カミングアウト【KAC2021作品】

ふぃふてぃ

カミングアウト

「俺たち、もう別れようぜ」


 スマホ越しの彼の声は浮ついていた。冷たい言葉が、意気揚々と電波に乗って、私の耳に入る。


「コウちゃん、冗談だよね。酔ってるだけだよね」


 全力の押し問答は続く。

 彼が飲み屋にいる事は間違いなく、たまに耳に入ってくる、友人達の笑い声が、腹立たしかった。


「オマエといても、全然ヤラしてくれネェんだもん」


 キャハハハと甲高い女の声が聞こえ、私はキレた。衝動的にスマホを、地面に叩きつけた。木っ端微塵とまでは、いかないまでも、画面は粉々に砕け、使用不可なのは間違いない。それでも、私は後悔する事は無かった。


 スマホが壊れた事より、優しいコウちゃんの口から発せられたカミングアウト。私と付き合っていた事が、ただの身体目当てだったという事実の方が、衝撃的で、虚しくて、悲しくて、苦しくて、辛かった。しんどかった。


        ○


 一週間後、新しいスマホが届いた。

 紙っぺらをホチキスで止めただけのテキストと共に、型落ちだけど、以前使っていた物よりは、新しいスマホが入っていた。


 電源を入れる。


 初期設定は殆どやってくれているみたいで、テキストを開きながら、例のアプリをタッチする。裏アカで設定された出会い系サイト。

 とりあえず、初期設定にある『あや』という人物で、テキストにあるテンプレ文を使い、掲示板に呟きを入れる。


『大学生です。最近、彼氏にフラれちゃって、新しい出会いを求めて、始めました。心の隙間を埋めてくれる、優しい男性を探してます』


 ものの数分。ポーンと鳴り、ポップメッセージが入る。


『会社員をしています。年は少し離れているけど、僕も彼女に振られたばかりで、なんか親近感を感じて連絡しました』


 すぐさま相手プロフィールを確認。四十二歳。少しとはいかない歳の差。でも、そこは関係ない。別に本当に付き合うわけじゃないし、私の新しい仕事は、話を伸ばしてポイントを使わせる事。課金をさせる事が目的。


 私は相手からの『会いたい』の応酬を、テンプレを駆使して間延びさせ、ドタキャンを使って、更に引き伸ばせるだけ、会話を引き伸ばす。


『アンタ、サクラでしょ。そんな事して、心は痛まないの?』


 ーー痛むわけ無いじゃない。どうせ、アンタもなんでしょ。純粋に恋愛しようなんて、殊更無いのは、お互い様じゃない。


 私は、こういう男どもを駆逐する事に決めた。女性を欲求の捌け口としか考えてない奴らは、全て滅べばいい。



 ある時は、お盛んな女子高生、ある時は幸薄そうな女子大生、看護師にOLに、保育士に主婦。私は様々なキャラに化け、男どもを駆逐してやった。


 慣れてくれば、月に4、5人に化け、二十万程稼いだ。時給換算にすれば千二百円。友人に自慢できる仕事じゃないけれど、テレビ見ながら、お菓子食べながらでも出来る、割りのいい駆逐作業だった。

 短期でバイトを探してた友人には、裏アカを貸してあげて、報酬の分け前を与えた。社長になった気分も味わえた。


 勘づかれたら、キャラ設定を変え、名前を変える。プロフィールは当たり障りの無い内容だから、チョイと編集すれば、また誰かしらが食いついた。

 半年して分かったのは、六十歳から七十歳の男性が非常多い事。そして、世の叔父様は自己紹介もまだなのに『会いたい』を連呼する。欲求を爆発させる。


 だからこそ、今、連絡を取り合う、この人は珍しい。私がサクラを始めた当初から、返信は遅いものの、長々と続いている。いわば常連のような客だ。向こうもサクラと分かっているのかも知れない。


『今日は仕事で失敗しちゃいました』

『今日は、一日中、雨でしたね』

『今日は自炊してみました』


 など、サクラがするような何気ない会話を相手が送ってくる。決して『会いたい』とは言わず、毎日、千円くらい会話をする。


『また明日。おやすみ』

『おやすみなさい』


 確約された顧客には常套トークは使わない。テンプレを駆使しなくても、月に三万くらいは注ぎ込んでくれる。同じテンプレで飽きられて、途中退会される危険もある。毎月、纏まった収益を得る為には、心無い会話を作ることも辞さない。よいしょだって、何だってする。


