リストランナーズ
卯野ましろ
最低で最高の出会い
オレは今、窮地に陥っている。
「おい、おっさん! 怪我したくなきゃ金出せよ!」
生まれて初めてのカツアゲ。いかにもヤンキーらしい派手な金髪に上下スウェット、そして顔には手当て済みの怪我。それらを目の当たりにしたオレが下した決断は……。
「くっ、分かったよ! 出せば良いんだろ、ほら!」
「何だ、あるんじゃん♪ グズグズしてねぇで、すぐに出せよ! じゃあな!」
そいつはオレから財布を受け取ると、すぐに嵐のように去っていった……。
「っ……クソ!」
大人のオレが、あんな子ども……しかも女に負けるなんて!
「……はーあ……」
ちょっと地団駄を踏み、またオレはベンチに座り込んだ。
……昨日から不幸が続く……。
リストラになったら彼女に逃げられ(しかも相手の二股発覚!)、今なんて完全にクソヤンキー(しかも学生っぽい女子)にナメられて金を奪われた。
オレ、一体この先どうなるんだよっ!
情けねぇ……。
「もう死にてぇよ……」
つい心の叫びが外に出た後、
「あ、あの……」
「……はい?」
優しい女の子の声が聞こえてきた。
ああ、こんな惨めな男に手を差し伸べてくれる天使がいたのか……とキラキラしながら顔を上げると。
「ゲッ!」
さっきの、金髪のメスガキ!
「……うわぁーっ!」
前言撤回。
「あ、ちょっと!」
まだ生きてぇよ!
死にたくねぇ!
オレは走り出した。
「ま、待って!」
待つもんか、バカが!
「来んな来んな! 他行けっ……」
ここで言葉が途切れ、オレは固まった。
マジかよ……。
いくらオレが鈍足だからって、こんな小娘が数秒で追い付くなんて!
「……あ、あの……」
オレと向かい合うと、不良少女が小さな声で喋り出した。
「な、何だよっ! もう金はねぇよ!」
一回痛い目に合ったというのに、なぜかプライドが勝って強気に出たオレ(アホか?)。
こいつ、また金をせびるつもりか、それとも……。
「ご、ごめんなさいっ!」
「……は?」
まさかの展開。
あのヤンキー娘が今、オレに頭を下げている。そして、
「こ、これ返します……! あ、あと、つまらないものですが……お詫びの品ですっ!」
オレに財布……と何か色々なものが入ったコンビニのビニール袋を差し出してきた。
「あ、ちゃんと自分のお金で買いました! お兄さんのお金、全く使っていません! お財布の中も弄っていないし、見ていません!」
金髪少女の声は湿っている。頭が下がったままだが、もうオレは分かった。
「……何だよ、知らねぇ男にカツアゲしたガキが泣いてんじゃねぇよ。顔上げろ」
「は、はい……」
案の定、オレをバカにしやがった奴の顔は、
「お前……きったねぇな」
涙と鼻水でグチャグチャになっていた。オレは道端でもらったポケットティッシュを取り出した。
「ほれ、これで顔拭け。暇だから相談相手になってやるよ」
「……あの、何もしません?」
「は? するわけねーだろ! おめーみてぇなガキなんかに! つーか、おめーが先にやりやがったんだろうが!」
「ご、ごめんなさっ」
「あーもういーから! あそこ座れ! そしてオレに何でも話せ!」
「……はい」
「お前がコンビニで買ってきたやつでも食いながらさ!」
「……はい」
お人好し且つ絶賛暇人中のオレは、泣き虫ヤンキー娘をベンチに誘導した。やましい気持ちは決してない。
「へー……さっきオレに秒で追い付いたのも納得だわ」
「うっ……うう……」
「羨ましいよ、走るの得意なんてさ。オレなんか名前負けって、散々からかわれたんだぞ?」
「ふうぅっ……ぐすっ」
自暴自棄になった蘭奈はグレることを決意。昨日髪を染め、父親に殴られた。母親には泣かれたとのこと。
不良デビュー二日目の今日、寝巻きで夜の町を出歩いてカツアゲを実行した……そして今に至る。
「それにしても、オレのことナメやがって」
「た、たまたまですよぉ~……。別に
「でも結局、良心が痛んで返しに来たんだよな。慣れねーことすんなよ、ヘタレのくせに」
「う……もうしません……」
下を向いて反省している蘭奈と、コーラとポテチをバリバリがっつくオレ。二人の立場が逆転するなんて、数分前のオレには予想できなかった。
「つーか、それくらいで腐るなよ。オレ昨日、会社クビになったんだぜ? お前と同じ、リストラ野郎だ。でも悪いことしようなんて思わねーよ?」
「え?」
金髪のヘタレ娘は、濡れたティッシュを片手に驚いている。
「そ、そうだったんですか……そんなときに……あたしなんてことを……ごめ」
「また謝るのかよ~……っとに、しつけぇ奴だな。一回ごめんねすれば、それで良いんだよ。そんなんだから疲れちまうんだよ、お前」
「……」
「ま、オレよりはマシだな。逆にオレ、そういうの苦手なタイプ。だから会社での人間関係が上手くいかなくて、クビになったの。それに性格ブスのクソアマに浮気されてよ……やべーくらい不幸続き」
オレの不幸自慢を聞いて、蘭奈は口をポカーンと開けている。
「プッ……何だよ、そのマヌケな面は!」
オレは笑った。
メチャメチャ不幸だけど、おもしろくて笑っている。
「……ふふっ……!」
「そうだ、そうだ! もう笑っちゃおうぜ!
