第17話 捕獲
迂闊だった。
感情が高まっていたから、周囲が見えていなかった。組織からの情報も無かった。
私の完全なる油断。
そしてミス。
一生の不覚だった。
私は、殺意と憤怒を体中から発しながら、触上の家を飛び出した。
自分でも驚くくらい、イライラして怒っていた。瞼の上付近が怒り痙攣しているので、相当な怒りみたいだ。
私の人生の大半は地獄に近い。親に恵まれなかったのが全ての始まりで、終了のお知らせだった。俗にいう親ガチャがハズレだったのだ。そして能力者として産まれてしまったから地獄に拍車が掛かった。
そんな私は親に利用され、精神と体はボロボロだった。何も欲しいと思えなかった。生きている気もしなかった。
能力なんて要らない。
そう。私は一般人になる。
それが私だ。能力があっても、組織に所属してても変わらない。関係ない。
だから、だからこそ、能力を持つ人を救いたい。私が願うように能力を無効にして、一般人として生きて行く道を示したかった。
けど………。
天流川も触上も違う。
全く違う思考だった。
能力に折り合いを付ける。
自分の問題と割り切っている。
いいなぁ。
変にカッコいい。
バチクソカッコいいじゃないの。それ。
私とは違うんだ。
アイツ等にはちゃんとした親が居た。天流川もちょっと変わった親だけど、息子を陥れる親………いや、普通に通報していたけど。でも守っているんだろうと思う。触上の親もそうだ。
私を見た瞬間に、思った筈だ。
同級生ではない。
年下だと。
じゃ、それは友達じゃない。
知り合いでもない。そこは警戒するでしょ? 何を基準で、家に上げたの? そんな信頼して貰える人間なの? 私。
私、超絶にダサぃ。
欲しいだけだ。
ずっと奪われていたから。
くそっ。
ダサいダサい。
触上の玄関を出て、家を振り返る。
デカイ家だ。庭付きで、3階建て。
客間もあって、メイドも居そうだ。
「クソ馬鹿!!!!!」
力いっぱい、叫ぶ。
「死んじゃえ!」
思ってもいないことを口走る。
いい母親に恵まれ、良い家に住む。不満も無い筈だ。
私とは全然違う。
気付いたら、涙が流れていた。
汚い涙だ。悔しさで流れる涙は、美しくない。現実逃避の涙で濁っている。嫉妬と欲望が分泌された、ただ汚いだけの涙だ。
「あーやだ。馬鹿みたい。私、最悪。何してるの? あーこれどう報告しょう」
落ち着きたいから声に出す。
言葉を吐き出さないと破裂しそうだった。
私はゆっくり歩いた。
走って帰るのも馬鹿らしいので、ゆっくりゆっくり歩いてやった。
もしかしたら、天流川が追い付くかもしれない。下手をしたら、2人が来てくれるかも!?
そんな淡い期待を胸に歩いていたら、前から男が歩いて来た。
徘徊している。
そんな単語が頭に浮かんだ。
雰囲気が普通ではないと言ってしまえば、偏見が過ぎるかもしれない。でも目が完全に虚ろだった。目的がない歩の進め方だ。ユラユラと左右に揺れている。顔色も青白い。深夜だったら飛び上がる顔色だ。
ん?
手に何か、持っている?
袋?
遠いから、多分になってしまうけど、袋の中が赤い。
いやいや、これは血だ。
絶対に普通ではない。
私の呼吸が少し早くなる。そして、嫌な汗が背中から流れるのを感じた。
私が周囲を見た。しっかり後ろも。
誰もいない。逃げ入る家もない。
何でドイツもコイツもデカイ家で、おまけに門付きなんだ。
貧乏人は入るなってこと?
「チッ」
舌打ちをする。
なんで逃げる前提で、物事を考えているの? 情けないという感情が後ろから私を追い立て、そのまま追い抜かした。
不思議と逃げる前提が消えた。
私が歩く道だ。
目の前に不審者が居ても、居なくても関係ない。
もう何も奪われない。
私のプライドまで、気圧されるのは性に合わない。
恐ることはない。
私は相手を睨むように進んだ。しばらくするとその男とすれ違った。
ボサボサの頭だった。不潔な臭いが纏わり付いている。少し吐き気を覚えたが、顔には出さず、歩みを止めなかった。
「見付けた」
耳に残るネットリした声が聞こえた。
「え?」
と、振り返る。
その男が、歩いていた。
私の方ではない。
真っ直ぐ、進行方向に進んでいる。
その先には天流川と触上が立っていた。
私を追って来たのだ。ホッとした瞬間だった。
視界が真っ黒になり、転んでしまう。
「痛っー」
思わず、声を上げてしまう。
急いで、顔を覆った何かを取った。手に取って分かったが、布だった。しかも、しっとり湿っていた。
「え?」と、手を見ると真っ赤だった。
これは血だ!?
