今日は明日の物語

端音まひろ

双子編

第1話

 あたしの双子の兄、ジャスは鈍い音を立てて、そっと金属で出来た重たい扉を開けた。

 中は明かりがついていないため、薄暗い。本当は明かりをつけて、はっきりと部屋の中を見たいところだけれど、今はそれはちょっとマズい。

「入るよ」

 ジャスはあたしに赤い右目とあたしと同じ水色の左目で目配せすると、中へ入った。続けてあたしも中に入る。

 部屋の中は結構広く、宝石や金細工がガラスケースに入っていて、またきれいな模様が書かれた陶器の壺や彫刻が並べられてあった。絵画も丁寧にかけてあって、まるで宝物庫か美術館のように見える。

「へえ……ばあちゃんの話は本当だったんだな……」

 ジャスはそう言いながら、一つ一つ品を見ていく。

 その瞬間だった。

 明かりがパッとついた。あたしは思わず、きゃっ、と声を上げる。

「だれだっ!」

 薄緑の鎧の男が叫ぶ。眉毛とはっきりとした目が印象的の厳つい顔だった。ジャスより頭一つ高い身長で、ちょっと威圧感がある。

「そんな! 見張りがいるなんて、聞いてないわ!」

 あたしは悲鳴に近い声をだす。

「ソーサス聖国ヴァリサイト城に侵入するとは、このオレが許さん!」

 鎧の男は腰の剣を抜くと、あたしたちに剣先を向ける。

「ヴァリサイト公のヘソクリ部屋にも一応兵士がいるのか。ふうん」

 表情を一切変えず、ジャスも腰にさしていた剣を鞘から抜いた。

「ヘソクリとはなんだ! 先々代の公爵様が個人的にお集めになったものだぞ!」

「それをヘソクリっていうんだよ!」

 兵士の言葉にジャスは叫ぶ。

「まあ、いい。お前らをしょっ引いてやるよ!」

 兵士はあたしたちに剣を大きく振り下ろした。ジャスは甲高い金属音を立てて、その剣を受ける。

「うわ、剣筋ぶれすぎじゃないか! キミ、ちゃんと訓練している?」

 兵士の剣を弾いた後、ジャスは嫌みな笑みを作る。そんな、挑発するような言葉を発しなきゃいいのに……。

「ウィズ、ボクがこいつと戦っている間、『金のジャイロスコープ』を探し出して」

 ジャスはあたしに耳打ちする。あたしは頷く。

「このー泥棒! クソガキめ!」

 兵士は再びジャスに向かって、剣を振るってきた。ジャスはその剣を何度も受け続ける。

 あたしは飾ってあるものを一つ一つ見ていった。きれいな宝石や絵画はたくさんあるけれど、お目当ての「金のジャイロスコープ」はなかなか見つからない。気ばかり焦る。

「ウィズ! まだ?」

 ジャスは攻撃に転じず、ただひたすらに剣を受ける。

 厳つい兵士は、あたしが展示物を物色しているのに気がついたらしい。

「てめー!」

 あたしの方へ突進してきた。あたしは思わず、指を鳴らすと、あたしの頭上に黒い霧が現れた。その中から長いムチが落ちてくる。

「あんたの相手は、ジャスでしょ! あたしに近づかないで!」

 あたしはムチを一度大きく振った。バチィと弾ける音と立てて兵士の鎧に当たる。

 兵士は怯み、尻餅をつく。あたしはその隙を突いて、兵士の前から逃げた。

 あたしは、もう一度指をはじいて、現れた黒い霧の中にムチを放り込むと、ジャスに駆け寄り、

「ジャス! いったん、引きましょ! この状況は想定外で権限の範囲外よ!」

 と詰め寄る。

 しかし、ジャスは全く焦る様子もなく、

「ん。見つかったよ」

 と言って、剣で一つのガラスケースを叩き割った。

 粉々になったガラスの破片の中央には、手のひらサイズの金色の輪がいくつも重なっている置物が置かれていた。あたしでも分かる。これは「金のジャイロスコープ」だ。

 ジャスは剣を鞘に収め、金のジャイロスコープを手に取る。

