鉛筆泥棒

尾八原ジュージ

鉛筆泥棒

 やけに鉛筆がなくなるとは思っていた。

 いつも箱で買うのだが、削っていないものがよく消えるのだ。引き出しの中にしまっているのに、朝になると何本か減っている。

 おかしいなぁと首をひねりつつも、鉛筆だけ持っていく泥棒なんて聞いたことがない。きっと僕の不注意だろう……と思っていたら、ある満月の夜にようやく原因がわかった。

 小人である。

 夜中にふと目を覚ますと、月明かりの下で僕の小指くらいの小人が六人、机の上を走り回っていた。彼らは詰襟の制服に身を包み、ふたり一組で削られていない鉛筆を運びながら、「ご注意ください」「ご注意ください」と繰り返している。ただ鉛筆を運んでいるだけならまだしも、それらはどう見ても僕が近所の書店で買い、なくしてきたものたちだ。

「コラーッ!」

 僕は思わず怒鳴った。何しろここ一月で千円ほど鉛筆のために使っているのだ。その出費が彼らのせいだとすれば、怒鳴るのも無理からぬことだろう。

 小人たちはピタッと動きを止め、一斉に僕の方を見た。

「ご注意……」

「ごちゅ……」

 互いに顔を見合わせた彼らは僕にぺこっと会釈した。そしてまた作業に戻ろうとする。

「いやいやいや、もうちょっと丁寧に謝れよ!」

 自他共に認めるお人好しの僕でも、さすがにこれにはイラッときた。とはいえ、こんな小さなひとびとに暴力など振るえない。

 憮然としながら観察すると、どうやら彼らはテーブルに鉛筆を並べているようだった。真っ直ぐな列を平行にふたつ作っている。テーブルの端には玩具のような小さな機関車が、貨車をつけて待機していた。

 それで僕はようやく、彼らが鉛筆でレールを作っているのだと悟った。泥棒の件より、このちゃちなレールの上を機関車が走れるのか、そちらの方が気になってきた。

「手伝おうか?」

 僕が申し出ると、小人たちはペコペコ頭を下げた。謝るときもそれくらいの丁寧さでやれよと思いつつ、僕は鉛筆を運んだ。大体の位置に置いたものを小人たちが微調整する。作業効率は飛躍的に向上し、しばらくしてテーブルをまっすぐに横切る線路? が完成した。

「ご注意ください!」

「ご注意ください!」

 小人たちは口々に言いながら僕に頭を下げ、素早く機関車に乗り込んだ。ポゥー! と音がして、煙突から白い煙が上がった。

 機関車の車輪が、鉛筆の上をごろりと転がる。いよいよ動き始めた。ガタンゴトンと音を立て、機関車は次第にスピードを上げていく。

「ご注意ください!」

 テーブルの端までたどり着いたとき、小人の甲高い声が響き渡った。落ちる! と思った次の瞬間、機関車は滑走路から飛び立った飛行機のように空中を走っていた。ぽかんと見ていた僕は慌てて立ち上がると、行く手の窓を開けた。機関車は夜空に飛び出した。

 満月に向かっていく小さな車体を、僕は見えなくなるまで見送った。テーブルの上には列を崩した鉛筆が残されていた。


 それから鉛筆が消えることはなくなった。僕は少し寂しい思いをしている。

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