反射的に、叫ぼうと準備をしたのも束の間、その布が消えた。まるで瞬間移動するように。でも叫ぼうと準備をしていたので、止まらない。
でも、声が出ない。
アレ?
ってか、口が閉じない。
ゴムボールが口に丁度、ハマっている。
空気穴が複数開いているみたいで呼吸は出来た。手で引き剥がそうとするが、全く動かない。しっかり取り付けられている。
口枷が装着されているみたいだ。
しかもSM仕様。
かなり恥ずかしい。出来れば、可愛いヤツにして欲しかった。
狂犬に装着する形状とかで良かったのに。
なんだこの猿ぐつわは!
私はそんな状態でもクールだった。
布は瞬間移動なんかじゃない。転送だ。近くに能力者が居たんだ。
もしかして、あの不審な男が能力者だったの?
「ムグっムグっ」
急いで、天流川と触上に知らせないと。
ヤバい。
あの不審な男が2人に接触している。
不味い。
不味い。
これは不味い。
私の口に猿ぐつわをしたということは、私の能力がバレている。この状態で、能力を使うと唾液が最初に付いた穴開きボールに転送される。つまりそれは死だ。質量は関係無い。私の口が裂けて、口を割るように転送されてしまう。完全に能力封じだ。
いや、今はいい。今はあの2人が危ない。
こんな時に、黒影はどこに?
私の護衛で、いつも傍に居ろと言っているのに。本当に使えない。あのアフロめ。
「お嬢、マジパネェ〜ゲラウケっすよ」
黒影闇影!
まさか、私の想いが通じているとは! これは奇跡! さすが私。日頃の行いがいいから、こういう時は神様が叶えてくれる。
さぁ! これであの不審者を追えるわ。十中八九で不審者が能力者に決まっている。見つけたっと言っていたけど、狙いは誰?
私?
天流川?
やはり、触上が目的?。
やっぱり確保しておけば良かった。
ってか、早くこれを取れ!
私は「ムグっムグっ」と言いながら、口を黒影に差し出す。
「なんっすか? キスっすか? テラウケっす! バイアス上がるぅ」
なんだコイツ?
何の冗談?
今、完全に緊急事態でしょうが。
私は思わず、脛に蹴りを食らわす。
だが、スルりと避けられた。
「暴力反対っすよ。傷害罪でしょっぴきますよ?」
いやいやいやいや。
このノリはキツイ。流石にキツイ。笑えない。
今じゃないでしょ? このノリは。
有り得ない。
もう解雇だ。
たまたま、私の家と黒影一家が深い関わりがあったから、ボディーガードで雇ったけど、もう我慢の限界だ。
解雇。
解雇決定だ。
そうと決まれば、スマホでポチポチっと、そして送信。
「………おおっ〜まさかにこの瞬間に解雇っすか! これは悲しいっすわ」
全然、悲しそうではない。
泣き真似をしているけど、腹が立つ仕草で、グーパンで殴りたい。
コイツとこんなことをしている暇はないのに、もう行こう。通りすがりの人に取って貰えばいい。
私は、黒影を無視して、歩き出した。
が、肩を持たれ、止められた。
「お嬢、待って下さい」
何?
コイツ?
本当にウザい。
「確保っす。このまま、連れって行くっす」
え?
えええ?
私はひょいと持ち上げられ、傍らに抱えられる。
気付けば、私の手足はロープで結ばれていた。
「凄いっしょ? 自分の特技っす。早業っしょ? これで警察も入ったっす」
変な自慢をされても、シャレにならない。
コイツ。
味方じゃなかったの?
私が雇っていたのに、味方じゃなかったの?
疑問だけが頭を占領して、頭痛がした。目の前も真っ白になっていた。
「お嬢、味方と敵で区分するなら、自分は敵っすよ」
アフロの男が笑う。
今まで、信じていた人の1人が笑う。
目があるのにアフロで隠れ、口が左右に広がり、口角が異常なまでに上へ上がった。
そこはかとなく、不気味な笑顔だった。
頭をこのまま、齧られてしまう。そんな非現実的なことまで考えてしまうような、口だった。
あ〜アレだ。
不思議の国のアリスのチェシャ猫だ。
三日月を横にしたような、そんな幻想的で、それゆえに恐怖してしまうチェシャ猫の口だった。
私は、どこに連れて行かれるんだろうか?
また良いように利用されてしまうのだろうか?
それは嫌だなぁ。
組織はこういう時、何をしてくれるんだろうか? 私を助けに来てくれるんだろうか?
疑問ばかりが頭に浮かび。
遠くで何かが弾ける音がした。次の瞬間、電池が切れたように私は、気絶してしまった。
アレ?
私は何をしていたんだろうか?
