肘をつく。

「一つは、お前が死んでいないか確かめに来た」

 ブラックスターはポーカーフェイスで答える。

「どういうことだ?」

 相変わらず言葉足らずで、言っている意味がわからない。

「私の力を抜いたことで、身体になにか悪いことが起きていないかとか、不安になってな。ま、ざっくり言えば、お前の身体がなんとなく心配になっただけだ」

 ブラックスターがそう言った頃、注文した紅茶がきた。

 オレはその紅茶を一口飲む。外で紅茶を飲むことはあまりないんだが、この紅茶よりブラックスターが淹れたもののほうがおいしい気がする。

「私の紅茶の方がおいしいよな」

 同じく紅茶を飲んでいたブラックスターに、オレは、

「人の心を読むなよ」

 と言った。しかし、ブラックスターは、

「何を言っている? お前はもう私の眷属じゃないんだ。お前の心などもう読めない」

 と真顔で返す。

 その言葉に何故か顔が熱く火照る。

「なら、もう一つ、質問していいか? 何故、そんな格好をしているんだ?」

 多分赤いだろう顔を隠しながら、オレは尋ねる。

「私服だ」

「は?」

「だから、私服だ!」

 ブラックスターは声を張り上げ、立ち上がる。しかし、周りのお客がこちらをじろじろと見てるのに気がつくと、ブラックスターは顔を赤くして座る。

「私服ぐらい自由に選ばせてくれ」

 オレは溜息をつくと、

「よく似合っているぜ、その服」

 と端からはお世辞にしか聞こえない素直な感想を言う。ブラックスターはありがとう、と顔を真っ赤にさせて俯く。しかし、そんな可愛い面もすぐに、

「まあ、エナメルシティに来たのはお前のケガの調子を見るだけじゃない……っていうか、またお前を存分に利用させてもらうつもりで来た」

 いつもの調子に戻った。

「どういうことだ?」

「ここでまた理破りの事件が起きそうなんだ。その見張りに私は来た。でも、いつもの服装だと目立つだろ? だから私服なんだ。ついでに行動しやすいように、ハクト、お前の彼女、っていう体でしばらくここにいさせてくれ」

「は?」

 おれは再び変な声を上げてしまう。

「ってことで、よろしく。ハクトくん」

 ブラックスターのすごく媚びた声に、

「やめてくれ。普通でいいから。オレの彼女っていう体でいいから、普通でいてくれ。気持ちが悪い」

「そうか」

「そうかじゃねえ」

 ブラックスターの声にオレは脱力した。

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