作家は走る

土田一八

第1話 締め切り

 ごーんごーんごーんごーんごーんごーんごーんごーんごーんごーんごーんごーん………。


 ぎゃああ‼


 部屋の時計が12時になった事を機械的に知らせる。間に合わなかった‼自分の部屋に自分の悲鳴が轟く。


 嗚呼‼300リワードが消えた‼


 カクヨムで半ば流行である異世界モノが不得意の為に近代兵器を小説のメインにしていた俺はただでさえ執筆が進まず、読まれもしないのでPVが少なくアドスコアが殆ど無い。そこで俺はPV数よりも作品の投稿に力点を置いていたのだ。今回は最初から皆勤賞を目指していた俺は心の中で泣く。しかし、最初のお題で、もうつまずいてしまった。


 最初のお題は「おうち時間」だった。前日にはストーリーを半分程書き終えていたのだが、時間が経つにつれ「おうち時間」を冷ややかに捉えるストーリーや登場人物の登場シーンに疑問を感じて納得がいかず、逆手に取った別物に書き直したのだ。締め切り当日に。執筆時間に充てた2時間はあっという間に過ぎ去ってしまい、締め切り時刻には無理矢理完結できる程度の文字数でしかなかった。しかしながら、考えながらの執筆の難しさと怒りと悔しさと諦めと何もしない訳にはいかないという感情に、短編賞投稿で王道の異世界モノを発表して折角PVが伸びているのに諦める訳には行かないという貧乏根性が一緒くたになった所で次のお題目をチエックする為に内容を保存してページを戻し、マイページからダッシュボートに移動。お知らせをクリックして次のお題目を確認する。

「走る」

 俺は「おうち時間」のストーリーを少し弄ってみたが、がっくり感から来る脱力感もまだ残っていて仕事量が半端ないなぁと思った瞬間、すぐに新しいネタを閃いた。

「これは、別の機会に取っておこう」

 俺は内容を保存してから新規作成をクリックした。



「走る」


 を連想してみる。

 車が走る。電車が走る。人間が走る。マラソン。師走。季節は冬か。

 が、すぐに前作が締め切りに間に合わなかった事を思い出した。


 締切に間に合わない。


 筆が進む。筆が走る。パソコンだからタイピングが進む。文章が進む。文章が走る。考えが割と早く頭の中でまとまってくれる。タイトルは「作家は走る」にしよう。サブタイトルは「締め切り」にする。物語のあらすじと設定、登場人物を考える。割とすぐに文章が頭の中でまとまってタイピングする。紹介文を打った所で、サブタイトルと本文を少し打ち込む。時計を見るとここまで30分もかかっていない。いいぞ。そこで昼飯ができたと知らせる呼び出し音が電話の子機からした。この時、未だ200文字も行っていなかったが次の文章の考えは頭の中にでまとまっていたから問題ない。俺は昼飯を食べに自分の部屋を出た。

 13時過ぎに自分の部屋に戻るが、トイレに行ったりしたので執筆に取りかかったのは半を過ぎてからだった。

 それから1000文字程度まで執筆した所で、ネットゲームにログインしていなかった事に気がついた。午後でもいいやと思っていたから実害は無い。でも、今回はログインだけにしてプレイはしない事にする。ゲームはしばらくお休みだがチエックだけは怠らない。なんだかんだ、そんなこんなでもう16時になろうとしていた。考えが浮かんだら執筆するというスローペースになってやっと1200文字を越えた。…しまった、ゲームに時間を取られてしまった。実は昨日もそうだったので、ゲームは毒だなぁとその度に思う。近年はeスポーツとしてゲームで食っている連中もいるが、ごく少数であり自分には現実的で無い。プロゲーマーでもない自分がどんなにゲームを頑張っても誰かに称賛されて報酬を貰える訳では無いから本当に非生産性の無意味な時間の浪費の仕方だと言う他は無いのだ。かと言って昼寝してもすっきりとするとは限らない。俺は少し、睡魔に襲われながら執筆を続けた。

 夕方になり家の雨戸を閉めて執筆活動が少し中断される。その1時間後には晩飯が待っているし、夜勤バイトも待っているから夜は執筆できない。



「いってきます」

 俺は駅まで自転車を走らせる。電車に乗ってバイト先の最寄り駅まで電車が走る。途中の乗換駅では小走りで乗り換えて電車に乗り、電車は俺を乗せて再び走り出す。俺は最寄り駅に着くとバイト先に歩いて向かい、出勤して夜勤に精を出す。手が空いていれば小説について話の内容を考えるが割と忙しいのでそんな暇は無い。帰りの電車では大抵寝ている。

 翌朝に帰宅すると夕方近くまで寝る。晩飯を食べたら執筆する。こういう時に限って良いストーリーが浮かんでこない。仕方ないので風呂に入る。真剣に考えるとどうしてか良い考えが浮かんでこない。結局、その晩は諦めて少しゲームをしてから寝る事にする。