全く記憶がない。
気絶する前に、何かが弾ける音がした。アレは銃声のような音にも聞こえたけど、何だったのだろうか?
いや、そんなことよりも体の左半分が何故か痛い。殴られた? 何? 何があったの? 記憶が蘇る。私は、触上の家から飛び出して、不審者に出会った。それから黒影に、裏切られて捕まった。
あと………口枷をさせられている。
転送は使えない。
それと、体をロープで縛られている。身動きが出来ない中、私は耳だけを研ぎしました。
ここは真っ暗だ。
何も見えない。でも、段々と目が慣れてきている。
私は細長い箱の中に居るようだ。で、この箱は、ボロいのか、所々から外の光が差し込んでいる。
多分だけど、この箱はコンテナだ。しかも鉄製のコンテナ。至るどころが錆びて、大小様々な穴が空いているようだ。でも人がその穴を通ることは出来ないみたいだ。
あとは………。
あれ? 私以外にも人が寝転んでいる。私同様、拘束されている。
しかも、その人が寝転んでいる所は、何かの液体の上だった。得体の知れない液体の池の中に、その人は寝転んでいる。
いや、待って。
その液体は、血だった。
私は、自由の効かない体で、コロコロと横に転がった。
イテッ。
何か、ぶつかった。
反対側にも人が寝転んでいる。
「ん?」
ぶつかった拍子に、目が覚めたみたいだ。
「誰ですか?」
この声は、触上! コイツも捕まっていたんだ。
どうしょう?
私は、今、声を掛けられない。と、言ってもコイツと共通のサインとか交わせる程、仲が良い訳でもない。
仕方ない。
コイツは無視だ。
「自分的に名乗ります。触上砂羽です。御坂高校の2年です」
完全にパニック状態だ。
名前と通っている学校名を言う意味が分からない。個人情報の提示をするなど愚の骨頂。こんなことをする人物や組織は完全に悪だ。私たちを守ることはない。身の安全も保証しない。
しかも私も触上もJKだ。
とんでもない。
品物だ。
高級品だ。今が旬。今だけの旬。これを逃せば、もう二度と手に入らない幻の一品だ。つまりだ。好き勝手されるわけだ。相手が男だったら、欲望の限りを私たちにぶつけ、なじり、もうメチャメチャだ。
そこに来て、名前を教えるなんて馬鹿だ。
命知らずで、世間知らず。
引き篭もりだからこういう反応なんだ。
そして、最悪なのが、相手も能力者だ。私たちと一緒なのだ。もうそうなれば、組織絡み。
もう終わりだ。
あ〜思い出しても、イライラする。
黒影が裏切らなかったら、こんな所にいない。なんだ、このコンテナは? 腹忌々しい。
錆臭いし。床も硬くザラザラしている。寝転ぶ場所としては、最悪の上を行く。
沸々と怒りが吹き上げる。そのおかげで、少しは冷静になった私は、触上のバカは無視して、色々と推測してみた。
組織絡みなのは分かった。
状況的に能力者を集めているっぽい。
私と触上が捕まっていることから邪推すると能力者を殺すのが、目的ではないはず。じゃ、一緒に居た天流川………待って待って。これは待って。この血の池に倒れているのって天流川!!!!
「シューシューっ!?」
クソ。声にならない。
空気が抜けるだけだ。
なんで、天流川が血だらけなんだ? 何をした? もしかして、私を助けるために抵抗をした? 嘘? いや、有り得る。私に恋心を持っていると彼は言っていた。ふざけたヤツだけど、責任を取るみたいなことを恥ずかしげも無く、言ったんだ。
つまり、そうだ。
抵抗をしてくれた。
「アレ? この香りは鷹茶さんですか? 生理前の香りがします」
黙れ。触上!
しかも、最悪なことを言ってるし。
なんだその生理前の香りって。個人差があるでしょうに。個々で匂いも違う筈。それを男子の前で………。
私は頭を振る。
コロコロと周り、触上の方に進む。
「あ、こないで、今、アルコールを持っていないんです。不潔過ぎて、不潔死します」
このバカは。一回、脳髄ぶちまけろよ。
今、緊急事態なんだ。
私と触上は背中合わせになった。
もちろん、寝転んだ状態だ。
背中越しで、触上が小刻みに震えているのを感じる。潔癖症のことばかり、気を取られていたが、触上も女の子だ。恐怖していたのが容易に伝わった。
ちょっと可哀想になった。
「他人に触られた。背中の皮を剥がしたいです」
うん。
前言撤回。
コイツは駄目だ。
何を言っても、分かっていない。
この件が終わったら、絶対にぶん殴る。
そしてハグしてやる。
嫌と言われても、震えるほどハグしてやろう。それで潔癖症も少しは改善すれば、儲け物だ。
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