第2話
「で、これからどうするか、だ」
「知らないわよ。どこにあるか皆目見当がつかないんだから」
「つーか、全然ヒントをもってねえのかよ。あんたら、バカなんか?」
あたしたちは、さっきからカフェのテーブルで顔をつきあわせて、頭を悩ませる。
「バカとはなによ。バカとは」
あたしはヒジリの言葉にイライラする。
「ウィズ、怒ったって、どうしようもないだろ」
「ジャス、でもさあ……」
「てめえら、情報が一切ないのかよ? どーするんだ?」
ヒジリは不満げな話でこちらを睨み付ける。
「ないことはないよ。ね、ウィズ」
ジャスはそう言って、右手で指を弾いた。彼の頭上に黒い霧が出てきて、白い手鏡が落ちてくる。ジャスはそれをキャッチした。
「はあ? 一体何を考えているんだ? 見繕いとかするってわけか? ふん、女顔の軟弱モノめ!」
ヒジリは小馬鹿にする言動を吐く。
「そんなこと、今するはずないですよ。知ってそうな人にコンタクトをとるだけ」
「誰? 誰にコンタクトをとるの?」
あたしの質問にジャスは、手鏡をこちらに向け、
「ん? チャリオットさん」
「えっ! チャリオットさんに? やだー」
あたしは不満を漏らす。チャリオットさんはジャスを超えるほどの変人で、なおかつ厳しいから苦手なんだよね……。
「はん! こんな手鏡でどうコンタクトをとるのか? ふざけているのなら、怒るぞ!」
ほぼほぼキレているヒジリに、
「ふざけてなんかいません。マジです。マジです。大真面目です」
ジャスは真顔で答えると、手鏡を三回振った。
「もしもし、チャリオットさん?」
ジャスは鏡を覗き込む。すると、鏡から光が消え、大きな黒い靄……「闇」が鏡に映った。
「んな、そんなんで……っておい! これって!」
闇を見たヒジリは腰が砕けたようで、椅子から転げ落ち、尻餅をつく。それから、あたしたちを指差し、
「てめえら! 闇使いか!」
と枯れた声を裏返して叫ぶ。
「しーっ! ちょっと、声が大きいわ」
あたしは口の前に人差し指を持ってきて、ヒジリに静かにするように話す。
周りを見回す。幸い、他の客には聞こえなかったようで、あたしは胸をなで下ろす。
ヒジリはやっとこさ立ち上がると、
「てめえら、なにもんだ? 闇使いなんて、胡散臭すぎる! 悪魔の手先め! やっぱ、しょっ引くぞ!」
とあたしたちにメンチを切る。
あたしは、深く溜め息をつくと、
「あのねえ……。『闇使いイコール悪』って考え方、やめてくれない?」
とあたしもヒジリを睨み付ける。
「昨年だったか、隣のセレスタイト領で汚職事件とそれを揉み消す殺人事件が起きて、その犯人は高級地位の光使いだったって一昨日の新聞に載ってたわ。あたしたちは決して純粋ピュアだとは言わないけれど、そんな大それた犯罪や罪はしていないつもりよ。はっきり言って、闇を悪と捉えることそのものが悪だわ」
あたしが続けた言葉に、ジャスは、
「正確には、ボクらは闇使いというよりは、『闇そのもの』なんだけどね。『常闇の人々』って知らない?」
と尋ねる。
「『常闇の人々』? なんだ、それ」
ジャスは、ため息をつくと、
「ん……。この時代のこの国だったら誰もが知っていると思っていたんだけどなあ……。ま、いっか。説明するよ」
あたしは若干焦って、
「そんな権限、もらっているの?」
とジャスに尋ねる。あたしたちは末端も末端の身分。権限外のこと――この世界に干渉できる事柄の域を「権限」というのだけど――その権限を超えたら、あたしたちはあたしたちの上司の上司、チャリオットさんに処罰されてしまう。
「普通の教育を受けた人なら、ボクらのことは知ってて当たり前だから、さ。ここまでばれたら、それにこっちの身分、そして目的を話さないと信用されないだろうし。チャリオットさんならわかってくれるさ。多分」
「多分、って。それが不安よ!」
ジャスの言葉にあたしは肩を落とした。
