第2話
1
「おい。ブラックスター。オレたちはどこへ向かっているんだ?」
オレたちは今、オレが住んでいるヴァリサイト領地エナメルシティの中央駅からの列車に乗っている。乗車から一時間経って、十駅は過ぎている。ブラックスターは一向に降りる様子を見せず、オレはどこ向かっているのか分からない。
「おい、ブラックスター。せめて切符渡してくれよ」
オレは再度ヤツに呼びかける。
そのとき、車掌の車内アナウンスが響き渡る。次の停車駅はアイロニー駅らしい。
「降りるぞ」
ブラックスターは組んでいた足を元に戻すと、立ち上がった。オレも慌てて立ち上がる。
「忘れ物、するなよ」
ブラックスターは相も変わらず真顔で俺の顔を見る。
「忘れ物も何も、オレにはペンとメモ帳しかねえよ。金すら持ってねえ!」
「そうか」
「そうかじゃねえ」
ブラックスターの返事にオレは肩から脱力した。
2
アイロニー駅があるアイロニーヒルは、ここヴァリサイト領地の中で一位、二位を争う観光地だ。また、一番の工業地帯でもある。オレは機械類に興味は若干あるもののその分野には疎い。しかし、そういうのが好きな友人に誘われて何回も来ているものだから馴染みは深い。駅から出るときに必ず通る、蒸気で動く全自動の改札口は何度見ても楽しませてくれる。そんな仕掛けがあちこちで見ることができるのをはじめとして、誰がこんなのを使うんだと首をかしげるような機械の店とか、パーツだけ売られた奇妙な店とか、最新の技術を使ったアイテムを試せる店とか、とにかく簡単に言えば、ニッチでディープなお店が多く、かつそれを見て回るのが楽しいので、オレはこの街が好きだ。
ブラックスターからやっと貰った切符を改札口に通す。駅を出ると、湿った空気が鼻や口に入ってくる。コンクリートで固められた地面は黒く濡れていた。
「雨が降っていたみたいだな」
ブラックスターは空を仰ぎ見る。それからオレの方を振り返る。
「行くぞ」
「どこへ?」
すごい勢いでオレはブラックスターに詰め寄る。
「どこって、情報がありそうな場所だ」
「ありそうな、って何だよ! あるのとは違うのかよ!」
思わず声を張り上げてしまう。周りの様々な民族衣装を身につけた観光客は、オレを見てざわめいていた。オレの耳は熱くなった。
歩いていくうちに陽が差し込んできた。濡れていた路面も乾きかけている。
太陽の照りもだんだんと強くなっていく。それに反比例してオレはだんだん気分が悪くなっていく。日射病か? たった五分も歩いていないんだぞ? でも、気分は悪い。息が上がる。早く涼しい木陰へ行きたい。
「おい。気を確かに持て。ただ光が強くて、入れた私の力が弱まっているだけだ」
振り返っていたブラックスターはそう言って、オレのデコに触れる。
「ここではおおっぴらに力を入れることが出来ないから、少しは辛抱してくれよ」
ブラックスターは目をつむる。すると、少し身体が楽になった。
「目的の場所はもうそろそろだからな」
そう言うと、ブラックスターは目の前のピンク色をしたアパートメントに入った。オレもそれに続いた。
3
アパートメントの最上階である三階の一番奥の部屋に、ブラックスターはノックもせずに入った。
恐る恐る部屋の中を覗き込む。紫色のカーテンで窓を含む壁全面が覆われていた。そのおかげで薄暗い。周りにはドクロやら、トカゲとカエルの干したものやら、水晶と思われる透明な玉やら、かなりおどろおどろしいものが棚に並んでいる。
「オラクル? いないのか、オラクル?」
ブラックスターは誰かの名前を呼びかける。
「いるよ。全く、いつも礼儀がなっていない子だね」
突然、ろうそくの火が付いた。その正面には、老婆が一人。
「オラクル。一体何なんだ。この悪趣味な部屋は?」
呆れ声のブラックスターに、オラクルと呼ばれた、紫色の頭に紫色の服を着た老婆は、
「占い師なら占い師らしくしろ、ってお前が言ったんだろうが」
と不満げな様子を見せる。
「なあ、ブラックスター? このばあさんは何者なんだ?」
オレは純粋な質問を投げかける。
ブラックスターは振り返ると、
「オラクルは占い師だ」
と言って腕を組む。それは回答になっていないだろ、聞きゃわかると心の中で呟く。
「簡単に言えば、この子の元お世話係ってヤツだっただけさ。今でも困ると訪ねてくるんだよ」
代わりに答えた老婆は、軽い調子で笑う。
「おい、逆だろ。私がお前の世話係だったはずだ」
ブラックスターはキツい口調で反論する。
「まあ、どっちでもいいだろ」
オラクルはそう言うとオレを見て、微笑んだ。
「お前、ブラックスターの闇の眷属だな。なんでまたこんな晴れ女に仕えているんだ?」
「好きで闇の眷属になったわけじゃあねえ。こいつが……え、晴れ女?」
「もしかして、お前。ブラックスターが男だと思っていたのかい?」
