第4話
1
オレたちは今、アイアンシティの市役所の前にいる。
雰囲気はごくごく普通で、一見するとオフィスビルのようだ。
ブラックスターは水色の目で俺の目を一瞥すると、無言のまま市役所の中へ入っていった。オレもヤツの後ろを追いかける。
エントランスホールには、二人の受付嬢が満面の笑みで座っていた。しかし、ブラックスターの鬼のような表情を見た途端、一発で顔が引きつったのが分かる。
「市長に会わせろ」
ブラックスターは一言そう告げた。
受付嬢の一人は、引きつりながらも
「あ……アポイントメントはとられていますか?」
と静かに聞く。
「いや。とっていない。だが、今の市長とは知り合いだから、顔を合わせれば話は通じる」
ブラックスターの言葉に受付嬢二人とも首を捻る。
「い……今、市長は……ガイスー社の社長と……」
受付嬢はブラックスターを引き止めようとする。しかし、受付嬢の後ろにある案内板を見ていたブラックスターは、
「最上階か」
と一言呟くと、そのまま階段へと向かった。
受付嬢は引き止めようとするが、オレはそれを振り払うように、ブラックスターの後を追った。
2
「市長室」と書かれたプレートが付いているドアの前にオレたちはいる。
ブラックスターは道中ずっと無言で、そして、今も無言のままそのドアを開けた。
市長室には、ポマードでテカテカと光った七三分けにグレースーツを着たオッサンと、同じくスーツを着たハゲで暑苦しいデブのジジイがテーブルを挟んでソファに座って談笑をしていた。
オレらの姿を見て動揺するジジイをよそに、ブラックスターはポマード頭のオッサンに近づき、胸ぐらを掴み、頭上より高く持ち上げた。
「もう、これで逃げられないよな」
と冷たく言った。
「な……なんのことだ?」
ポマード頭は苦しそうにブラックスターを見る。
ブラックスターは勢いよくそいつを床にたたきつけると、
「私が誰か分からないで言っているのか? 市長に化けてもバレないと思っていたのか? めでたいな」
市長に化けていると言われた男は顔を上げ、ブラックスターの顔を見た。その途端、そいつの表情が明らかに変わった。
「くそっ……。ネメシスめ……」
市長もどきはそう一言言うと、立ち上がって、後ろを向くと、何かを詠唱し始めた。
詠唱し終え、振り返った市長もどきの周りには、黒い霧が舞っていた。
一見するとただのオッサンの市長が闇まみれになる姿を見てオレは恐れ戦き、固唾を呑む。
ジジイは腰が完全にぬけてしまったようで、おびえた顔で市長もどきとブラックスターを交互に見ている。
「ハクト、お前はそのじいさんを守ってろ!」
ブラックスターは市長もどきを見たまま、俺に指示する。
「守るって言ったって、どうすればいいんだ?」
オレはどうしたらいいのか分からずに叫ぶ。
「お前がその場にいればいい。お前を通じて、お前の周りにバリヤを張るから」
ブラックスターはそう言うと、指を鳴らす。一瞬クラッとめまいが起きた。一秒ほどしゃがむと、気分は良くなった。立ち上がると、目の前に透明で大きなガラスが張られている。触ってみると、冷たいとも温かいとも言えない。なんだか自分自身に抱かれているような不思議な感覚に陥る。
そのガラス張りは、ちょうどジジイとオレを囲うようにドーム状に作られていた。
ジジイは、
「なんだ、あの闇使いの男は? 市長に何が起きたって言うんだ?」
とオレに詰め寄る。いろいろ勘違いしているところがあるのをいちいち訂正するのはめんどくさい。とりあえず、オレは、
「じいさん、落ち着いて、二人を見守りましょう」
としか言えなかった。
闇に覆われた市長は大きく高笑いをすると、
「恐怖の懲罰部隊ネメシスと言えど、雑魚人間が二人もいる場で、わしと対等に戦えるかな?」
と叫ぶ。
「対等、だと?」
ブラックスターは、ニヤリと片笑みをする。
「なにがおかしい?」
闇の市長は不機嫌な顔を作る。
「お前と私が対等って何を勘違いしているんだ?」
ブラックスター……何を考え、何を挑発しているんだ……?