「目当てのモノは見つかったのなら、サッサと行きましょ」

 あたしがそう言った瞬間だった。

「この、クソガキめえ!」

 厳つい顔の兵士がますます厳つい顔でこちらに向かって走ってきた。剣をジャスの頭上へ大きく振り下ろす。

 あたしは思わず両手で目を隠した。それから薄く目を開けた。

 目の前に広がっていた光景は……血まみれのジャスではなく……ジャスの持っていた金のジャイロスコープが兵士の剣で真っ二つに割れている様子だった。

「はあああああっ? 壊れた?」

 あたしは大声で叫ぶ。そりゃそうだ。「金のジャイロスコープ」は絶対に壊れない――そう。絶対に壊れないはずの金のジャイロスコープがご覧の通り――壊れてしまったのだから。

「あ……あ……」

 厳つい顔だった兵士はあまりに驚いたためか、情けない顔をして倒れこんだ。

「どういうこと? これは!」

 あたしは再度叫ぶ。

「どういうこと……って、こういうことなんでしょ」

 腰を落としていたジャスは立ち上がり、金のジャイロスコープを元の場所に戻す。


「とりあえず、こいつがこの状態のうちに、テレポートして逃げよう」

「え、そのまま歩いて逃げればいいんじゃないの?」

 ジャスの言葉にあたしは質問する。

「ここへ来る複数の足音がある。そのままだと他の兵士に捕まってしまうよ。とっとと、ここから出て行こう」

「えー。酔うから、嫌なんだけど……」

 まあ、捕まるよりはかなりマシだし、使うしかないか。

「座標、きちんと確認してね。ボクの時間座標はこれから五秒後、x座標二,九十一、y座標三,四十五、z座標0でいくから、ウィズはその十秒後の時間座標地点に来て」

 ジャスは、革の手袋を少しめくり、左手首につけた時計を見たあと、あたしの目を見る。

「分かったわよ。ちなみにこの座標点はどこにあたるの?」

「ん、今日泊まったホテルの裏だよ。もう一度作戦会議しよう」

 ジャスにあたしは、

「オーケー」

 あたしはそう言って右手で丸を作る。

 ジャスは軽やかに指を弾くと、黒い霧と共に跡形もなく消えた。いつも思うのだけれど、革の手袋でどうやってあんな音が鳴るのだろうか。ま、そんな事考える前に、あたしもココから逃げよう。

 そう思って、あたしは目をつむり、座標点を確認すると、指を弾いた。



 それから、一時間後のこと。

「本物の『金のジャイロスコープ』はどこなんだろうね」

 あたしたちは、ここヴァリサイト城の城下町で一番有名なカフェに入っていた。

「知らないわよ。まさか、あれがニセモノだなんて、思いもしないわよ」

 丸テーブルに肘をつくジャスのぼやきに、あたしは腕を組み、不満を吐く。

「キングパンケーキとチャイのアイスになりまあす」

 突然キーとテンションの高い声が聞こえてきた。驚いたあたしは振り向くと、お盆を持ったウェイトレスが後ろに立っていた。ジャスは、ぱあっと顔をほころばせ、

「ありがとうございます!」

 と、にっこり笑って、皿を受け取る。

 あたしもアイスチャイを受け取ると、すぐにストローを咥え、少し啜った。

 ジャスはすでに受け取っていたナイフとフォークを取り出すと、キングパンケーキなるあたしの親指ほどのぶ厚さのパンケーキ三枚を丁寧に切り始め、口の中に放り込んだ。

「うん、おいひ」

「お行儀悪いわよ」

 満足そうにパンケーキを頬張るジャスを、あたしはチャイを飲みながら見つめる。


 その刹那、

「おい、クソガキめ!」

 という男の野太い声が聞こえてきた。声のする方を見ると、さっきの薄緑の鎧を着た兵士だった。しかし、今は私服らしい濃い緑のシャツに白いズボンを穿いている。周りの客はざわめく。