「つべこべ言わずにさっさと話せ! てめぇらは何者なんだ?」
ヒジリは怒鳴る。
ジャスは真顔で、
「ボクらは『常闇の人々』というものです。この世界の裏側から来ました。ここまでは、オーケーですか?」
と、丁寧にヒジリに話し始めた。
「ちょ、待てよ。世界の裏側ってなんだよ?」
「まず、最後まで話を聞いてください」
ヒジリの言葉を遮って、ジャスは話を進める。
「ボクらの四代前の方たちがここを含む、いくつかの世界を作りました。ボクらの主な仕事はその見回り・点検が仕事です」
あたしは恐る恐るヒジリの顔を見る。ヒジリは、目が点になっていた。
我に返った様子のヒジリは、
「あ、そういえば、昔うちの死んだ祖母さんがいってたような……っていうか、言ってた! あんな神話か昔話、まさか、本当に?」
と、こっちの顔をまじまじと覗き込む。
「本当よ。で、『ジャイロ』を我々の長がお求めになっていたから、あたしたちをこの世界に遣わしたのよ。あたしたち、なんだかんだでこの世界に縁があるし」
ヒジリの口は金魚のように、ぱくぱく口を開けたり閉じたりしている。
「うちの祖母さんの話じゃ、常闇の人々は肉体を持たないはず! 闇そのものだから! でも、今あんたたちは目の前に存在している! どういうことだ?」
やっとのことで声が出たようすのヒジリに、ジャスは、
「有機体――いわゆる肉体を貸してもらっているんです。そうすれば、この世界でこうやって人間とコンタクトがとれるから」
と的確に説明する。
「もうひとつ、聞いていいか? 『金のジャイロスコープ』を求めている理由はなんだ? その様子だと、金目当てで盗んでいるとは思えない。まあ、あんたらが話すことがすべて本当であるということが前提だけどさ」
ヒジリはあたしたちを指差し、カジュアルに訊く。
その言葉を受けて、
「ボクらにも長の意図はわかりません。ですが、長をはじめとして、上層部は血眼になって探していたのは確かです。最後に。信用するかどうかはあなた次第ですよ」
とジャスもカジュアルに微笑む。
ヒジリは、うむ、と頷く。
次の瞬間だった。
ジャスの持っていた白い手鏡が小刻みに震えだした。
「なんだ、なんだ?」
ヒジリは飛び跳ねる。
「あ、そうこうしているうちにチャリオットさんにつながったのかしら?」
あたしは何も写っていない手鏡を覗き込むと、
「あっ!」
と思わず驚きの声を上げ、立ち上がる。
「え、そのまさか?」
ジャスも驚いた様子をする。
ヒジリは何が起こっているのかわからないらしく、顔面蒼白で震え始めた。
「もしかしたら、と思ったのですが、本当に偽物だったのですね。ごめんなさい。私の調査不足でした。常闇の長、失格ですね」
まさか、は当たった。
鏡に応答したのは、チャリオットさんではなく――常闇の長、その方だった。
「あたしたちの力不足のせいです! 長の責任だなんて、そんな!」
あたしは必死にフォローをする。
「何も言わないで。ウィズ。ジャスも、若いあなたたちを危険な目に遭わせてしまったのは、私の責任です。よくぞ自分で切り抜けて、また、人間を味方に引き入れることができました。あなたたちはこの世界をよく知っているとはいえ、実際に住んでいる人の知識にはかないませんから」
光が一切見えない闇に満ちた鏡の中から、きれいなソプラノボイスが響く。
「ヒジリさん、と言いましたね。うちの者がお世話になっています。どうか、私たちが闇とはいえ、恐れないでくださいませ」
「は……はあ」
ヒジリは尻餅をついたまま、生返事をする。
「『金のジャイロスコープ』は元々、先代の長が遊びで作ったマジックアイテムでした」
「遊びで作ったあ?」
ジャスの声はひっくり返る。
「ええ。遊びで」
長は繰り返す。
「効果は、有機体、いわゆる肉体ごと、世界を渡ることができるというものです。つまり、今のジャスでもウィズでも、ヒジリさんでも、別世界、言い換えると、パラレルワールドに飛べるんです」
