第4話

 あたしはアイリーンと物陰からジャスとヒジリの様子を窺っていた。

 ジャスは神殿に一歩足を踏み入れようとすると、

「なんだ、おまえたちは?」

 赤と白の装束に身を包んだ二人の信者が、行く手を阻む。

「えっと。ボクらはこの中に入りたいだけなのですが」

 「ボクに良い考えがある」って……そんなに簡単に入らせてもらえるはず……。

「入信か。いいぞ」

 まさかのそっち? そっちなの?

 あたしは、開いた口がふさがらない。

 信者二人が背を向けた瞬間、ジャスは鞘に入った状態の剣で一人を殴りかかった。

「なにっ!」

 もう一人は叫ぶ。ジャスはそれに怯むことなく、もう一度鞘に入った剣でそいつの頭をを殴った。

 信者二人が倒れた。気を失っているようだ。

「ウィズ! アイリーンさん!」

 ジャスはあたしたちを大声で呼ぶ。

 あたしたちは神殿の入り口まで駆け寄った。指を鳴らすと、空の黒い霧からムチが落ちてくる。あたしはそれを拾う。

「来るぞ!」

 ヒジリはいつにもまして真剣な目で神殿をまっすぐ見据えた。

「神聖なる神殿に! この無礼者があ!」

 全員違う人のはずなのに、みんな言っていることは全く一緒のことを叫びながら、信者たちは棍棒を持ってあたしたちに襲いかかってくる。

「みんな、それしか言えないのかなあ」

 ジャスは相変わらず無表情で棍棒を剣でなぎ倒していた。

「くそっ。なんて使いにくい剣なんだ!」

「ヒジリさんがわるいんですよ。丸腰だったんですもん。それ、ボク用にカスタマイズされているんだから、当然ですよ」

 ジャスは同じように棍棒をなぎ倒すヒジリに厳しいことを言う。

「アイリーンさん、ウィズ、大丈夫?」

「大丈夫よ!」

 あたしはアイリーンを守るためにムチを振りながら、ジャスに返事をした。



「よし、いっちょあがり!」

 ジャスは、最後の信者を気絶させる。

 床には粉々に砕かれた棍棒の破片と気を失っている信者たちで溢れていた。あたしはそれを見て、ちょっとだけ気分が悪くなる。

「ここまでやってもらうと爽快! いい気味だね。もっとやってほしいぐらい!」

 アイリーンってば、凄く良い笑顔を作る。なんてノリノリなのかしら! 結構毒舌家でイケイケな性格なのね。あたしは少し脱力する。

「行きますよ、みんな」

 ジャスの声に、あたしを含めて全員が頷く。そして、一番奥の部屋――謁見の間まで走った。


 謁見の間に入る。目の前にはいつか見たピンクのカーテンが一枚、あたしたちよりも上にあった。しかし、陰は一切見えない。

 ヒジリは軽々とカーテンの段に上がると、勢いよくそれを開けた。

 祭壇が見えた。

 しかし、誰もいない。

「あっ。誰もいねえ! 教祖の奴、逃げやがったな!」

 ヒジリは口悪く、悪態をつく。

 ジャスも祭壇の奥に上がる。ここからじゃあまりよく見えないけれど、ガサゴソとモノを漁っている音がする。

「あった」

 ジャスは落ち着いた声で言った。

 降りたジャスはあたしの目の前に、金色に輝くいくつかの輪が重なったアイテムに差し出した。「金のジャイロスコープ」だ。確かにその輪の一つにでかでかと丸やら三角やら、一見すると落書きが描かれている。これ、先代の自称美術作品のサインなんだよね。いつも思うけど、やっぱり自己主張しすぎだわ。それはそうと、あたしは、