「やば……」

 あたしは立ち上がろうとした。ジャスがあたしの着ているケープの裾をつまむ。ジャスの方を見ると、

「座ったまま」

 とまっすぐ前を見たまま、小声で指示する。あたしはそれに従い、席に座る。そして、ジャスは全く兵士に気にすることなく、再びパンケーキを頬張り始めた。

「てめえら、よくもオレが見張りの時に、ドロボーにはいりやがったな!」

 男は怒鳴りながら、あたしたちに近づいてきた。周りの客は男の凄みに、どん引きしている。

「ウィズ。無視」

 ジャスはパンケーキを切りながらささやく。

「てめえ、聞こえてるぞ! 無視って! なんだ!」

 男のツッコミが冴え渡る。もしあたしがこの男だったら、全く同じツッコミをするにちがいない。

「わかりましたよ。話を聞きますから、このパンケーキを食べ終わるのと、ウィズがチャイを飲み干すまでは、待ってください」

 ジャスは男を一切見ずに黙々とパンケーキを切りながら、話した。

 周りの人たちもこちらを気にしなくなっていた。


 それから五分後、ジャスは三枚のパンケーキをすべて平らげると、

「で、なんですか」

 フキンで口元を拭きながら尋ねる。

「で、なんですか、じゃあねえよ。てめえら、何をしでかしたか、分かっているのかよ!」

 男はノリよく一人ツッコミする。

「ええ、分かっていますよ。ボクらは先々代のヴァリサイト公のヘソクリ部屋に入りました」

 ジャスは表情を変えない。

「だから、ヘソクリ部屋じゃねえって! ってか、それどころじゃねえ! てめえらのせいで、オレの査定がガタガタと減っちまうんじゃあねえか!」

「はあ、それは良かったですね」

「よかねえ!」

 怒鳴り散らす男にジャスは微笑む。あーあ、火に油を注ぐんだから……。

「右目が邪眼の黒髪のガキと白髪のアマが侵入して、幻のジャイロスコープを壊したって誰も信じやしなかった! オレ自身ももしかして、幻を見たのかもしれないと思ったが……。今から、しょっ引いてやるよ」

 男はジャスの腕を掴んで、立たせた。それにつられてあたしも立つ。

 ジャスは男の手を振り払うと、

「あなたが本当にあの城の兵士かどうか分からないのですが」

 と言って、首をかしげる。

「てめえ、どういう意味だ?」

 男はジャスを睨み付ける。

「ん? そのままの意味です。あなたも、ボクらと同じように侵入した人かもしれませんからね」

 もー! こいつったら、また火に油を注ぐような真似を。

「オレはなあ! ヒジリといって、立派なヴァリサイトの兵士なんだよっ!」

 そう叫んで、ヒジリと名乗った男はポケットに手を突っ込む。しかし、手をすぐに出し、身体全体を叩き始める。

「あれ、あれ」

 ヒジリの顔はだんだん青ざめていく。

「ドラミング?」

 そう言ったジャスは首をかしげる。

「ちげえよ! あれ。ない。ない!」

 ジャスの天然ボケにツッコんだヒジリは、またポケットに手を突っ込む。が、なにも出てこない。

「おじさん、大丈夫?」

「おじさん、じゃねえ! まだ十九だっ!」

 茶化しているのがマジなのか分からないジャスに、ヒジリはマジギレする。

「もしかして……アイディパス、なくした?」

 あたしの言葉にヒジリは明らかに冷や汗をかいている。

「これじゃ、城に帰れないよね。どうするの?」

 ヒジリは無言である。

「んじゃあ、仮にあなたがヴァリサイトの兵士として、あなたの評価をあげるには、本物の『金のジャイロスコープ』……もう長ったらしいから、『ジャイロ』とするけど、そう、そのジャイロを見つけ出せば、万々歳だと思うのですが」

 ジャスは挑戦的な目でヒジリを見つめる。

 ヒジリは生唾を飲み込む。そして、

「ああ、わかったよ。あんたらに協力したらいいんだろ」

 ヒジリは言葉を吐き捨てる。

「契約成立ですね」

 ジャスはドヤ顔で笑った。

 あたしは、これからどうなるのか、こんな変なやつを仲間に引き入れていいのか、とため息をついた。

 それからふと考えた。

 もし、見つかったとしても、こいつに「金のジャイロスコープ」を渡しちゃ、あたしたちの目的は達成しないし、そしてまた、それについて何も考えていないヒジリの様子にも心の中で頭を抱えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る