君の元へ

瀬川

走る





 俺は今、人生で一番じゃないかというぐらいの全速力で走っている。


 最近運動からは縁が遠かったせいで息は切れているし、喉から変な音は出るし、足はもう感覚が無い。

 それでも走り続けているのは、立ち止まっている時間が無いからだ。




 俺には大事な幼なじみがいる。

 子供の頃は小さかったせいでからかいの対象にされて、仲間外れにされたり、物を隠されたり、酷い時には寄ってたかっていじめられていた。

 そんな幼なじみを守るため、俺は親に頼み込んで、色々な護身術を習った。


 元々大きな体は、成長期を迎えてさらに大きくなり、ただ立っているだけでも威圧感を与えるような容姿になった。

 そのおかげもあり、俺が隣に立っていれば面倒な奴が絡まなくなったので、とても満足している。


 別に女らしいとかそういうことじゃないが、俺には幼なじみは可愛く見える。

 コロコロと変わる表情、顔が怖くなった俺にも昔と変わらず接してくれる優しさ、場を明るくさせてくれる笑顔。


 この気持ちが恋だと気づいたのは早かったが、俺は絶対にそれを伝えるつもりはなかった。

 幼なじみには幸せになって欲しい。

 でもそれが出来るのは俺じゃない。

 だから気持ちに蓋を重ねて、悟られないように奥の方にしまいこんでいた。



 そんな幼なじみが、ある日恋人として紹介したのは男だった。

 衝撃が走ったし、夢かとも思ったが、どうしたところでそれは現実でしか無かった。


 男が好きだったなんて、全く知らなかった。

 知っていたとしても何かが変わっていた可能性は低かったけど、隠されていたことは単純に悲しいと思った。

 俺も隠し事があるのに、わがままである。


 恋人という男の少しチャラついた感じが気になったが、それでも幸せにしてくれるならと、俺は二人を祝福した。



 それが間違いだと知ったのは、半年してからだ。

 恋人に捨てられた。

 そんな電話をかけていた幼なじみの声は、今にも消えてしまいそうだった。


 恋人と仲良くしている姿を見ていたくなくて、俺は少し距離を置いていた。

 その間に、男から暴力を振るわれ、金を騙し取られ、浮気をされているだなんて夢にも思わなかった。

 傍に居続けていれば、変化に気づけたかもしれない。

 悔やんでも悔やみきれないけど、反省している時間が今はない。



 もう生きているのが辛い。

 幼なじみは電話の向こうで、そうポツリと呟いたのだ。

 その声は本気だった。


 本気で死のうとしている。

 それが分かった俺は血の気が引いた。


 クズに捨てられて死にたくなるなんて、そんなに好きだったのか。

 男に対して殺意を覚えたが、そっちは後回しにして、俺は何とか思いとどまらせようと必死に、いつもは動かさない口を動かしまくった。



 一度会おう。

 渋る相手を何とか説得して、会う約束を取り付けた。

 それでもいつ気が変わるか分からないから、俺は幼なじみの住んでいるアパートまで全速力で走っているのだ。



 幼なじみが死んだら、俺も生きていけない。

 冗談でも言い過ぎでもなく、俺の全てを構成しているのは幼なじみだから、どんなことをしてでも止めるつもりだった。



 俺は必死に走り続けながら、どうやって考えを変えてもらおうか頭を回転させた。



 この際だから、俺が代わりに恋人になるのも一つの手かもしれない。




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君の元へ 瀬川 @segawa08

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