第17話 受付嬢

「ちょっと、クラン! さっきから走りすぎだって」


 俺をかりたてるもの、それは焦燥感。危機感。絶望感。だって、この世から消えて困るもの。それは女の裸だ!


「女湯クエスト! 女湯クエスト!」


「そんな名前のクエストがあるかまだ分からないでしょ」


「じゃあ、ステフは風呂を何日我慢できるんだよ」と、もっともらしいことを言ってみる。


「そうだね! それは大変! シャンプーもリンスも毎日やりたい!」


「そうだろ? そうだろ?」



 ホワイト竜神ドラゴンギルドの受付嬢が、ぺこりと頭を下げた。


「いらっしゃいませ。長らく不在にしておりました。ランドルフに変わって、わたくしテレサが案内しております」


「やっと、むさ苦しいおっさんから解放されて、ギルドっぽくなったな」


「はい! わたくしが、これからクエストをばんばん出させていただきますね!」


 受付嬢の、テレサ。白く短い髪に、白いフリフリのフリル。ミニスカート。


 カウンター越しでよく見えないけど、足は小ぎれいにそろえてるんだろうな。前、横から盗み見したら、白いソックスと、ピンクの靴をはいた足がそうなってた。


 目は垂れ目さんだけど、はつらつとした笑顔と優しさを兼ね備えている。遠目からは髪型と服のせいで、人形に見えるけど、面と向かって話すと和気あいあいとなる。


 受付嬢テレサは、メニュー表をデスクに置いて見せてくれた。


 外の掲示板の張り出しも、俺とコウタでだいぶ片づけたつもりだ。


 このメニュー表はさらに、難易度が高い上級クエスト一覧が記載されている。


 その中でもいつでも重要クエストとして表示されているのは、『魔王討伐クエスト』。これは、どこのギルドでも書かれている重要クエスト。


 三年経った今でも誰も完了させたことがない。もう、メニュー表の表紙に書いておいてもいいんじゃないかな。この世界の驚異にして、宿敵、滅せられるものなんだからさ。


 でも、不思議なことにさ。魔王がいる世界って当たり前になってるから。


 人間って慣れると怖いもんで、ああ、魔王退治ね。そこそこ頑張ってきてってなる。倒せなくても、相手は魔王だしまあいっかってなるのかもな。


 ただ、もし運良くラッキーで倒したら……。受注しなくても、魔王討伐を果たした時点でその人物に、名誉と地位、十億イエンの賞金が渡される。レッツ金持ち!


 その次に緊急クエストが載ってるんだ。まぁ、実質、これが一般人が一番重要だと思ってることだよな。もう、みんな魔王討伐あきらめてるし。行くのは勇者候補生だけ。


 今月はごめんな。俺が鑑定してあげなかったから。魔王討伐クエスト誰も行ってないぞ。


 あったあった! 女湯クエスト!


「マジで載ってるじゃん。女湯クエスト」


「クランさん! 戻ってきたと思ったら、もう次のクエスト受注ですか?」


 コウタが、一人で先に一杯やってたのか顔を赤らめている。おいおい、異世界人は未成年飲酒禁止だろう。俺はこっちの世界の人間だから飲み放題だけど。


「仕事熱心ですね。俺、今日はもう……動けませんにょ」


 そりゃ、酔ってたらな。今回、勇者候補生としてまともに動けるのはこいつだけか。でも、結果的にこいつを引き抜いた俺って勝ち組じゃね? 




『緊急クエスト 温泉街の温泉の源泉を突き止めろ』


「詳細、温泉の源泉の場所について最も有力な場所は、獄炎エシュトアダンジョンである。獄炎エシュトアダンジョンの階層のどこに源泉があるのかは不明。なるほど」


 これ、誰もやりたがらないだろうな。


 獄炎エシュトアダンジョンの最下層には魔王がいる。


 もし、温泉が最下層から湧き出ていた場合。はっきり言って魔王討伐クエストに行くようなものだ。このクエスト。重要クエスト『魔王討伐クエスト』と同等の難易度。


 そして、報酬はそれ以下の、現金支払い。十万イエン。


 今の俺にとったら日当で十万イエンは、かなりの価値がある。


「十万イエンだって! クラン。きっと、階層、深いところにありそうだよね。温泉の源泉」


「はい! みなさんそう判断して受注してくれないんですよ。ま、温泉入らなくても水浴びですみますからね」


 受付嬢はにこにこと俺に微笑む。えー、俺はお前の裸だって見たいんだからな。水浴びですまさないでくれよな。


「ちょっと聞いていい? やっぱ、湯はあったかい方がいいだろ?」


「はい? わたくしは、水風呂でも平気ですよ」


「いやいや、ナタネ油オイルでお背中マッサージサービスとかも受けたいじゃん? そのあと、聖母の聖水の顔パックとかで美白になりたいってならない?」


「え、すごい鑑定師さんですね。宮廷での百発百中の鑑定のうわさは聞いておりましたが。まさか、エステの心得もあるとは知りませんでした。尊敬しちゃいますね」


「絶対、君に温泉に入ってもらいたいんだ。リラックスして」


「ほんとですか!? じゃあ、鑑定師さんはわたくしたち町民のために温泉を救ってくれるんですね! では、受注しますか?」


「これは、俺のクエストだ。俺は女湯を救う! たとえ、安い報酬でも」


「温泉を救うって言って欲しいな」と、ステフがぼやいた。


「はい、女湯も救ちゃって下さい! では、ランドルフさんが酒場でお待ちです。宴会して英気を養っちゃって下さいね」

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