第3話

「さっすが! ヴァリサイトで一位、二位を争う観光地! アイロニーヒル!」

 アイロニーヒルはヴァリサイト一技術が発達していて、世界中の様々な機械のパーツが集まってくる場所だ。

 スチームで出来た動く改札口や発券機などがあり、様々な国の装束を纏った人々が右へ左へと忙しなく、そして楽しそうに行き交っている。

 あたしはアイロニー駅の中をキョロキョロと見回した。機械には疎いけど、こういうのを見るとなんだか少しワクワクしてくる。

「おいおい。田舎者丸出しはやめてくれよ。オレは修学旅行中の先公じゃあねえ!」

 ヒジリはあたしとジャスの腕を掴んだ。


 三時間前、ヴァリサイト領のセントラル駅で、「ラグナロク」の集団は、アイロニーヒル行きの列車に乗ったのを確認した。

 ラグナロクが乗った列車は貸し切りだったようで、同じ便で乗ることはかなわなかったのだけど、まあとにかく、三十分後には出発できて、なおかつ、無事到着することができた。


 改札口を出たあたしは、立ち止まり、

「ねえ、二人とも。どこに『ジャイロ』はあると思う? あたしが思うに、神輿ごとジャイロはその『ラグナロク』だっけ。その宗教の神殿か礼拝堂にあると思うんだけど」

「そりゃあ、そうだ。そこら辺のゴミ箱にあったらそれこそ問題だぜ」

「こう人が多かったら、信者なのか、観光客なのか、イマイチ見分けがつかないわね。訊いた人がラグナロクだったら、すごくイヤだわ」

 あたしはヒジリに不安をぶつける。

「そうならないようにするための、これさ」

 ジャスは八つに折りたたまれたチープな色刷りの紙を取り出した。

「なにこれ」

「ん? 地図。いわゆる観光マップ。駅にたくさんあったから、拝借した」

 あたしの問いにジャスは答える。

「へ……へぇ……。目ざと……」

 あたしはややあきれ顔を作る。

「そこには載っているのか? いるのか?」

 ヒジリはジャスの身体を強引に揺さぶる。

「今、見ますから、ヒジリさんちょっと落ち着いて!」

 ジャスは揺さぶられつつ、叫んだ。


 地図によると、「ラグナロク」はここアイロニーヒル発祥の宗教で、この街の人の半数はラグナロク信者らしい。

 あたしはこんな発展したところなのに、宗教に頼らなきゃ生きていけないなんて、人間ってすごく弱い存在なんだな、と改めて痛感した。

 教祖はQCという人で、「正義の女神」を信じているとか、教祖は女神のお告げを聞いて、それを布教しているとかなんとか。

 ここだけの話なんだけど、「神」は二代目の常闇の人が人間を統治するために作った不老不死の存在なんだよね。

 それで、いつだったか、実際にあたしたちは正義の女神に会ったことがある。何故か女神はジャスに惚れて、猛烈アタックしていたんだけど、ジャスは「あんな年増は趣味じゃない」とバッサリ切ってしまったのよね。アレは女神がちょっとかわいそうだったな。

 話がずれた。

 まあ、変な趣味・趣向はもっているけど、胡散臭いお告げをするような神じゃないのは確かだから、多分、女神のお告げ云々は教祖の狂言だと思う。


 神殿まで行くのに、バスに揺られて十五分かかった。

 乗客はあたしたちだけで、バスは貸し切り状態だったけど、おしゃべりに興じる気分でもなかったので、あたしは窓越しに人工物から緑に変わっていく町並みを眺めていた。

「へえ、アイロニーヒルもちょっと行くと、こんな緑に囲まれているんだね」

 バスを降りたジャスは思い切り背伸びをする。

「うぅ……。神殿はどこなの? あと三十分歩くとかはイヤだからね」

 バス酔いしたあたしは、頭を伏せながら、バスから降りる。

「おい、あんたの目は節穴か。目の前にあるぜ」

 あたしは顔を上げると、ヒジリの言うとおり、見るからに白い神殿という神殿が建っていた。お堀が周りを囲っている。白く大きな柱が何本も続いていて、神殿がどこまで続いているのか、目視では分からない。