オレたちは笑った。まだ何も解決していないけれど、こうやって話を聞いたり吐き出したりしただけで、すごくスッキリした。
「この度はっ……本当に、すみませんでした。うちの娘が大変お世話になりました!」
存分に語り合って、やけ食いしたオレたちは蘭奈の家に向かった。それが結構なご近所さんで、お互いビックリした。蘭奈の母さんは娘から話を聞くと、すぐにオレに頭を下げてきた。ああ、やっぱり蘭奈の母さんだな。
「いやオレは別に……何も……」
「娘はやらんぞ」
「……え?」
予想外の言葉が耳に入った。その声の主は、腕を組んで仁王立ちしている男の人だ。
「ちょっと、お父さん! この方は蘭奈を助けてくださったのよ!」
「もちろん感謝している。しかし娘はやらん」
蘭奈の父さんは、ずっとオレを睨んでいる。
……言えない。
ベンチを離れる前の、あの出来事。
「あの、駆さん。良かったら……これからも……」
蘭奈の相談相手としてだが、連絡先を交換してしまったなんて言えない!
「マジで最低で最高の出会いだったよな」
「そうですね」
あれから、一年が経過した。蘭奈とオレは今でも、友人として仲良くしている。二人が出会った記念日ということで、オレたちはあのベンチに座った。
「あのとき駆さんと会っていなかったら……あたし、どうなっていたのかな……」
「金髪はそのまま、ってことくらいしか知らねー」
「アハハ」
初めて会ったときに見せたセミロングの金髪は今、爽やかな黒髪ショートとなっている。
蘭奈は諦めずに頑張り続け、見事に陸上部のレギュラーに返り咲いた。結果もバンバン出しているが、もちろん落ち込むこともある。そしたら迷わずオレに泣き付いてくる。
本当に、世話の焼ける奴。
まあ、すげー嬉しいけど。
そしてオレはというと……。
「でも最近、淋しかったなー。駆さん、お仕事が忙しいから会えないんだもん」
「そりゃあ頼りにされているからな!」
「……ずっと無職なら良かった」
「良くねーよ!」
「アハハッ! おもしろーい!」
まるで夢のような会社に就職できるなんて、あの不良少女と笑い合っているなんて……人生何が起こるか分からない。
死ぬことを選ばなくて大正解だった。
「そうそう! 駆さん、手を出して!」
「ん?」
「はいっ! あげる!」
「ああ、サンキュ……ん?」
蘭奈がオレに渡したものは……。
「これは、キーホルダー?」
「うんっ! あたし片方持っているの!」
「片方?」
「あのね……」
蘭奈はワンピースのポケットから何かを取り出し、それをオレのキーホルダーとくっつけた。
「えっ、ハート……」
「ねぇ、駆さん……」
「な、何だよ蘭奈!」
オレの隣に座っている少女が、目を潤ませている。
「あたしたち、おんなじ気持ちだよね?」
「う……」
かわいい……。
だがしかし。
「もういーでしょ? お願い、あたし我慢できない」
「ダメだ! 今は、それぞれ目標に向かって頑張ろう!」
「うぅ……やっぱり、そうですよね……」
「安心しろ、ずっと変わらないから」
「へ?」
あのマヌケ面、再び。
でもオレは笑わない。
「オレが蘭奈を好きでいること。だから、もう少し待っていてくれ」
「……はい!」
たった今、オレたちの幸せが約束された。
リストランナーズ 卯野ましろ @unm46
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