オラクルはケタケタと笑う。オレは顔の全体が熱く感じる。
「こいつは女だよ」
オラクルの言葉を聞いてオレはブラックスターの顔を見る。ヤツは顔を背けていた。
「どんだけ土砂降りでも、こいつが来ると必ず晴れるんだ。今日も猫と犬がけんかしているぐらい大雨だったのに、今はもうカラッとしている。もしかして、と思ったけど、今回も案の定だったよ」
オラクルは茶目っ気のある視線でオレを見、次に真剣な目でブラックスターを見る。
「さて。ここに来たってことは、何か困りごとでもあるんだろ? この坊やを任務に巻き込んでしまったことかい。それもどうせ、この坊やが死にかけたからってところだろ?」
ブラックスターは相変わらず背を向けたままだ。
「理破りの事件がここであったよ」
物語を語るようなオラクルにブラックスターは振り返る。
「お前さんが追いかけている理破りさんと同じかはわからないけどね。この世界から切り離された空間がこの街の郊外にある」
ブラックスターは一瞬腕を組み、それから、
「私が追いかけているのはおそらくそいつだ」
とキツい目をする。
オラクルは、
「つまりはビンゴってことだね」
と息を吹きかけ、ろうそくを消した。一瞬周りは暗くなる。しかし軽やかなスナップ音の直後に、まぶしいくらいに明るくなった。明るくなったのに、気分はさっきのように悪くはならない。
「お前さんに、暗いところでも見えるような術をかけただけさ」
見れば見るほど紫だらけのオラクルは、安楽イスに腰掛けた。
安楽イスに揺られながら、
「一応、我が同胞が追いかけたらしいけどね。権限のない下っ端すぎたためか、理破りを捕まえ損ねたとか。そんな噂は聞いたよ」
と静かにブラックスターを見る。
「つまり私はそいつらの尻拭いか」
ブラックスターは深く息を吐く。
「仕方がない部分もあるさ。彼らの任務は理破りを追いかけることじゃなかったのだし、そもそも、それが理破りとは知らなかった可能性がある」
オラクルは楽しげに微笑む。
「はあ……」
ブラックスターは溜息をつく。
「まあ、彼らの活躍のおかげで、件の理破りがここの市民にかけた宗教への洗脳も解けたし、失敗ばかりじゃないから」
オラクルは軽やかにウィンクをする。
「さて、せっかく来たんだ。ブラックスターに坊ちゃん、ちょっとお茶しよう。ブラックスター、よろしく」
オラクルは揺れる安楽イスにもたれる。
「は? 客人はこちらなんだが」
ブラックスターは呆れ顔を作る。
「だって、お前さんが淹れるお茶はおいしいんだもの。お茶の缶は台所のいつもの場所だよ」
「はあ。毎度毎度、こき使いやがって……」
オラクルの言葉にブラックスターは不満げな顔で奥にある台所へ入っていった。
ブラックスターの姿が見えなくなったのを確認したオラクルは、
「坊ちゃん。まだ、闇を恐れているね」
と紫色の目でオレの目を見る。
「闇も光も力には変わりはないんだ。悪いことに使ったら、悪くなっちゃうし、よいことに使えば、いい方向に行く」
オラクルは目を伏せる。それから、もう一度顔を上げると、
「あの子は元人間でね。闇の力によって自分自身を殺されてしまった。なのに、巡り巡って今は闇そのもの、常闇族の一員だ」
震える声でオラクルはこう続ける。
「お前を犠牲にして理破りを倒すっていうことも、やろうと思えば出来たんだよ。多分ね。でも、あの子は誰かが自分と同じ目に遭うのを見たくなかったのかもしれないね」
オラクルは大きく背伸びをすると、
「あー、人間どもの相談を受けていくうちに、わしもおセンチになってしまったな」
と言って、小さく笑った。
オレは急に孤独感を覚え、心臓がひもで絞められたように痛くなる。目からは何か熱いものがこみ上げてきそうだ。
しかし、そんな感情も、
「オラクル。余計なことを言いやがって」
というブラックスターのぶっきらぼうな声で消え去ってしまった。
「聞こえてたのかい?」
「当たり前だ! こいつは私の眷属だぞ? こいつの聞いているものはすべて筒抜けだ!」
ブラックスターはティーカップが人数分載ったお盆を、やや乱暴に安楽イスの側の小さなテーブルに置く。陶器がこすれる音がした。
「お前の代わりにお前の紹介をしてあげたんじゃあないか!」
オラクルは満面の笑みでブラックスターを見る。
「それがお節介だって言っているだろ……」
ブラックスターは脱力した声で自身の髪を撫でた。
「この際だから、もう一個お節介しちゃいましょうかね。本題とも言うけど」
オラクルが再びパチンと指を鳴らすと、オラクルの頭上に黒い霧が浮かぶ。その中から一冊の本が落ちてきた。実は、心のどこかでこいつらは、自分たちは「闇」とオレをだましているだけだと思いたがっていた。しかし、今の闇を呼び出した様子から、本当にこいつらの正体と自分の身に起きてしまったことを信じるしかない。
適当なページをオラクルは開いた。