 翌朝。目が覚めて身支度をする。いつもの朝食を食べて掃除をしてから執筆に取りかかる。今夜も仕事だが夜通しでは無いので明日の締め切りには間に合うだろう。

 …とはいえ、中々妙案が浮かばない。『走れメロス』風にストーリーを作り直すか?ジャンルを異世界ファンタジーにすればPVも伸びるだろう。だが、締め切りに間に合うかは不明だ。また間に合わないかも。そもそも、これだと太宰治のパクリではないか。需要と供給。メーカーでは無いが、作家として流行に走る事も大事だろうが、ここは安易に異世界ファンタジーにする事はやめよう。着想はすぐにも思い浮かぶが、書き進めているうちに多分に詰まって締め切りに間に合わないだろう。何だか現代ドラマと言うよりノンフィクションか創作論ぽくなってきてしまった。そんな大それた事を書ける立場では無いのだがねぇ…。かといってノンフィクションでもないのだ。夜、バイトには行っているが、泊まり勤務では無いからだ。昔は泊まり勤務だったけれど。さあ、昼飯の時間になった。飯を食いに行こう。そしてお腹がいっぱいになって昼寝をするだろう。そして、締め切りに間に合うのか?


 夜。帰りの電車の中で構想を練る。何故か意外と冷静に考えられるものだ。そして、捗る。


 師走とマラソンと『走れメロス』。目を閉じて何も見えず…。じゃなかった。師走は師匠が走ると書くが、多分これは金策に走っているのだろう。由来は学校で教わる事は無かったが。マラソンの由来はマラトンという街の名前からきているが、戦場から勝利を伝える任務の伝令が力尽きて死んだ事がきっかけである。『走れメロス』は浅はかな事をしたあげくに妹の結婚式に出たいからと親友を身がわりにして行って戻って来る物語だ。

 …走っている事しか共通点が無いではないか。マラトンの兵士は死んでしまったがそれ以外は死んでいない。

「ここで、急行電車と待ち合わせを致します…」

 おっと、ここで乗り換えだ。車内放送で目が覚めた俺は、乗換駅で各駅から急行に乗り換える。急行に乗り換えた所でちょっと閃いた。これはいけるかも。


 翌朝。俺はパソコンに向かう。時間との勝負だ。


 俺はキハ55。列車の朝は早い。6時を過ぎると係員が来て出庫点検が行われる。俺の他に10両の仲間のディーゼルカーをくっつけて尾久客貨車区を6時41分に出て上野駅に6時45分13番線に入線する。折り返し急行「三陸」として7時ちょうどに発車する。俺は2台のディーゼルエンジンを唸らせて東北本線を走る。今日の俺は青森まで走る編成の一番前の車両。いわば、列車の顔だ。

 定刻に上野駅を出発する。赤羽大宮と止まるが、俺の前には急行「志賀」が大宮まで走りるが、電車なのであまりヤツのケツを見る事は少ない。ちなみに俺の後ろは客車急行で時間も開いているから追いつかれる事はほぼ無い。

 大宮で高崎線と別れ、東北本線を疾走する。宇都宮までは勾配が緩やかで助かる。宝積寺の手前から10パーミル勾配が始まる。電車は問題無いがそれ以外の列車は馬力を上げる必要があるのだ。心なしかエンジンが力を出すように唸っている。基本的に鉄道は坂道に弱い。坂道を克服する為に人々は知恵を絞って克服しようと努力を重ねて来た。そして、俺には2台のDNH17が括り付けられて勾配線区仕様になっているのだ。


(中略)


 福島県内の急こう配区間を抜けて宮城県に入る。

(中略)

 船台で4分の小休止。塩釜付近の急こう配を上ると一ノ関の手前まで小さな峠を越える他は基本的に平坦線である。田園地帯を疾走する。

 一ノ関では5分の小休止。ここで盛行きの仲間を切り離すので係員は忙しい。因みに「盛岡」と「盛」はよく似ているので、サボは「さかり」と明確に区別している。ローカル線で間違って乗ったら目も当てられないからね。ただ、サボの表示は上下共「○○↔△△」になっているので間違える人もいるらしい。

(中略)

 盛岡で7分の小休止。この先の沼宮内から東北本線最大の難所越えが待っている。奥中山の先にある峠まで気が抜けない。夏場ではエンジンがオーバーヒートする位なのだ。蒸気機関車時代は三重連が当たり前だった。

(中略)

 尻内(現:八戸)に到着すると、10分の小休止である。ここで久慈に向かう仲間を切り離す。ここからは5両の身軽な列車となって青森を目指す。既に17時半。

(中略)

 海に出たかは潮の香りで分かる。カワイイレールバスが長ったらしいホームの隅っこにちょこんと停まっている野辺地を発車すると車掌が青函連絡船の乗船名簿を配りに来る。浅虫(現:浅虫温泉)を出発すると俺は疲れた躰を青森に向けて走るべく力を絞った。今夜の寝床の青森運転所まで後もう少しだ……。

(後略)


 ふう。何とか書き終わった。後は保存して公開日時を指定すればOKだ。

「……」

 考えてみれば、下り「三陸」は切り離しだけじゃないか…!ちなみに上りはこの逆に連結ばかりとなるものの、盛岡でくっつけた「五葉」を花巻で分割する。

「まあ、いいか」

 俺は何とか締め切りに間に合ったようだ。そして、今後のネタも確保できたのだった。


                                  完



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