 そして、何故か門番がいない。つまり、入ろうと思えば、入れるんだけど……。

「どう手に入れるか、だよな」

 ヒジリは腕を組むと、低く唸る。

「『そのジャイロはボクたちにとって大切なもので、返してください』でオッケー?」

 ジャスは振り向き、あたしを見る。

「オッケーじゃないわよ。むしろアウトよ」

 あたしは呆れ声を出す。

「んじゃあ、どうするかな……」

 ヒジリは再び唸った。


「あの……そこどいてくれませんか?」

 あたしは幼い声のほうを振りかえる。

 そこには薄汚れた白と黄色のドレスを着た小さな女の子が立っていた。整えてあればきれいだと思われる亜麻色の三つ編みも、泥まみれである。

「あ……ああ。わりぃわりぃ」

 ヒジリはそう返事すると、あたしたちは神殿の入り口を開けた。

「ありがとう」

 女の子は頭を軽く下げ、ドレスの裾をあげると、神殿の中に入っていった。


「上品そうな嬢ちゃんじゃあねえか。どこかの白髪とは違うな」

 ヒジリは意地悪い目であたしを見る。

「あ、そ」

 あまりのくだらなさに、あたしは軽く息を吐く。

「反応しろよな、張り合いがないぜ」

「知らないわよ」

 あたしはヒジリの子供っぽい言動を軽く受け流した。


「出てけー!」

 という怒鳴り声が神殿の中から聞こえてきた。あたしは思わず驚き、わっ、と声を漏らす。

 入り口から、さっきの女の子が赤装束の信者に抱えられながら出てきた。女の子は大暴れしていて、信者の顔や身体を蹴ったり殴ったりしている。しかし、小さすぎるため、ほぼダメージは与えられている様子はない。少し痛がってはいるみたいけど。

「きゃあ!」

 地面に投げられた女の子は悲鳴を上げる。

「こんなナイフ一本で、『ラグナロク』をどうこうしようだなんで、愚か者め!」

 信者の一人が冷たい言葉を吐き、神殿の中に消えていった。

 あたしは痛がっている女の子に駆け寄り、

「ね、大丈夫?」

 と頭をさすった。

 女の子はあたしの顔を見るなり、あたしに抱きつき、大泣きした。


「で、嬢ちゃん……ええと。アイリーンちゃんは……ご両親を取った『ラグナロク』を壊滅させたい、と」

「うん。弟がいたんだけど、流行病になっちゃって。でね、『ラグナロク』を信じれば、弟の病気が治るって言われて、信じ始めたのよ」

 神殿から五分ほど歩いた場所にある木陰で、あたしたちは、女の子……アイリーンの話を聞いていた。

「ならさ、ジャス。その弟さんにヒーリングをかけてよ。この世界の病気ぐらいなら、治るでしょ」

「ウィズ。そんな権限、ボクらにあると思う? そもそも、この子の弟の病気を治して、結果、ジャイロを手に入れられる?」

 あーそうだったそうだった。

 目的と手段の乖離が始まっていたよ。

「もう遅いわ。少しよくなったかと思ってたら、弟は死んだもの」

 あたしは息をのんだ。

「え、じゃあ、もう信じないはずでしょ?」

 あたしはアイリーンの肩を握る。

「私たちを信じれば、弟は生き返る。そう言われたんだって……。それから、ずっと口を開けば、正義の女神や教祖のことしか話さなくなったわ。しかもなんか、教祖に言われてよくわからないけど、やっちゃいけないお金の儲け方にも手を染めているみたい」

 アイリーンはあたしから顔を背ける。

「そのお金もすべて、『ラグナロク』に行っちゃっているの。家のメイドも愛想尽かせて出て行ってしまったわ。だから、教祖を殺そうって。そうしたら、母さんと父さんは帰ってきてくれる……はずだから」

 アイリーンは、小さく悲しい声を出す。

「ひどい話だよなあ……。生きている娘をほっぽって、死んだ子供を気にするってさあ……」

 胡座をかいていたヒジリは膝に肘をつく。

「親の思うとおりに子供が動かないのは世の常だけど、その逆もしかり、だからねえ」

 大きく背伸びしたジャスは、両手を叩いて、

「あ、そうだ。キミ。この神殿の祭壇入ったこと、ありますか?」

 とアイリーンの目線まで腰を落として、訊いた。

「入ったことはあるけど……どして?」

「神殿に関するあなたの情報が欲しいのです。例えば、内部構造についてとか、どんな部屋があったのか、とか」

「そんなに覚えてなんかないわ。それにあんたたちに、そんなこと話したって、どうしようもないし」

 ジャスは咳払いをすると、

「ボクらは、あの神殿にあると思われる『金のジャイロスコープ』を求めています。キミは見たことはないかもしれないけれど、キミの記憶をたどれば、少しぐらいは建物の中が把握できます。そうすれば、どこにあるか少しは見当がつく」