オラクルがパラパラとめくっている本の中身を、オレも興味本位でのぞき込む。
中身はただの古典文学の小説だった。文芸に疎いオレですら学校で習って覚えているレベルのメジャーな小説だ。
オレの頭の中は混乱した。このばあさん、突然なに読書し始めているんだ? オレはそう思ってオラクルに話しかけようと、口を開きかけた。
しかし、ブラックスターに肩を叩かれる。何事かと思って、オレは振り返る。
「今、あっちの世界とコンタクト中だ。黙ってろ」
「あっちの世界?」
ブラックスターの言葉をオレは反芻する。
「この世の裏側……いわゆる私たち常闇族が本来いるべき場所だ。そこにいる、オラクルの相方とコンタクトをとっているんだ」
今にも消えそうな小さな声でブラックスターは答える。
「そうやって、人間たちにも占ってやっているらしい。よく当たるって評判だ。そら、当たり前だ。相方は世界の裏側でも情報通だからな」
ブラックスターがそう言い終えた時、オラクルは本を閉じ、テーブルに本を置く。
オラクルは目を思い切り瞑り、それから目を開ける。
「ブラックスターと坊ちゃん。そこらにあるイスに座って、冷めないうちにお茶を飲んでて」
オラクルは深く深呼吸をする。オレはブラックスターが持ってきたイスに座った。ブラックスターも自分で持ってきたイスに座って、ティーカップを持ち、口をつけた。オレも同じようにお茶を飲む。少々ぬるいけど、確かにおいしくはいったお茶だ。
「そんなに褒めなくていいのに」
「人の心をそうたやすく読むな」
オレの方を見てうっすらと微笑むブラックスターに、オレはキレ気味にツッコむ。
「二人、漫才なんてやってないで、こっちに注目、注目」
「別に漫才をしているつもりはないぞ」
初めてブラックスターと意見が一致した。
「理破りのねぐらというか、本拠地というか……まあ、今現在の活動の中心地をズバリ教えるけど……。ブラックスター、坊ちゃんを連れていっても大丈夫かい?」
「どういう意味だ? オラクル」
オラクルの言葉を聞いたブラックスターはオラクルを訝しげな目で見る。
オラクルは
「そのビビり屋の坊ちゃんを守りながら、理破りを倒せるか、って話だよ。正直、応援を頼んだ方が……」
と、続ける。ブラックスターはその言葉に、
「オラクル。私はブラックスターだぞ? 一度たりとも、任務に失敗したことがないんだ。私は最強なんだ。いらぬ心配はするな」
オラクルにがなり立てた。
オラクルは優しげな目をして、
「それでこそ、お前さんだよ。んじゃあ、理破りの居所を教えるさ。坊ちゃん、そこにある本棚の一番右下の大きな本をとってくれ」
オレはオラクルの指示に従い、後ろにある本棚から大きな本――地図と書いてある――をオラクルに渡した。
オラクルはやっぱり重たそうにその本を開いた。表題には「地図」と書いてあるのに、中には数字しか書かれていない。それも、規則性の見えないデタラメな順番だ。
「ブラックスター、メモを用意して。今から言う座標点をメモって頂戴!」
ブラックスターは指を鳴らすと、ヤツの頭上にも黒い霧が現れた。その上から黒革の手帳と青い万年筆が落ちてきた。ブラックスターはそれを器用にキャッチする。
「用意は出来たね?」
オラクルは頷くと、数字を三つほど言った。
何の数字かさっぱりわからないオレは聞いてもちんぷんかんぷんで、馬耳東風。すぐに記憶から飛んでいってしまった。
しかし、ブラックスターはオラクルの言った数字をメモすると頷いた。
「わかった。だいたいこの地点は……そうか。アイアンシティか」
「アイアンシティだって?」
オレは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「どうした、ハクト?」
ブラックスターの顔には疑問符が浮かぶ。
「オレのペンフレンドがアイアンシティに住んでいるんだけど、ちょうど一ヶ月前に、街の外との交流を絶つようにって、市長が言ったものだから、『もう送れない。捕まってまでも送るような内容の手紙じゃないし』って一方的に縁を切られたんだよ」
「なんじゃ、それ」
オラクルも素っ頓狂な声を上げる。
「アイアンシティで何か起きているのかもしれないな」
ブラックスターは頬杖をつく。
「とりあえず、その座標地点の近くに飛んでみたらどう?」
オラクルは安楽イスに揺られながら言う。
「そうだな。ハクト、いくぞ」
ブラックスターはオレの腕を引っ張る。
「行くって、どこへ?」
「どこって、決まっているだろうが。アイアンシティだ。飛ぶぞ」
ブラックスターは答えになっていない答えを言うと、指を鳴らした。
オレの身体はふっと身体が浮いた。そして吐き気とともに気を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます