第5話

「ヒジリ、よくやった! あの失態をモノともせず、まさか、あの『ラグナロク』を壊滅してくれたとはな!」

「……はあ」

 兵士長の賞賛にヒジリは納得出来ない様子だ。そりゃ、そうよね。空間が切り離されていたときの記憶はないし、髪や服は生乾きだしで、彼らの時間が流れ出した時には、すでに四人ともヴァリサイト城にいたのだから。しかも、ジャスが時間軸の座標点をミスったため、あれから一週間経っている始末!

「ねえ、二人とも。何が起きたの? 『ラグナロク』はどうなったの?」

 アイリーンも何が起きているのか分からない状況みたいだ。あたしのケープを引っ張りながら訊く。

「うん……大変申し訳ないことをしたとしか。こいつが」

 あたしはジャスを指さす。

「えっ、何をしたの? なんか怖いって!」

 アイリーンはあたしとジャスの顔を交互に見る。

「アイリーン公女様、よくご無事で」

 この中で一番背の高い兵士長は、状況がさっぱり読み込めていないアイリーンに深々と頭を下げる。

「そして、残念ですが、あなたの父君、ジェイド男爵は今さっき、汚職のかどで逮捕しました」

 あたしたちはポカンとしてしまう。

「え、アイリーンって……あのジェイド家の……え?」

 ヒジリは最後まで声がでていない。

「ヒジリ! 無礼だぞ!」

 ヒジリは兵士長の声で我に返ったようで、

「はっ」

 と敬礼をする。

「ところで」

 兵士長はあたしたちまで目線を落とすと、

「君たちは誰だ?」

 あたしはジャスの方を見る。

 ジャスもあたしの方を見る。

 もし、ヒジリの言っていた金のジャイロスコープを盗みに入ったガキです、なんて言ったら、絶対に捕まってしまう。

「あ……誰でもないです……」

「誰でもないわけじゃないだろう」

 あたしったら、なに言っているんだ? 自己嫌悪に陥ってしまう。

「おや、なにしているのですか、兵士長。『ラグナロク』がなくなってドタバタしている今、あなたが落ち着かないと、兵士の皆さんが落ち着きませんよ」

 後ろから、老婆の声がした。

「殿下」

 兵士長は挙動不審に慌てふためく。

 殿下、と呼ばれたのは白髪交じりの金髪をシニヨンにしている老婆だった。地味なデザインではあったけど、ボルドー色の良い生地と良いテイラーが仕立てたと思われるドレスを着ている。

「あっ」

 あたしとジャスは声を揃える。

「まさかの、生きてた!」

 ジャスは声をひっくり返らす。

「おい、このお方を誰だと思っているんだ。先代のヴァリサイト公の姉君であらせられるぞ!」

 兵士長は顔を真っ青にさせて、ジャスに詰め寄る。

「え、それは、うん。それは分かっているけど……。でもまさか、まだ生きてたなんて!」

 あたしの言葉に、兵士長は肩をふるわせ、

「オレの言葉、分かっているのかあ? この無礼者!」

 と、つばが出るほど、叫ぶ。

「兵士長。あなたは、ちょっと落ち着きなさい」

「え、でも!」

「でも、はなし」

 老婆は茶目っ気のある目で、兵士長を見る。

「アイリーンさん、安心してください。あなたの面倒はこのわたくしがさせていただきますから。そうでないと、この二人に怒られてしまうわ」

 そう言うと、あたしたち兄妹を見て、

「二人とも。わたくし、本当はあなたたちと長話をしたいところだけれど、この調子を見てくれたらわかるとおり、そんな余裕がこっちにないのよ。ごめんなさい」

 と微笑む。

「また、絶対に来なさいよ。あなたたちにはヒジリさんとアイリーンさんに、今回のことでなにが起きたのか、きっちり説明する義務があるのですから」

 机の上に置かれていた金のジャイロスコープを手に取り、ジャスに渡すと、

「持って行きなさい。それは元々そちらのものなのだから」

 と諭すようにあたしたちの目を見た。

「え、いいのですか?」

 と、ヒジリは驚きのあまりか、声がひっくり返っている。

「そもそも、これはここに置いておくべきものじゃないのですよ、ヒジリさん。そして、頼みましたよ。二人とも」

「わかったよ。ばあさん」

 ジャスはみんなに手を振ると、

「ああ、最後に。ヒジリさん。見つかったよ。お城にあった」

 と言って、ヒジリに革のカードケースを投げた。ヒジリはそれを上手に受け取る。

「あっ。オレのアイディパス! てめえ、もしかしてじゃなくても、最初から持ってたな? オレを嵌めやがって!」

 ヒジリは大声でジャスに詰め寄る。しかし、ジャスは全く彼を無視して、

「いつもの館に十五秒後に飛ぶから、ウィズはその十五秒後に来て」

 と言って、指を弾いた。黒い霧とともに、ジャスは消えた。

「全くあの子ったら、相変わらずなんだから」

 老婆は肩をすくませると、

「元気にやってなさいよ」

 あたしの目をまっすぐ見る。

「わかったわよ。そっちこそ、長生きしてよね。じゃあね、ヒジリ、アイリーン。それに、ばあちゃん」

 あたしは指を弾いて、その場から去った。

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