 ヒジリは草をちぎって投げると、

「おい、本人、忘れてるって言っているんだぞ」

 キツい口調でジャスに話す。

 ジャスは立ち上がると、

「ええ……それは知っています。でも、実体験として行動しているならば、ボクらはその記憶を読めます」

 それから、あたしの目を見て、

「ウィズ、あとはよろしく」

 とごく自然に言った。

 あたしはそのまま、わかったわ、と答えそうになったけど、すぐに、

「ちょっとまって、あたしが?」

 とジャスの肩を握る。

「うん。ウィズ。キミが。ボクが女の子の記憶を読むのはマナー違反でしょ」

 ジャスはごく当たり前のことを言い切った。そりゃあそうだけどさあ……。

「いろいろ、訊きたいことが山積みなのだが、ちょっと、いいか?」

 ヒジリは胡座をかきなおす。

「二つ質問ある。一つは、記憶を読むって、そのままの意味か?」

「はい。そうです。それぐらいの権限はあるので」

 ジャスは簡潔に答える。

 納得しない様子のヒジリは、

「二つ目の質問。おまえらには性別ってあるのか? 『常闇の人』は闇そのものだろ。性別って意味あるのか? そして、そういうマナーとか、さ、いろいろツッコみどころ満載なんだが」

 ヒジリが口にした「常闇の人」を聞いたアイリーンは、あたしたちを交互に見て、

「うそ……。常闇族って本当にいるの……?」

 と小声で呟く。

「本物かどうかは、わかんないぜ? こいつら、あくまで自称だ。安心しろ」

 ヒジリはアイリーンの肩を組む。

「ホンモノよ。あたしたちは『元人間』の常闇の人よ」

 あたしはヒジリに楯突く。

「ウィズ。ちょっと落ち着いて」

 ジャスはあたしを制すると、

「『有機体』、つまり肉体の方には性別はありますよ。闇本体の方に、メンタルに性別があるか、といったら、個体差はありますけど。ボクら兄妹は、元人間なので、人間だったときの性別で行動しています」

「あー。混乱してきた。何言っているか、さっぱり……」

 ヒジリは頭をかきむしり始めた。

「脱線しすぎました。アイリーンさん。では、ボクの考えを話します」

 ジャスは再びアイリーンの目を見る。そして、

「ボクらにあなたの記憶をください。その代わりに、ボクらはあなたに協力、つまり、教祖を倒します」

 と、重大なことを勝手に決めてしまった。

「待ってよ、ジャス。そんなあたしたちに権限あるかしら? 宗教って、人間にとって結構重要なステータスよ。信じているモノを勝手に壊すのはどうかと思うわ」

 あたしはジャスの意見に反対する。

「ねえ。ウィズ。こういう考え方がある」

 ジャスは立ち上がると、

「ボクらの目的は、『金のジャイロスコープ』を手に入れること。それを完遂するための権限はあるのは分かっているよね?」

 といたずらっぽい目であたしを見る。

「ええ。それは分かるわ」

「つまり、ちょっと乱暴な方法を使ってでも、手に入れなくてはならなかったら? いわゆる不可抗力として、『ラグナロク』を壊滅してしまった……ことにしておけば……」

「ああ……そういうことに……そういうことぉ!」

 あたしはジャスの言葉に納得しそうになり、

「マズくない? それってやっぱり詭弁だわ!」

 と聞き返す。

「詭弁でも何でもいいじゃあないか。アイリーンさんが損して、自分たちだけが得するというのは、ボクが納得いかないんだよ」

 ジャスが言うのももっともだわね。あたしたちだけでは、フェアじゃない。

「うん。分かったわ。あたしは納得した。ヒジリさんはどう?」

「ううむ……結局こうなるのか」

 ヒジリは腕を組む。そして、左拳を右手の平に勢いよく当てて、

「もうこうなったら、破れかぶれだっ。いってやるよ」

 ジャスは、また腰を落とし、アイリーンの目を見て、

「アイリーンさん。そういうことなので、お願いできますか?」

 いつもと打って変わって、優しい声で尋ねた。

「わ……わかったわ。お姉ちゃん、よろしくね」

 アイリーンはあたしの前に立つ。

「おいおい。アイリーン、いいのかよ。でも、やっぱり、こんな宇胡散臭い闇なんぞ、信用してもいいのかよ」

 ヒジリは立ち上がり、アイリーンの肩を掴む。

「おばあさんの昔話じゃ、常闇の人は嘘をつかないって聞いているから。言い逃れはしてるけど」

 アイリーンはヒジリに微笑む。アイリーンってかわいい割には言うことは言う子なのね、と脱力してしまう。

「何かあっても知らないからな!」

 ヒジリは顔を背けると、また胡座をかいた。

「んじゃ、いくわよ」

 あたしはアイリーンのおでこに頭を添える。そして、目をつむると、反対の手の指を三回鳴らした。


 あたしは神殿の中にいた。正確には「アイリーンが見た過去の神殿の中」だ。

 もっと周りの雰囲気が見たかったけど、如何せん、アイリーンの目線でしか見れない。あくまで、アイリーンの記憶だから仕方がない。

 アイリーンの視線の先には、煌びやかで、豪華な服――まるで貴族のような服を着た、両親と顔を真っ青にさせた少年がいた。あれがアイリーンの弟かな。

 アイリーンの家って金持ちだったんだなあ……と思っていると、

「教祖様。うちの息子を……うちの息子の病気を治して、助けてくださいませ……」

 アイリーンの父さんが目線より二段高いところにあるピンクのカーテンの影に向かって頭を下げる。

「ほら、アイリーンも頭を下げて」

 アイリーンの母は、アイリーンの頭を無理矢理下げさせ、自身も下げる。

「わかった。ならば、我が教団に奉仕せよ」

 あーあ。分かってはいたけれど、典型的な悪質教団だわ。「奉仕」って、きっとお金をくれくれ、ってやつだわ。

「ありがとうございます」

 アイリーンの父さんは、もう一度頭を深く下げる。これは泥沼化・斜陽化まっしぐらなのは目に見えているわよ。

 アイリーンの目はカーテンの向こうの教祖を見ていた。教祖の横に映る陰に、輪がいくつも重なったものが映っている。もしかして、あれ、「金のジャイロスコープ」?

 もっと見ていたかったけれど、キョウソサマの謁見の時間は終わってしまった。

 謁見の間からでる直前、アイリーンは振り向き、カーテンの方を再度見ていた。

 ごそごそと動いたあと、教祖の陰は風のように消え去っていた。


 帰り道、神殿の中を歩くアイリーンの目線の先を、あたしは覚えるのに必死だった。


 ハッと気がつくと、あたしは芝生の上に寝ていた。

「あ、どうだった?」

 上着を脱いだジャスがあたしの顔を覗く。

「急に倒れるから、びっくりしたぞい」

 ヒジリは呆れ顔でため息をつく。

「お姉ちゃんが倒れたから、驚いたわ。あたしのせいで死んじゃうかと思った」

 アイリーンは泣きそうな目であたしを見る。

 あたしの上には、ジャスの上着が掛けてあった。

「心配をおかけしたわね。結果は上々よ。今、地図を書くわ」

 あたしは起き上がると、ジャスにジャケットを返す。それから、指をはじいた。黒い霧の中から、青い万年筆と赤い革張りの手帳が落ちてくる。あたしはそれらをキャッチする。

 広げたその手帳に、読んだアイリーンの記憶を丁寧に書いていく。

「意外と内装は単純なんだね」

「ええ。信者とかしか出入りしていなかったから、おそらく入信者の控え室か、礼拝室みたいな感じなのかも」

 あたしの手帳をジャスは読みながら、あたしは情報を付け加える。

「で、教祖との謁見の間にジャイロがあったわ。教祖が大事そうに持っていた。もしかしたら、それで各世界を行き来しているに違いないわ。この世界から消えたのが見えたもの」

 ジャスは立ち上がると、

「ラグナロクをぶっ壊せば、ジャイロが見つかるはずだから、がんばるしかないですね」

「そんな物騒なこと、ドヤ顔で言ってんじゃあないわよ」

 あたしはジャスに迫った。ジャスは表情を変えることなく、

「んじゃ、突撃するよ」

 と言った。

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