市長もどきを見ると、ヤツの眉間にはしわが出来てきて、顔は赤くなっていた。
市長もどきは遠吠えの如く大声をあげると、市長を包んでいた闇が一本の大剣になった。
「うわお」
ブラックスターはわずかに驚いたような声は出していた。しかし、表情は全く驚いている様子もみえない……それどころか余裕すら見える。
オレの隣で立てずにいるジジイは、闇の大剣を見た途端、「あっ」と声を上げ、そのまま気絶した。オレはどうしたもんかな、と頭をかく。考えたって、この場じゃこのジジイをどうすることもしようもないよなあ、死んではいないよな、とか思っていると、
「くっそおおおおおおお!」
ヤケクソにしか聞こえない叫び声が聞こえてきた。市長もどきの声だ。市長もどきはそんな叫び声を出しつつ、ブラックスターに向かって走り、その大剣を大きく振りかぶって下ろした。恐怖心に襲われ、目を瞑る。
金属がぶつかる音がした。驚いたオレは目を開ける。
ブラックスターの手にはアサシンが持っていそうなダガーが握られていた。そしてなんと、ヤツはそのダガーの刃で大剣を支えていた。大剣は重たいためか、ブラックスターは腰を低く落としている。
市長もどきの息は荒かったが、
「これでお前は動けまい」
とうっすら笑う。
「何言ってんだ。そう言うお前こそ動けないくせに」
一方、全く息が荒れていないブラックスターはそう言うと、右足を大きく回した。そして市長もどきの足を勢いよく蹴った。
市長もどきは大きくすっころんだ。それと同時に大剣も砂のように溶けて消えた。
悔しそうな顔をした市長は立ち上がろうとした。しかし、すぐにブラックスターが頭を左足で踏みつける。そして指を鳴らす。
「お前にはいろいろ聞きたいことがある」
ブラックスターは険しい顔をして市長もどきを見下ろす。市長もどきは目を深く瞑り、何かまた呪文を詠唱しているようだった。その様子を見たブラックスターは冷たく、
「今、私はお前をこの場に縛り付けた。私が許可するまでこの部屋からお前は出ることが出来ない」
と言い放った。
足をどかしたブラックスターはもう一度市長の胸ぐらを掴み、
「お前はここでなにをしている?」
とにらみつけた。
市長もどきもブラックスターをにらみつける。
「言わないのなら、この場で消すぞ」
ブラックスターは冷たくそう言い放つと、ヤツが掴んでいるところが黒く燃え始めた。
「わ……わかった! 話す! 話す!」
焦った市長の声を聞いたブラックスターは乱暴に市長をたたき落とす。
ゆらゆらと立ち上がった市長のネクタイは黒く焦げていた。息は荒い。
ブラックスターは指を鳴らした。窓から光が一切なくなる。一瞬何も見えなくなるが、もう一回指が鳴る音で何があるかは分かるぐらいは見えるようになった。オラクルと同じ魔導術か。また一回指が鳴る。オレたちを囲んでいるバリヤがなくなった。
「お前の負けだ。観念してさっさと話しな」
ブラックスターは無表情で話す。
立ち上がったが、苦しそうな表情を浮かばせた市長は、再び座り込んで、震えていた。
「お前がやったこと――エナメルシティ、およびアイロニーヒルの一部をこの世界から切り離したことやここアイアンシティの人々の命の不正取引したことはすべてバレているんだよ。アイアンシティ市民の命をどこにやった?」
ブラックスターの声はこの世とは思えない低い声だった。
「そ……そんなに、聞きたいか? ネメシスさんよ?」
市長は喉を鳴らすように笑うと、
「市長がわしに捧げた命はすべてわしのエネルギーとなった。さっきの剣もその力のうちさ」
と言った。
「なら、お前はその市長に何を与えた? 人間はなにかを与えねば、動かぬからな」
ブラックスターは鬼の形相で闇の眷属である市長もどきににらみつける。
眷属の口からは黒いドロドロとしたものが吹き出てきた。表情はつらそうなのに、笑みを浮かべていた。ブラックスターの眉が少し上に動く。
眷属は口元をシャツの袖で吹くと、
「金さ」
と笑った。
「人間は金さえあれば動くんだ。金に目がくらんだ人間って何にだって使えるんだ! 愚かな人間どもを操るには金が一番なんだから!」
市長もどきはゲラゲラと下品に笑う。
「でも、与える金がなくなったからな、市長を始末したんだよ。そして、封鎖した街が弱っているところを狙って、ここのすべての命を貰おうとしたのさ。でも、最初からそうすりゃよかったって、今になっては思っているけどな」
オレは市長もどきの言葉が許せなくって、一発殴ったろうか、と思った。いくら今は闇の眷属とはいえ、オレの気持ちは人間だ。こんな風に馬鹿にされ悔しくないはずがない。
オレは拳を市長もどきに向かって大きく振りかぶった。しかし、その腕を捕まれた。振り返ると、ブラックスターは首を振っていた。
「汚れ役は私一人で十分だ」
ブラックスターはそう言うと、指を三回鳴らした。
鈍い物が落ちる音がした。目の前にはここアイアンシティで気絶してた部屋にあった大きな姿見だった。鏡の部分は市長もどきに向かれている。
「これだけの罪、私一人で裁くことはできない。だが、この世界に置いておくわけにもいかない。しかるべきところで、裁判を受けてもらうからな。極刑を免れることを祈ってやる」
ブラックスターの言葉に、市長もどきの表情は明らかに変わった。
「や……やめてくれ! やめてくれ!」
市長もどきは逃げようと這いつくばってもがく。しかし、抵抗むなしく市長もどきの言葉はだんだん小さくなっていく。それと同時にヤツの身体は真っ黒な霧――闇に戻され、そのまま鏡に吸い込まれていってしまった。
ブラックスターはまたまた三回指を鳴らす。
鏡は姿形も見えなくなった。元の場所に戻したのだろうか。
「そうだ。元の場所に戻した」
ブラックスターは振り返る。
「オレの思考を読むなよ」
敵がいなくなったためか、はたまたブラックスターのマイペースさにか、その両方かわからないが、全身力が入らなくなって、尻餅をついてしまった。息は荒い。
「お前の力を使って、バリヤを張っていたんだった。疲れただろう。ちょっとまて」
ブラックスターはそう言うと、しゃがみ込み、オレのおでこに手をかざす。
身体全体がふっと軽くなった。
立ち上がったオレは、ブラックスターにお礼を言うと、
「一件落着っていきたいところだが、まだ問題が残っているぜ」
と同じく立ち上がったブラックスターを見る。
「ヴェラ、か」
ブラックスターの言葉にオレは頷く。
そのときだった。
「きゃっ。なにこれ、暗いわ! 明かりを! 明かりを!」
女性の甲高い声が聞こえてきた。
オレは振り返ろうとするが、ブラックスターは俺の腕を掴み、
「逃げるぞ」
とだけ言って、指を鳴らした。
オレの意識は吐き気とともに空へと飛んでいった。
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