第16話 女湯の危機

「クランさん。血まみれですよ」


「ドラゴンの愛を受け止めたからな」


「ほんとに愛だったんですか? 俺にはふつうに、攻撃を食らったようにしか見えなかったんですけど」


 俺たちはダンジョンから帰還し、ホワイト竜神ドラゴンギルドのランドルフから報酬を受け取った。


「いやー、早かったな。助かったよ。宮廷のぼっちゃんとか言って悪かったな。腕も立つ。酒場に寄ってくれよ。宴会をやろうじゃないか」


「喜んで! で、でもその前に、どうしても鑑定しないといけないことが……」


「クランさん?」


 コウタもランドルフも、不思議そうな顔をする。


「ま、いいけどよ。またこの調子でクエスト頼むわ。あんたがいてくれてほんと、助かったよ」


 ホワイト竜神ドラゴンギルドを去ろうとしたら、おーいと声をかけられた。


「ステフ?」


「宴会しないの? ずっと待ってたのに。え、ちょっと血が出てる」


 と、ステフは俺の手を取ってなめなめしてくれる。獣人だからな。かわいいよな。


「あ、顔も」


「顔はいいって!」


「そんな。遠慮しないで」


「ああああ! やめろって」


 ペロリと、ステフは微笑む。


「クエスト大変だったんだね。やっぱり私がいた方がよかったでしょ?」


「まあ、そうだったかもしれないけど」


「席取ってあるんだ。早く宴会しよう!」


「ちょっと行くところが」


「え、どこ?」


 女湯に決まってるだろ。ほら、日も落ちてきて宿に人が集まる時間。女湯もこれから女でいっぱいになるはず。


 せっかく透視スキルが覚醒したんだ。女湯鑑定しないでどうする! 宮廷キング鑑定士アイとして女湯を鑑定させてもらう!


 俺は全速力で女湯を目指す。コウタは簡単にまいた。


「待ちなさいよ!」


 ステフの飛び蹴り。


「ぐわあ!」


 背骨が折れたかと思った。獣人の身体能力をここで発揮しなくても。背中を蹴ることないだろ。俺は顔面で地面に着地する。鼻がもげそうだ……。


「宴会楽しみにしてたのに」


 ああ、そっちか。


「そ、それは俺だって」


「じゃあ、どこに行くの?」


「急用を思い出して」


「クエストが終わって、一息つけないぐらい?」


「そう、緊急クエストなの」


 俺の中で。と、ぼそっとつけ加える。


「じゃあ、私も行く!」


「来なくていいって」


「何で遠慮するの? さっきまでずっとお留守番してたんだから」


 俺はステフの肩を持つ。


「少しの間待っててくれ」


「え、また女の子くどいてたの。相変わらずなんだから。そんなんだからモテないんだよ」


 女の子、という意味ではドラゴンも入るのかな。あながち間違いじゃない。でも、モテないとか別問題だ。俺は一方的に裸が見たいんだよ。


「じゃあ、ステフは俺のために一肌脱いでくれるのかよ」


 ステフのじと目。あ、地雷踏んじゃったみたいだ。


「そういうこと。また、女湯ね!」


 耳をひっつかまれた。やめて、痛いって。話せば分かるって!


「ステフ! 俺には義務があるんだ!」


 覚醒したスキルを使う義務があるんだ! 


「はいはい。宴会でその話聞くから」


「待って、頼む! 俺は今日中に行かなければならない!」


「あれ、ここの足湯なくなってる」


 ステフが異変異気づいたのは、湯屋の一つ。露天風呂が有名な老舗旅館。木造建築で由緒正しい屋敷がかまえられている。


 外の足湯は無料だからいつでも人がいっぱいなのに。湯が沸いてない。入口も閑散かんさんとしている。


 宿は営業しているみたいだけど。温泉の入り口には人がいない。


 もう一軒隣も人がいない。この辺り大通り沿いは全て温泉が、客の取り合いをするぐらいなのに。どの店も活気がない。


「温泉、どこもお休みみたいだね」


「こんなのはじめてだ」


 俺はよく行く石造りの大衆浴場の番頭に会いに行った。番頭も、読書するぐらいのひまを持て余している。


「いらっしゃい。今日は休業だよ」


 入るなりそう言われた。


「温泉、どこもやってなくて」


「そうなんだよ。湯が枯れちまって」


「湯が?」


「源泉の流れが変わったらしい。重要クエストとしてうちが依頼したんだ。そしたらよ、どこの店もそうらしくて。温泉がどこから引かれているかについては分からないことが多い。温泉業界はしばらく休業だな」


 重要クエストとして一人が申請することは不思議ではない。でも、温泉街の全店で同じことが起こっているとしたら? 


 全店が同じクエストを依頼すると、それは『緊急クエスト』になる。町にとって非常にやっかいだと認められるからだ。


 俺は、女湯を案じた。


「じゃ、じゃあ今はどこの温泉も。いや、女湯は全て枯れてるのか?」


「はあ? だから言ってるじゃないか。温泉はどこも出てないって」


「この緊急クエスト。俺が受ける」


「キリっとした顔で言われても。そういうのはギルドで受注してくれ」

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