「なんですって?」
あたしも声をひっくり返してしまう。
「もし、邪な奴に渡ったら! 未発展の世界が高発展の世界に支配されてしまいます!」
「そうなんです。各世界はそれぞれに介入してはいけない決まり。それが破られてしまったら……。あのバカ。なんてものを作っちゃったのかしら?」
あたしの推測に、長はぼやきをいれる。
「まあ、とにかく。早く回収しないとダメなのです。ヒジリさん。どうか、協力してくださいませ」
「は……はあ」
ヒジリは立ち上がると、軽く頭を鏡に向かって下げた。
「では、二人とも。絶対に探してくださいね。責任は重大ですよ」
そう長の声が聞こえたかと思うと、鏡に光が戻った。
あたしは、椅子に溶けるように体を預けると、
「あーっ、緊張したあ……。ま、今は責任重大で気が重たいけど」
と小声で弱音を吐く。
「ま、仕方がないじゃないか。まさか、ボクも長が出てくるとは思わなかったけど……って!」
ジャスは言葉に詰まる。
「どうしたの?」
ジャスはあたしの目を悲しそうな目で、
「どこにあるか、聞きそびれた……」
と悲痛な声を出す。
「あ……ああ……」
あたしもつられてしまう。
「てめえら、どうするつもりなんだ? もう一度、その長とやらに、コンタクトとれよ」
「長はお忙しい方よ。そんな無茶はできないわ!」
「なら、なんでさっき出たんだよっ。そして、肝心の情報を出さないんだよっ!」
ヒジリとあたしは睨み合う。
「二人とも。落ち着いて、落ち着いて」
ジャスはあたしとヒジリを引き離す。
「ウィズ。とにかく、今から図書館に行って、情報を探すしかないよ。ヒジリさんも手伝ってもらえますか?」
ジャスはヒジリを見る。
「え、オレも?」
「ええ。ヒジリさんも」
ヒジリもジャスの目を見る。
「イヤだ、イヤだっ! 眠たくなるんだ。行きたかない!」
ヒジリは子供のように首を振る。
「だだをこねないでよ! 行くわよ!」
あたしはヒジリの腕を掴む。
そのときだった。
耳につく弦楽器の不協和音が聞こえてきた。あまりの気持ち悪さに酔ってしまいそうだ。
それと同時に、どこからともかく、白く長い布を頭にかぶった赤い装束の人々が、ぞろぞろと歩いてきた。
「あー。また始まりやがった」
ヒジリは頭を掻く。
「ヒジリさん。なんですか、これ」
ジャスは興味津々の様子で尋ねる。
「新興宗教の『ラグナロク』ってやつだ。胡散臭いだろ? けしからん! しかも、ジェイド男爵っていう貴族がバックにいるから、余計にややこしくてな」
ヒジリは腕を組む。
「胡散臭い、というよりは非常に不気味だわ。って、どしたの、ジャス?」
ジャスは『ラグナロク』の集団をじっと見つめていた。
「おーい。どした? ジャぁス?」
あたしはジャスを茶化す。
「ウィズ。『ジャイロ』の行方、わかったよ!」
ジャスはあたしの肩を掴むと、叫んだ。
「え、どういうこと?」
あたしはジャスに尋ねる。
「今ね、そこを歩いていた信者がさ、今から神殿にある御神体を見に行く、それは金で出来たそれは珍しい不思議なジャイロスコープで……そんな感じのことを言ってた」
「でも、ジャス? その御神体とやらが、どこにあるのかなんて、あたしたちにはわかりやしないわ!」
あたしはジャスに詰め寄る。
ジャスはその言葉を聞いているのかいないのかわからないけど、
「ねえ、ちょっと。この集団さ、駅に向かっているように見えない?」
ジャスは案内標識と「ラグナロク」を交互に見ていた。
「もしかしたら、電車に乗って、その……神殿に行くのかも」
ジャスは軽い笑みを作る。
「んじゃ、駅に行ってみるか」
「そうね」
初めてあたしたちは意見が一致した。
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