 それでも、半年間、ほぼ毎日やりとりをしていると会話は崩れてくる。絵文字も煩雑になったり、よいしょの常套句『凄い』は使わ無くなる。メル友のような関係が続いていた。


『あやちゃん。振られてから、まだ彼氏とか出来てないの?』

『正直、男には懲りましたかね』


 出会い系のサクラが男に興味ないと呟く、本当ならNGワードだが、何処か後ろめたさもあったのか、カミングアウトしてしまった。


『そっか、彼氏さん最悪だったんだね』

『最悪という訳では無かったんですよ。優しかったし、良いところも、それなりには、ありましたし』


『じゃあ、何で別れたの』

『やっぱり、男の人って、ヤリたいだけなんですかね。身体が目的みたいな』


『あやちゃんが思ってるより、いろんな男性がいると思うよ。勿論、身体が目的で付き合う奴もいるけど、本当に好きだと思ってくれる男性もいると思うな』

『本当にいるかな?』


『最初から偏見を持って、男性と向き合うのは、勿体ないと思うよ。折角、あやちゃんは、まだ色々な出会いがあるんだから』

『アナタは会いたいって言わないのですね』


『あやちゃんが会いたいと思ってくれたなら、勿論、会いたいとは思うけど、無理強いはしないよ。君が生きてるのを毎日、確認が出来れば、それで良い』


『ごめんなさい。私の話ばっかり聞いて貰って、結構ポイント使わせてしまいましたね』

『構わないよ。今日は、ゆっくり話そうか』


 その後、私は洗いざらい話しをした。久しぶりの会話だった。温かかった。人の温もりに触れた。自分のしてる事がバカバカしくなって、遂には涙が出てきた。


 情けなくて、嬉しくて、希望が湧いてきて、また情けなくて。

 好きとかではなくて、愛を感じた。無償の愛が、肌に触れたのを感じた。期待なんてしてなかったのに、本当にこの人は、フラれて弱った私の心の隙間を埋めてくれた。


『逢いたいです』

『分かった。良いよ』


 気づけば、私の方が男の人に出逢いを求めていた。


      ○


 次の日、バイトマネージャーからカミングアウトの件に忠告が入った。私は半年以上続けた、割の良いバイトをあっさり辞めた。そして、晴れてあの人と会う事に決めた。


 相手は五十代の叔父様。流石に三十近く離れた相手に、恋心を抱くとは思わなかった。付き合うかは別としても、お礼は言いたい。


「あなたのおかげで、私は少し変われたよ」って言いたい。「ありがとう」を、自分の口から告げないと、気が収まらない。


 当日、待ち合わせは近所の喫茶店。相手の昼食の誘いに、私は了承した。背伸びをしたディナーの誘いでは無い事に、安心が持てた。


 平日の店内に年相応の人は、一人しかいないので、後ろ姿だけでも分かった。背広姿に新聞を広げ、白髪混じりの髪が、窓からの陽光を浴びて、キラリと輝いて見えた。


 ハゲてたらどうしようとか考えてた私が、幼稚に思えて仕方がない。自分を情けなく思いながらも歩み寄る。

 相手も私に気づいたのか、新聞をたたみ、後ろをゆっくりと振り返った。


「久しぶり、元気そうで何よりだ」

「パパ!」


「綾香!」

後ろから母に抱きつかれる。母は涙を流しながら、私の頭をゴシゴシと、くちゃくちゃにした。



 母から話を聞くに、急に連絡が付かなくなった私を案じ、色々と聞き回ってくれたそうだ。そしたら、風の噂かヤバい仕事をしていると友人から聞いたらしく、そこで、真相を確かめるべく、パパが一役かったのだそうだ。


 それにしても、半年もかかって、いくら注ぎ込んだのか、親の愛情というのは、子供には計り知れない。


 私は、パパの隣に座り、カップルがする様に腕を組んだ。


「ありがとう、パパ。これからは、あやちゃんって呼んで良いよ」

「……」


照れる父と、少しヤキモチを焼く母の顔が、とても、愛おしく感じた。


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