「やったわ! ジャス! これで枕を高くして眠れるわ!」

 とはしゃいでしまう。

「教祖がいないから、これで『ラグナロク』はおしまいって訳にはいかないよなあ……。ごめんなさい。アイリーンさん」

 ジャスはアイリーンの方を見ると、頭を掻く。

「いいのいいの。ここまで豪快にやってもらったら、清々したわ。教祖を殺せなかったのは残念だったけど……。いつか殺すから、大丈夫よ」

 なにが大丈夫なんだろう……。アイリーンのテンションの高さに、なんだかどっと疲れに襲われる。

 その瞬間、甲高くて頭に響く音が聞こえてきた。あたしは両手で両耳をふさぐ。アイリーンもヒジリも耳をふさいだ。あまりの音に耳と頭がかなり痛い。

「ジャス、どうする?」

 耳をふさぎながらも、あたしはジャスを見る。

 同じく耳を押さえているジャスはあたしに何かを言ってきてはいる。しかし如何せん、キンキン響く音と耳を塞いでいるせいで、何を言っているかさっぱりだ。

 一分ぐらい経っただろうか。音がやんだように思えたので、少し耳を押さえていた手を離してみた。

 謁見の間はしんと静まりかえっていた。

「ん……? 一体何がどうしたっていうのよ?」

 あたしはあたりをキョロキョロ見回してみると、ある異変に気がついた。ヒジリとアイリーンがピクリとも動いていないのだ。

「やっぱりボクら、トラップにハマっちゃったみたいだね」

 ジャスは深く溜め息をつく。

「トラップってどういうこと?」

 あたしはジャスに食いつく。ジャスは、

「この謁見の間はそもそも『この世界』じゃなかったんだよ。元々誰かが作った異空間なんだ。この世界の存在じゃない奴がQCだったんじゃないかな。ボクとしたことが。ぬかった」

 と舌打ちを打つ。

「つまり、今の音は空間が切り離された音ってワケか。で、世界と離れてしまった二人はフリーズしてしまったのね」

 あたしは親指を噛んだ。

「でも、そんなことが出来るのって、あたしたちの同胞以外に誰かいるかしら?」

 ふと浮かんだ疑問をあたしはジャスに投げかける。

「そうだよなあ。ボクらは嘘はつけないはずだから……」

 ジャスが頭を掻く。


 突然、女性のハスキーな高笑いが聞こえてきた。

「なによ、なによ」

 あたしは再び周りを見回す。どうやら声は祭壇の方から聞こえているようだ。

「この空間が元の世界から切り離されても、動ける人間の子供がいるなんて、びっくりじゃ!」

 そのことにあたしは反論しようと、口を開こうとした。しかし、

「手札を見せないで」

 とジャスにそっと言われ、口を塞ぐ。

「QCさんですか? それとも正義の女神サマ? どちらでもいいので、出てきてくれないと、なにもボクらは行動に起こせないです」

 ジャスは真っ直ぐ祭壇の方を見る。

 再度高笑いが聞こえたかと思うと、

「わしはどちらでもないわ! QCはわしが作ったお人形さんだし、そもそも正義の女神なんざ、存在なんかしないしな」

 あたしはジャスの方を見た。ジャスはやれやれと首を下向きに振ると、

「正義の女神は存在するんだけどなあ。変わってるけど。まあ、いいや」

 と小さく呟く。お前には言われたくないよ、その言葉は、とツッコミを入れたかったが、そんな余裕は今はない。

「わしの『ラグナロク』を壊そうとやってきた愚かな人間どもめ!」

 その声が聞こえた途端、暗い煙がふわっと祭壇から現れ、それは真っ黒な大きな足のある龍となった。

「あ……ああ。そういうことね。そりゃ、嘘をつくわね」

 あたしはなんとなく『ラグナロク』の黒幕の正体がわかってきた。ジャスの顔を一瞥する。頷いたので、あいつもどうやら犯人がどんな奴かわかったみたいだ。

 ジャスは、

「鎌をかける」

 あたしに耳打ちをしてきた。あたしは首を縦に振る。

「あなたはだれでしょうか?」

 ジャスは黒い龍に向かって、鴑ストレートな質問をした。

 龍は少し黙っていた。それから、大声で笑うと、

「冥土の土産に教えてやろうか! わしは、常闇の眷属じゃ!」

 と高らかに叫んだ。

 やっぱり。あたしの予想は当たった。

「常闇の眷属? なあに、それ?」

 ジャスはわかっているくせに、とぼけた声で龍に話を促す。

「ふふふ……!」

 馬鹿な龍は不敵な笑いをする。これだから、眷属は。

「この世界を作った『常闇の人々』の話は知っておろう! その眷属として、彼らに仕える為にわしは生まれた! だが、仕えるだけの生活は、つまらなくなった!」

 龍は長い首を横に振る。

「だから、人間どもを思い通りに動かせて、本当に楽しかった! 人間って本当に愚かなのな。あんなきれいな小道具を御神体としてあがめているだけで、金をよこしてくる。ま、こうなってしまったが……。何はともあれ、あとはお前らを消してドロンすれば、良いだけの話じゃ!」

 龍はそう言うと、大きく深呼吸をしてから、口から炎を吐き出した。あたり一帯は火の海で暑い。

「ドラゴン的というか……。鴑定番なワザだけどさ! どうすりゃいいの!」

 あたしは悲鳴を上げる。

「ウィズ。まずは落ち着いて。ジャイロを手に入れるための権限をボクらはすべて持っているわけだから、なんとか対処できるでしょ。しかも相手はただの眷属だ」

 ジャスはそう言うと、ウィンクをする。

「わかったわ。使うからね、アレ」

 あたしは深く息を吐いた。

 ジャスは三回指を鳴らすと、部屋の中全体に大降りの雨が降ってきた。炎は瞬く間に消える。もちろん、あたしもずぶ濡れになる。でも、熱い思いをするよりは、まだマシだ。

「なっ。詠唱なしでここまでの魔術を使えるとは。なかなかやるな、お主」

「お褒めの言葉、ありがとう」

 眷属の龍にジャスは皮肉で返す。

 それを見たあたしは、指を一回鳴らす。次の瞬間、大きな光があたしの指から生まれる。

「もっと大きく! もっと、もっと!」

 あたしは気合いを入れ、光を大きく大きく育てて、なんとか両手に抱えられるぐらいの光を作った。

「相手が闇なら、光で対抗しなきゃね」

 あたしは息も絶え絶えに呟く。

 あたしたち「常闇の人々」はその名の通り「闇」で出来ている。だから、光は最大の弱点だ。

 今、あたしは光を作った。弱点である光を常闇の人々の中で作れるのは、上層部も含めて、あたししかいない。視野が狭い輩に言わせると、あたしは「フリークス」、つまり、奇形だと散々馬鹿にされている。こう言われるのは、非常につらい。でも、それが今こう役に立っているわけで、どこでなにが起きるかわからないものだ。

 まあ、「常闇の人々」の弱点は、あたし自身の弱点であるわけで……。このワザを使うと、結構体力を持って行かれて、つらかったりする。有機体に守られているとは言え、やっぱり弱いモノは弱い。

 それは置いておいて。

 予想通り、龍は苦しんでいる。早く倒れてくれと祈る。でないとあたしのほうが倒れてしまう!

「お主ら、一体何者だ?」

 虫の息の龍は、恨めしそうに言葉を吐く。

「ん……。名乗るほどの者じゃないよ。あえて言うなら、ボクらは常闇の長の言いつけに従っているだけさ」

 龍は、あたしたちの正体に気がついたようだ。

「まさか、お主ら、下っ端の常闇族か! でも何故光が作れるんだ?」

「下っ端で悪かったわね。ちょっとした事情があるのよ」

 と、龍の悪態にあたしは冷たく話す。

「すべての悪行を白状してくれたら、この場で存在を消去するのはやめてあげる。どうする? 裁判にかけさせてあげるだけ、マシと思ってよ」

 ジャスは片笑みを作る。

 苦しみの表情を作っていた龍は、カッと目を見開くと、

「かくなる上は! 逃げる!」

 と叫ぶ。龍の姿はたちまち黒い霧……つまり、闇に戻ると、スッとドアをすり抜けた。

「あっ。待て!」

 ジャスは声を張り上げ、ドアを開けた。

 光を消したあたしもドアの向こうを見る。

「そっかあ。切り離されているんだった」

「まんまと逃げられたね」

 あたしの言葉にジャスは自嘲する。

 ドアの外は真っ暗な闇と星々のように瞬く小さな光が広がっていた。あたしたちはこれを「意識の海」と呼んでいる。

 闇の状態では平気なんだけど、有機体を持っている時は迂闊にこの「意識の海」に飛び込むなと言われている。なんでも有機体が支配しているのが、自分の意識なのか、他者の意識なのかわからなくなるからだとか。

 まあ、とにかく。

「うう……。あたしたち、完璧閉じ込められたわね。どうする?」

 あたしは頭を掻く。

「うーん。んじゃあ、これ、使ってみようか」

 ジャスは、金のジャイロスコープを手に取った。

「え? これを?」

「うん。これを」

「えーっ! 使って良いの?」

 あたしは素っ頓狂な声を上げる。

「だって、ここから脱出しないと、この金のジャイロスコープを長にお渡しできないじゃないか」

 そりゃ、ごもっともだとは思うけどさ……。

「それに、多分ぼくらだけだったら、テレポーテーションで抜けられたとしても、ヒジリさんとアイリーンさんを置いていくわけにはいかないでしょ?」

「そうね。でもどう使うの、コレ」

 あたしはジャスに疑問をぶつける。

「ほら、ここよく見てよ」

 ジャスの指の先をあたしは見る。

「先代の長のサインの他に、ご丁寧に常闇語で使い方が載ってる。ダメで元々、やってみるだけ価値はあるでしょ」

 あたしは頭をくしゃくしゃと掻くと、

「わかったわ。でも、あんたが使ってよ?」

 と言った。

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